2019年1月12日土曜日

兄の余命そして生きる意味・・

兄の余命が脳の腫瘍で1年と言われたが、もう半年は超えている・・
だいぶ筋力とか弱っているし、認知能力も低下している、

でも同じ病気の人でほぼ同じ条件の人の体験記などを読むと
やはり余命1年と言われ3年〜5年は生きている人が多い。
長い人で8年とか記憶にあるが、もうどなたかのブログか見失った。

普通に会話はしているが、言葉を聞き返されることが多くなっている。

私の前立腺がんなんかどこかに行っちゃった感じです。

再発から放射線33回照射でPSAは下がったし、尿もれなども
以前ほどでなくなった。
夜中にトイレに行く回数は相変わらず3回は続いてます
日中は頻尿はないですね。

2ヶ月後の経過観察がきになるところですが・・

今から気にしても意味はない・・

兄が
脳の腫瘍を罹患してから
生きる意味・・死ぬ事などをこの1年考えることが多くなった。

人間、寝ているときは夢を見て、毎日違う人生を頭の中で体験している。
楽しい夢ばかりとは言わないが・・
死んだ母や友人とか会えたりするし、夢の中で恋もしたりする。

お風呂に入れば暖かく気持ちがいい、

美味しいものはまた食べたくなる。
本を読み、知らなかった言葉を一つ覚えれば、世界は広がった感じがする。

映画を見れば違う人生や体験に一時的に入り込める

世の中知らないことはかなり多くあり、知っていることは
ごく一部だろう。ものを知ることは喜びを伴う。

ビールは飲む最初の爽快感はいつも生きている感じがする。
コーヒーはほっとする瞬間を持ってきてくれる。

美しい女性を見ればいまだに胸はときめく・・

仕事の終わった後のホットした気分もいいね・・

考えたらいくらでも人生の楽しみはある。

生きる意味は大げさなことではなくそうした毎日の
一瞬一瞬の積み重ねだと思う。

そりゃ、暗い気分の
もあれば落ち込むもあり、
体調最悪の時もある・・

一瞬たりとも最悪が終わらず続くなら・・死を選ぶのもいいかもしれない。

でも最悪の中に一瞬の喜びは現れるなら・・
少しでも生きる努力はすべきだと思うが・・

そう思う私は単純だろうか?

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