今日の記事はかなり憂鬱な愚痴をこぼしている内容ですし、人によっては不快に感じると思います。

それでも10数年に及ぶ遠距離介護を続ける心情に関心がおありでしたら、おつきあいください。



昨日、日帰りで父親の入院先へ必要な衣類や洗面用具などを届け、お洗濯は父親がリハビリも兼ねてすることに、場合によっては様子見に行ってくれる友人にお洗濯のヘルプもしてもらえることになり、一段落しました。

あらかじめ「入院するならこれとこれを」と指示して用意してあったのに着の身着のままで入院し、「全部病院で用意してくれるから」と暢気に構えていた父親。

一つ一つの「一日あたりの利用料」を見て、胃が痛んだ私。

しかも早く「着替えが必要」と言ってくれれば、こちらから買って送ることもできたのに、ギリギリまで言わず、ソーシャルワーカーさんから連絡が来て仰天する私(^_^;

頼んで買ってもらうにせよ、好みがいちいちうるさいので他人に頼むわけにもいかず、頼んだとしてもすぐに地元で入手できるかどうか?

おまけにすべてレンタルしているとわかり、「直接行くしかない」と。

朝5時起きで、まだ寝ていたましろちゃんに目薬をさして朝ご飯のお野菜を出し、「わ~、今日は朝ご飯が早い~」と喜んで食べている最中にトイレや下の引き出しのトイレシートを交換、お水も交換、チモシーを山盛りに入れて、私も支度をして6時に羽田空港を目指して出発。

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親の家に着いたのは11時頃で、すぐさま着替えや洗面用具を用意し、途中で買ってきたお弁当を急いで食べ、ヘルプしてくれる友人と共に病院へ。

細かいことは有料記事にしますが、病院で私はぶち切れ寸前に💢

それでも話はまとまり、荷物を置いて一度友人と帰り、その後空港へ行く支度をして追加の荷物を持って病院へ。

「あ、あれ持ってきて」と言われ、「そんな時間あるわけないでしょ! どうしてさっき言わないの!」と返せば、「時間ないの?」とふざけた答え。

友人には家の中のどこに何があるかを説明してきたので、後で連絡して時間のあるときに持って行ってもらうことに。

貴重品はすべて他に移してありますから、友人と隣人に必要があれば入ってもらうことにしています。

そのまま病院から新千歳空港へ向かいました。
 
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夕方でも晴れていたのですが、お天気がどうだろうと私の心は真っ暗。

とりあえず元気を出そうと空港内のフードコートで羊肉のカレーを。

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北海道らしくジャガイモ・ニンジンがごろりと入り、羊肉もけっこう入っていました。

私にはおいしかったのですが、マトンを使っているので、羊が苦手な人にはカレーでも臭みが気になるかも。

身体も温まり、普段ならこれで気を取り直すのですが、なぜか荷物チェックのゲートに向かう途中ふらつきました。

自分でも心労と過労だとわかりました。

頭も身体も左に傾いでふらついているのが自分でもわかり、「私が斜頸(ウサギに多い、首が曲がってふらつく病気)になってどうするのよ?」と自嘲気味に歩いているうちに、倒れかかりましたわ。

幸い、すぐ横に柱があったので手をつき、転ぶのを阻止しましたが、ふっと「このまま頭を打ってあちらへ逝ってしまったら楽になるのに」と手をはなしかけました。

ええ、マジで。

でもすぐに「いやいや、私がここで運ばれていったら、お留守番をしているましろちゃんがずっと発見されなくて、誰かがお部屋に入ったら飢え死にしていたなんてことになる! 何が何でも帰らねば」と、ええもう気力で東京へ帰りましたとも。

なぜか羽田空港内にある八百屋さんでましろちゃんのお土産のセロリ、グリーンリーフレタス、大葉を買って、ふらつきながらも20時には自宅へ。
 
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室内に入ると、ましろちゃんがうたっちしてケージの中からこちらを見ていました。

いつもの「おもしろいお顔」ではなく、必死な様子で「帰ってきたの? ほんと? 置いていかないよね?」と言っているような感じ。

「遅くなってごめんね~」と言いつつケージ内を見ると、お野菜は完食していましたが、チモシーはほとんど減っていない!

