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nhk news web ; (重要記事/日本モデル 実際どうなの?・前半部分)  6月4日11:15分、  日本モデル 実際どうなの? 

2020-06-04 12:15:04 | 日本;政治、経済、マスコミ、行政、外交、貿易、皇室、文化、自然、歴史・観光

 

  ◎◎  日本モデル 実際どうなの?


2020年6月4日 11時15分


◐◐  5月25日、「緊急事態宣言」は全国で解除され、安倍総理大臣は「『日本モデル』の力を示せた」と誇らしげに述べた。
一方で政府内からは、「未知のウイルスとの闘いは誤算続きだった」という声も聞かれる。
  関係者による証言を交えて、「次なる波」への教訓を探る。
(政治部 松本卓)


◇◇  「日本モデル」って?

安倍の言う「日本モデル」。
人口当たりの感染者数や死亡者数は、欧米に比べて桁違いに少なく、世界でも注目を集めている。オーバーシュート(爆発的な感染拡大)に至らず、医療崩壊も回避できたというのが関係者によるおおむねの評価だ。
ただ一方で、アジアやオセアニアの主要国と比較すると、飛び抜けた数字ではない。それぞれ独自の対策を掲げ、同じように「感染を押さえ込んだ」と発信している国々がある。

「日本モデル」は、社会・経済機能への影響を最小限にしながら、感染拡大防止の効果を最大限にするという戦略がベースだ。
大規模なウイルス検査で陽性者の把握に力を注ぐのではなく、感染者集団のつながりを早期に発見し、コントロールするクラスター対策によって、封じ込めを図る。
そして、重症患者を優先して適切な医療を提供し、死亡率を低下させる。


未知のウイルスへの有効な治療法が確立されていない現在、感染のピークをできるだけ後ろに遅らせて、治療薬やワクチンが開発されるまでの時間を稼ぐ狙いがある。
さらに、宣言を出しても、法律で罰則を伴う強制的な外出規制などは行えない中、国民に対し、人との接触機会を削減するなど「お願いベース」の要請を重ね、行動の変化を促していく。これが「日本モデル」だ。

日本政府の対応が手ぬるいと批判してきた海外メディアも、日本の成果を世界に伝えたが、首をかしげながらという印象だ。このウイルスは変異を繰り返しており、流行したウイルスの種類が違ったためなのか、体質や従来のワクチン接種など何らかのファクターが作用したのか、やはり各国の対策がそれぞれ功を奏したのか、まだ分かっていないのが実情だ。


政府内でも、「結果的にうまく抑えられたが、誤算続きだった」という声も聞かれる。

最初は「風邪に毛が生えた程度」
2月1日、政府は、新型コロナウイルスによる感染症を、感染症法に基づく「指定感染症」に指定した。
風邪のウイルスで知られるコロナウイルスの「新型」とされた。

内閣官房の幹部は、「最初は、単なる風邪のウイルスに毛が生えた程度の認識だった」と明かす。
しかし次第に、ウイルスの正体が明らかになっていく。
インフルエンザとは違い、感染者の多くはほかの人にうつす可能性が低く、3つの「密」が重なる場所などでは複数の人への感染リスクが高くなるとされる。

このため、クラスター対策が基本方針となった。
ただ、それは医療提供体制で対応できる範囲内の感染者数に抑えることが大前提だった。


中国にばかり目を奪われ…
1月終わりから、2月下旬にかけて、中国・武漢からのチャーター機対応、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応と続き、政府も、こうした対応にかかりきりだった。

一方、国内の感染者は2月下旬までは1日に多くても20人を超える程度、まだ散発的と言える水準にとどまっていた。
2月13日、政府は、入国を拒否する措置を中国・湖北省に加えて、浙江省にも拡大。
この時点で抑え込もうとしていたのは、中国からの感染の波だ。水際対策に加えて、クラスター対策の徹底、2月末には「大規模イベントの自粛要請」、「全国一斉休校」と相次いで過去例を見ない措置に踏み切ったこともあり、3月の連休前には若干収まってきたという観測も出ていた。

