平たく薄いのにはわけがある!ひと味違うマグロの刺し身

スポンサーリンク

マグロの刺し身など祖母(おばあ)が用意した晩ごはんのメニュー
メニュー
・マグロの刺身
・タケノコと厚揚げの煮物
・オクラのかつお節和え
・豆の甘露煮
・サラダ
生:玉ねぎ、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

祖母(おばあ)が買ってきたいつもと形が違うマグロの刺し身

なんだこのマグロの刺し身は。やけに薄くて平べったい赤身が、雑然と重なり合っている。これまでおばあはすでに切ってある刺身を買ってきて、大葉やツマの上にきれい並べていた。今晩は固まりから切り分けたのか……いや、自分で切るのも面倒くさがっていたおばあが、包丁を入れる回数が多くなるのにわざわざ薄くスライスするだろうか。それにどれも見事に一定の厚さで切りそろえられている。せっかちなおばあが切った食材は、よく見ると大きさがバラバラだ。サラダのトマトも一切れずつの厚みがかなり違う。

いつもの野菜サラダ

とはいえ、マグロの質はよさそうだ。赤身とトロの中間くらいの薄いピンク色の身が、みずみずしく照り輝いている。一切れ口に入れると、軽い力でペースト状にすりつぶされていく。噛んでいる最中も水分が染み出してこない。もっちりとした食感で味は濃厚。ほんのりとした甘みがあり、すかさず熱々のごはんをかき込まずにはいられない。このマグロは、おばあがひいきにしている商店街の魚屋で買ってきたものに違いない。そこらへんのスーパーのものより格段に新鮮なのがわかる。

いつもの魚屋で買ってきたなら、マグロが薄くて平べったい理由が余計にわからない。どうしていつもの厚みじゃないんだろうか? もしかして、おばあが魚屋に頼んで薄く切ってもらったのか。だとしたら何のために? フグだったら身が固いので薄造りが合うかもしれないけど、やわらかなマグロはあるていど厚みがあるほうが食べごたえがあっていいと思う。おばあはちがうのか? それとも何か別の考えがあるのだろうか? 気がすすまないけど、ここは聞いてみるしかない。

「今日のマグロの刺身、いつもと違うけどなんでや?」
「なんでって、こういうもんが売ってたからや!」
おばあは声を荒げた。料理のことを質問すると、味に文句をいわれていると勘違いするらしく、虫の居所が悪いとこうして怒鳴られてしまう。それにしても、全然答えになっていない。もう少しわかりやすく説明してくれてもいいのに。普段ならすぐに黙る僕も、今回ばかりは納得できないので食い下がった。
「なんでこんなに薄く切ったマグロが――」
いいかけると、
「うるさいわ! 文句いわんと黙って食え!」
おばあは大声でさえぎった。まずい、完全に怒らせてしまった。

文句じゃないんだよ、おばあ! いい争いたいわけじゃない。普通に話をしたいだけなんだ。とにかく、なぜなのかを教えてくれ! 僕の叫びは心の中にむなしくこだました。これ以上、おばあに何をいっても取り合ってくれないだろう。それどころかさらにヘソを曲げて、一週間ぐらい口をきいてくれなくなりそうだ。

この際、マグロの厚みなんてもう、どうでもいい。いつかまた機嫌のいいときにでも聞いてみよう。それよりおばあは、僕が文句をいっていると思い込んでいる。むしろこんなうまいマグロの刺身を出してくれて感謝しているのに……。今日のところは、せめてそれを伝えることができればじゅうぶんだ。

だけど怒っているおばあには、どんなことばを投げかけても火に油を注ぐことになりかねない――だったら、黙っておいしそうに食えばいい。おばあが喜ぶくらいの食いっぷりを見せつけてやる! そのためには食べ方が重要だ。まずは刺身を全部ごはんに乗せる。そしてわさびを置いて醤油をたらせば、マグロ丼の完成だ! マグロの量が多いのでごはんがすっかり見えなくなった。

マグロの刺身をごはんに乗せたマグロ丼

見た目はばっちり、ものすごくおいしそうだ。早速一切れ食べると、もう止まらない。おばあに見せつけるようにマグロを頬張りごはんをかき込む。薄くて平べったいマグロは、ごはんと一緒に食べやすい。まさかこれは、マグロ丼用のマグロなのか。いや、そうだとしたら、おばあが教えてくれていたはずだ。何もいわないということは違うのだろう。今日のところは考えるのはよそう。ただおいしく食べるところを見せつけて、僕の喜びをおばあに伝えるんだ。わさびをちょっとつけたマグロでごはんを巻いて口に放り込む。
「うまいわ!」
と思わず声が出た。するとむっつり黙っていたおばあが口を開いた。
「それは、マグロの切り落としや! 刺身の切れ端が安かったから買うてきたんや」
そういうことだったのか!
「これ、また買ってきてや!」
と僕は叫んだ。