慣れた自宅でのお留守番だから大丈夫かと思っていたのですが、ずっと1匹で置いておかれたのは不安だったようです。

私の顔を見て,コートを脱いだのを見届けてから、チモシーにかぶりついていましたから、お腹はすいていたましろちゃん。

すぐに話しかけながら晩ご飯を用意し、たっぷりとお野菜を入れると、嬉しそうにぱくつくましろちゃん。

その様子を見て、「私、まだ生きてなきゃいけないんだ。でも、辛い。いつまで続くのよ? 母親の頃からもう10年超えよ、こんな生活。私の方が先に納骨堂へ入ってもおかしくないわ。辛い、いやだ。やっと母親が死んで楽になったのに。覚悟はしていたけれど、父親の方はもっとやっかい。もう、いやだ。私は親に虐め殺されるんだ。でも、ましろちゃんを置いて逝けないし、辛いよ」と、ウサギの前でおいおい泣く私。

頼れる血縁者がすべて死に絶え、家族でなければできないことだらけ。

冗談ではなく、私が先立てば血縁者はいませんから、父親はすべて福祉関連の手で面倒を見てもらえます。

これも有料ブログで記事にしようと思いますが、中途半端に私1人が子として存在しているために、すべての負担は私にかかり、さらに私を中心にして他の人に迷惑を掛けるという悪循環になるように福祉の制度ができているんです。

父親の介護で一番大きな誤算は、年金の大幅削減。

これが子や孫世代にドミノ倒しのように負担を強いて、高齢者だけではなく、若い世代にも悪影響を及ぼしているんですが、そのあたりのことはあまり知られていないように感じます。

ましろちゃんの前で泣いていると、ましろちゃんが食べるのをやめてじーっと見ていたので、何かいつもと違うと思ったのかな。

いつもなら「大丈夫、なるようになる。助けてくれる人がいる。ありがたいことだ」と気持ちを切り替えられるのに、昨日は気持ちが沈んだまま。

今朝は何とか動けましたから、いつもどおりにましろちゃんのお世話をしてから銀行へ。

入院費の請求書はすべてこちらへ回してもらっていますし、せっかく昨日行ったのに日曜日では窓口で払えず。

振り込みをして、一休みしていても、暗い気分は晴れず。

ウサのお野菜を買い、元気を出そうと自分のお肉やお魚を買い、帰宅しても横になる暇などなく、介護用のノートに入院費の記帳や明日送るタオル類の準備など。

さすがに今日中に郵便局へ行く力はなかったので、明日に持ち越し。

10数年間続けている遠距離介護。

今、とても良い鍼灸の先生に診ていただいているのですが、今週でやめようかという気持ちもしています。

どれほどの名医に診ていただいても、私自身が心身共に悪くする生活から逃れられないのですから、治ることはありません。
 
ましろちゃんの鍼灸は続けて、私はどうしたものか?
 
考えてしまいます。

今日は「この現状をどうにか変えられないか?」とずっと考えていましたが、答えはみつかりませんでした。

考えても答えがでないなら、考えない方がいいですわ。

流れにまかせるしかないですね。

昨年から今年の初めまでは、私にとってはとても幸せ、普通の人にとっては普通の穏やかな生活が続いていましたが、たった一年で終わりました。

自分で自分を励まして元気に振る舞ってきて、何も知らない人からは「お元気ね」「顔色も良くて」などと言われても笑って流し、心の中では「はいはい、何も知らないくせに」とつぶやいていましたが、もう明るくふるまうのも意味がないように感じています。

いくら自分を鼓舞しても、結局他人から私にとっては嫌みのような褒め言葉が返ってくるだけで、私の現状は変わらないんですから。

世の中には不幸な人はたくさんいますし、私だけが辛いとは思いません。

不思議なことに、たいした辛さを経験したことが無い人ほど「みんな同じよ」「あなたより不幸な人は大勢いるのよ。あなたはまだマシなんだから」という台詞を平気で口にし、どん底の辛さを経験した人ほど「他人がどれほど苦労していようとも、自分の辛さが減るわけじゃない。辛さや苦しさは人それぞれで比べられるものじゃない。他人がどうであれ、辛いものは辛い」ということを理解していて、そっと寄り添ってくれるものです。

ある意味では、その人の生きてきた深みを知るバロメーターにもなりますが、そんなことを理解できるような人生よりも、鈍感に「みんな同じよ~」「不幸な人は大勢いて~」というアホな台詞を口にできる側にいたかったわ。

皮肉ではなく心からの本音です。
 
それでも今日はましろちゃんの通院用のバスタオルを買ってきたのですから、少しずつ前向きになっているのかもしれません。
 
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少なくとも来年の父親の退院前に私がどうにかなれば、連帯保証人の母方の従兄弟に迷惑がかかりますから、倒れるわけにはいきますまい。
 
目薬が必要で、食べ物の好き嫌いが激しい腕白ウサギも、新しい里親さんが見つかる保証はありませんしね。
 
辛くても苦しくても、ずっと青空の見えない一生であっても、生まれてしまった以上は寿命まで生きなければなりません。
 
いや、ましろちゃんがお月様へ帰るのを見届けるまでは、生きていなくちゃいけませんね。
 
明日は、もう少し身体が元気になって、「大丈夫、なるようになる。すべてうまくゆく」という明るい気分になっていますように(^_^)
 
 
 
 


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