劇団俳優座公演「マクベスの悲劇」@劇団俳優座稽古場 | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 ウィリアム・シェイクスピア

演出 森一

出演 斉藤淳/佐藤あかり/山本順子/島美布由/増田あかね/八柳豪/小田伸泰/藤田一真/辻井亮人/河内浩/馬場太史/石川修平/池田早紀

 

 一般的なタイトルは「マクベス」だけど、今回は新訳によるタイトル「マクベスの悲劇」を採用。シェイクスピアの死後、1623年に出た最初の戯曲全集(ファースト・フォリオ)にあるオリジナル・タイトルに沿ったそうです。

 演出家によると、テーマは夫婦愛、マクベス夫妻が愛し合うが故に起こった「悲劇」と捉えたそうです。「夫は妻を喜ばせたい、妻は夫の喜ぶ顔が見たい」だから……。確かに観ていて一番感じたのは、2人は共に愛し合っている割と普通の夫婦なんだなということ、演技やセリフに相手を想う心が感じられました。

 

 オープニングがマクベス夫妻の結婚式シーンだったのにびっくり。今までこういう風に始まった「マクベス」を観たことないのが意外に思えるほど自然だった。幸福感いっぱいで抱き合う2人、祝福する仲間たち、陽気に踊られるスコティッシュダンス。そんな日常的シーンを見せて、2人の間にある愛の絆を強調していました。でも、教会のその背後にある十字架は無残に折れていて不吉な空気を漂わせているんだけど😱  誰もそれに気づかない☠️  

 

 貴族や将軍など男性のほとんどが髭面のちょっとむさ苦しい💦雰囲気なうえ、タータンのスカーフ巻いて、いかにもスコットランド〜😆

 マクベスも最初はそんな武将姿で、相棒のバンクォーと気さくに雑談している。演じた斉藤淳はスキンヘッドで一見マッチョなんだけど、繊細&小心なところも見せ、でもって、王になった途端に大胆になるところも、勘違いで気が大きくなる、よくあるタイプ風😬  その頃には妻より魔女たちに心が囚われているように見えたし、魔女の言葉に翻弄される姿は、彼こそが夢遊病者のよう。そして、妻の死を知った途端に夢から覚め、運が尽きたのを知るんですね。トゥモロースピーチは妻への弔いの言葉のようでもあったし、妻への愛が行き場を失ったことで彼の運命が急直下したように見えました。

 

 マクベス夫人は悪女という造形ではなく、普通に夫を心底愛している妻でした。佐藤あかりの雰囲気(女王然としたものではない)から来るものもあると思うけど、夫に王暗殺を促すときも、夫に最高の地位を得てほしいからという気持ちを感じたし、マクベスが亡霊(の幻影)に取り乱す様子を見て、悲しげに夫を抱きかかえいたわる姿がとても胸を打ちました😢  結局、彼女の方が深く精神を病んでしまうんだけど、ダンカン王を暗殺した後悔の念に苛まれて心を失うというより、夫の心が壊れていく姿を見て自分が先に折れてしまったようだった。

 

 魔女たちは絶対的な力で運命を操る超自然な存在というだけでなく、魔女を演じた役者が別の役(門番やマクベスの部下や夫人の侍女など)になって随所に出てくる。そのため、人をつまずかせる罠は日常のいたるところに転がっているという風に見えたし、魔女たちが事の成り行きをすぐ横で冷酷に観察している風にも見えました。そう思うと、魔女以外の役としてしゃべるセリフが妙に意味深に聞こえてきたり。

 

 マクベスがバンクォーの暗殺者をそそのかすシーンで彼らを犬に例えるセリフがあるので、彼らをホットドッグで誘うとか、魔女たちが大釜にいろんなものを放り込むシーンでお風呂に浮かべる黄色いアヒルのオモチャをプールに投げ入れ(舞台中央の床を開けると水のプールが現れる)、妻子を殺されたマクダフが「可愛い雛鳥たち……母鳥もろとも……」と嘆くのに合わせてそのアヒルを1羽ずつ拾って並べていくとか、ちょっと短絡的な演出も😓  他にも演出意図が分からないシーンがいくつかありましたけどね〜🙄

 最後に新王となったマルカムが被った王冠を、魔女の1人が奪って遠くに投げ捨てて終わります。マルカムの王座すら儚いものということなのかな。

 ところで、これを観た俳優座稽古場は六本木交差点近くにあるんだけど、ダンカン王殺害のあたりの他2、3回、外から救急車のサイレンが聞こえてきて、タイミングよすぎて笑った😄  終盤、マクベスが支配するスコットランドの現状を語るセリフが今の日本と一瞬重なってびっくりしました😨

 

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