かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

歌人はすべからく気違い=天才なるべし

2019-09-15 20:05:04 | ブログ記事
平凡な人間には平凡な歌しかできない。

私の今も尊敬してやまない、故、河野裕子氏は気違い=天才であった。

その証拠に嫉妬に狂って夫の永田和宏氏を包丁で追いかけまわした。

それは永田和宏氏が、その著書で詳らかにしている。

だからこそ、河野裕子氏は名歌が詠えたのだ。

平凡な歌も多いが、しかし、ハッとする歌を残している。

河野氏が短命(62歳)だったのも、気違い、否、天才だった証しである。

高齢化の現代は60代で亡くなるのは夭折と呼んでもいい。

その河野氏を愛した永田和宏氏にも気違いの素質があるのであろう。

が、永田氏は男であるし、理性的な人であるから、気違いの部分は抑えている。

が、気違いの、否、天才の河野裕子氏を愛していたのは、
自身同じ素質があるためだろう。

二人は、同士でありながら、同時に、敵味方でもあった。

敵味方でありながら、同士でもあった。

だから、お互いにお互いの才能を開花させることができたのだ。

いま、「塔」に気違い=天才歌人はいない。

河野裕子氏のような気違い=天才がいないから、小さくまとまってしまっている。
 
独断と偏見で言わせていただければ、
「塔」は、同じく天才の永田和宏氏がいる間はまだしも、
永田氏まで不在になれば、一気に衰退に向かうだろう。

*

いま図書館で永田和宏氏の著書を数冊借りてきて読んでいるが、
科学者でありながら、
同時に、これだけ奥深い文章を書ける人は、ちょっとほかにいないと思う。

その意味では、
永田和宏氏を尊敬し、かつ片思いをしてやまない私なのである。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
天才の実像とは (象が転んだ)
2019-09-16 02:14:27
天才って、意外に情に脆く、人間味溢れる生き物かも。
数学の巨人ガウスは、死ぬ間際まで亡き妻の事を嘆いてたし、弟子のリーマンも姉の事をずっと慕ってた。

彼ら天才に関しては、少しずつその実像が明らかにされてます。数学の偉人と言うと、狂人で変人でキチガイっていうイメージが強いんですが。

ハートは非常に脆く、人間自体はとても弱く繊細に出来てるのではないでしょうか。だから、自慢の分野で否定されると極端に攻撃的になる。そして、自他共に奈落の底に追い込んでいく。
 
感性がとても鋭い分、攻撃の刃の鋭さも半端ない。故に、天才の伴侶としては、極々普通の人がいいんですかね。
転象さんへ (びこ)
2019-09-16 02:47:04
そうですね。その通りかもしれません。少なくとも、河野裕子さんはそうでした。繊細だったんですね。
それと永田氏を愛しすぎていたから、少しのことでも嫉妬に狂ってしまったのです。そこがわかれば、非常に愛すべき存在であられたのですが、しかし、包丁を持って追いかけられた永田氏は大変でした。永田氏も天才というような人であられますから、かみそりとかみそりが一緒にくらしていたような危うさがあったと思います。それがよかったかどうかということになりますが、お互いが切磋琢磨できたことはよかったのではなかったかと思います。河野裕子さんも、永田氏も、平凡な相手では満足しなかったでしょうから、普通の人という選択肢はなかったと思います。

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