無敵マンのニート日記

臆病な性格をした無職。自由主義者。 Twitter→@mutekiman_xxx

自由主義者の臆病な性格をした無職が、人生の一コマを書き連ねております。Twitter→@mutekiman_xxx

情熱という幸福材料について。

情熱とは使命感のことであり、使命感とは常に死と隣り合わせの世界で働くものである。

戦争のような、本当の意味で死ぬという機会は現代では殆ど存在しないため、そういった生命の不安を持ちつつ強烈な使命感を発揮するということは今となっては無理難題な事ではあるが、この死ぬという定義の範囲を少し広げてみると、死という概念を身近に持つことは我々近代人にも十分可能といえる。

競争を根本とした世界観が正にそうで、自分が、あるこだわりをもった分野において、他者を強く意識し、これをライバルとして競い合う場合、このライバルに負けるということは、自己の死を意味する。

負ければ死、死にたくなければ、やるしかない。このような世界観が、人間にある種の使命感をもたせ、この使命感が情熱となりうるのである。

情熱が持てない人間というのは、こだわりをもった分野をそもそも持っていないか、仮にそうした分野を持ってはいても、ライバルの存在を意識できない環境に留まり続けているが故に、死をも意識することが出来ない状況にいるといえる。

死の危険の無い平和な世界に住む人間は一見して幸福そうに見えるものだが、こうした生き方というのは実に退屈なもので、ここでは情熱という概念が存在しないのを発端として、ありとあらゆる人間たちが本質的幸福を得られずに足掻き続けているのである。

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