ところが、国内の感染者数は、3月下旬から、上昇カーブを描いていく。政府が描いたシナリオとはまるで違っていた。

このときを振り返り、関係者が口をそろえるのが、「中国にばかり、目を奪われてしまった」という点だ。

「中国にばかり目を奪われて、入国制限を行ったが、その間に欧州からの往来があり、欧州由来の第2波が起きてしまった。ただ予測するのは難しかった」(政府関係者)   


「クルーズ船を四苦八苦してなんとか抑え込んだが、今度は欧州からのウイルスがきた。しかし、中国からの第1波が収まったという判断ができたのも、欧州のウイルスがきたあとだった」(内閣官房幹部)

「2月に入り、ヨーロッパで感染が広がっていた時に有効な水際対策が打てなかった。もちろん、あの時にイタリアやスペインであれほどひどい状況になるとは、世界中、誰も予測できなかったが、潜在的な患者が日本にたくさん来ていたんだろう」(官邸幹部)

感染の主体は、中国由来から、ヨーロッパを経由したものに変わっていたのだった。
例年なら、卒業旅行などで多くの人がヨーロッパから帰国するシーズン、空港の検疫所でも相次いで感染が確認された。

政府は、3月11日にイタリアの一部からの入国を拒否するなど段階的に引き上げたが、対象をイタリアやスペインの全土を含むヨーロッパの大半に広げたのは、3月27日になってからだった。

「結果論」になるが、「あと1~2週間早ければ、結果は違っていた」と惜しむ関係者もいる。

「1か月後には感染者8万人に」

4月7日、東京や大阪など7都府県に緊急事態宣言が出される。
記者会見で、安倍は危機感をあらわにした。

  このペースで感染拡大が続けば、1か月後には8万人を超えることになる。政府や自治体だけの取り組みでは、この緊急事態を乗り越えることはできない」


  欧州からの感染の波を防げなかったことに加えて、3月の3連休での緩み、さらに歓送迎会の時期で、接客を伴う飲食店などで感染が広がる「夜の街クラスター」も重なり、感染経路は次第に追えなくなっていた。

一部の地域では医療崩壊が起きていたという指摘もあるほど、医療提供体制はひっ迫。まさに、オーバーシュート前夜という状況だ。

16日には、緊急事態宣言は7都府県から全国に拡大され、5月4日には、5月末まで延長することとなった。

その後、宣言は段階的に解除され、収束に至ったという結果を考えれば、宣言による効果はあったと言っていいのではないか。

関係者からは、高い医療水準などの医療的な要因に加えて、宣言によって、日本人の国民性や身についた習慣が喚起された結果、感染拡大を抑制する効果が強く働いたという指摘が相次いだ。

「日頃から風邪を引いたときにはマスクをするし、咳エチケットも当たり前のように徹底できたことで大きな拡大につながらなかった」(医師会幹部)

「国民性、身についた公衆衛生習慣が大きい」(厚生労働省幹部)

「日本人は同調圧力が強いから、それが今回良い方に作用した」(官邸幹部)

ただ、罰則などがない中、ここまで徹底されたのは「うれしい誤算だった」という声も聞かれた。

「施設の使用制限があれだけ徹底されるとは思わなかった。東京から出るなということだったし、ほとんどロックダウン状態。2か月近くもよく我慢できたと思う」(内閣官房幹部)

宣言を出すタイミングは、もう少し早い方がよかったという意見がある一方、あの志村けんさんの訃報のあとだったからこそ、国民の協力が得られた側面もあるという分析もある。
「3月27日に都知事による外出自粛要請があり、その効果はあった。国の宣言も、もう少し早ければ、少なくとも3月末の『歓送迎会クラスター』は防ぐことができたかもしれない」(厚生労働省幹部)

「『たられば』の話になるが、2週間早くても、国民の協力はここまで得られなかったのではないか。

  

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