「ありのまま」は香水と同じ


感情の取り扱い事例
使い方によって良くも悪くもなる

「ありのまま」という言葉は注意して使わないといけない。「ありのまま」はまるで香水のようなもので、その香りで魅力的な人にもなれば、悪臭で逆効果となることもある。

受講生は疲弊していた。というのも、プレーヤーとして優秀だった彼はマネージャに昇進し、ある部署をまとめる役職に就いたからだ。

4nessコーピング体験会でも話しているが、営業マンとして優秀だったのでマネージャに抜擢したら機能しなくなってしまったといったことはまぁまぁ起こる。
どういったことが原因かというとまず、営業マンとして優秀だったということは、営業マンにとってのベストな認知(B:その役職に求められる仕事の認知)があったということだ。だから、マネージャとしてうまくいかなかったということは、マネージャのベストな認知(B)を持っていなかったということになる。営業マン時代はプレーヤーとしての優秀さを求められるが、マネージャはプレーヤーとしてではなく全体を管理することが求められる。となると、いつまでも自分がプレーヤーだったころのベストをやり続けても、マネージャとしてのベストでなければその役職での結果は出ないということになる。以前成功したやり方を手放せないといった成功者が陥りやすいミスだ。役職に応じて、求められる仕事は変わる。受講生はプレーヤーの時に機能した優秀な認知(B)を使い続けていて、そのベストを手放せないまま苦労していた。

 彼には役職が上がったことによる認知の書き換えが必要だったんだ。しかし、そこがうまくいってなかった。というのも、「自分には価値がない」といった自己概念(セルフのB)をもっていた受講生は、自分の価値の’支え’となったプレーヤーとしての実績を手放すことができずにいた

それどころか、弊社の講座に来る以前に行った別の講座で「ありのままでいい」と言われ、それを真に受けた受講生は「これが俺だ」と開き直り、事態を悪化させていた

冒頭にも書いたが、「ありのまま」は例えれば香水のようなもので、”良い香り”を漂わせる人は魅力的で、そんな”良い香り”を身に纏うのに便利なのが香水だが、付ける箇所や付け方ひとつで印象はガラリと変わってしまう。

「ありのまま」は「そのままの自分」「自然なままの自分」「正直な自分の思い」を理解したり、受け入れたり、許すことには有効だ。
このケースでいうと、マネジメントが出来ない自分を「ありのまま」受け入れるということは、出来ないことを誤魔化したり、開き直ったりせず、出来ない事実に直面化するということだ。ましてや、力がない自分のままでいいといったことではない

事実に直面化せず、「これが私だから」といった間違った「ありのまま」を実践したために、誰も彼の言うことを聞かなくなり、チームは完全に機能しなくなっていた。

「あなたにはマネジメントする力はあるの?ないの?」と受講生に尋ねると、今のメンバーはこうで上司はこうだから…と質問に答えない。再度尋ねた。

「YesかNoで答えて。
あなたにはマネジメントする力はあるの?ないの?」

小さな声で受講生は「ないです」と答えた。

そう!無いのよ。あなたにはマネジメントする力が無い。なのに、そのままでやり続けようとするから今の状態になっている。

うなだれる受講生は、マネジメントの力がないことを自分に価値がない証明だと誤認知している。この間違った認知はよく起こっていることで、自分の価値を簡単に、できるやできないで測っては一喜一憂している

じゃぁ、出来ない事実を認めず努力しない人と出来ないことを出来ないと認めて、出来るように努力する人はどっちが真っ当な人がやることだと思う?

大の大人がボソボソ「後者」と答えた。
わかってるじゃん!

マネジメント力がないのは‘今’のあなたで、‘未来’のあなたが出来るかどうかはまだ決まってない。気付いた時がチャンスよ。今からマネジメントを学びましょう。一年後、良いチームになっていることを目標にしましょう。

やっと顔が明るくなった。この日から、受講生は「できない自分」を「価値がない自分」へと拡大解釈せず、ひとつひとつ苦手に手をつけることを始め、チームは少しづつ良い雰囲気になっていっている。

問題はマネジメント力ではない。受講生はここまでやってきた自分の価値を信じてなかったのだ。この受講生に限ったことではない。できない自分は価値がない自分といった歪んだ解釈をし、恐れや悩みを訴える人は少なくない。

この歪んだ解釈にはふたつの大きな思い違いがある。
ひとつは自信をつけるには「できることがたくさんあること」と思い込んでいる。敢えて「できる、できない」で自信を語れば、できることがたくさんある人が自信があるのではなく、「できないこと」を「できること」に変えた人にとって「できること」が自信になるのだ。「できるようになること」は「できないこと」からしか始まらない。「できないこと」に直面化しない限り、「できる」に変換できない。言うなれば、「できない」はあなたの可能性を引き出す宝の地図ということになる。となると、「できない」事実を受け入れないということはみすみす宝の地図を捨てているのと同様じゃないか。

もうひとつの思い違いは、「できることが増えるほどに自信が増す」ということ。事実は逆だ。自信がない人より、自信がある人のほうがチャレンジの成功率は高い
例えば、家を建てていく際、どれだけ頑丈な基礎を作ろうが、その上に立派な家を組み立てようが地盤がしっかりしてなければ崩れてしまう。つまり、「地盤」が全てのベースで、あなたというセルフ。その上に作られる家が「出来ること」。地盤がしっかりしてなければどれだけしっかりした家を建てても崩れてしまうし、地盤がしっかりしていても、その地盤の強さを疑っている人は、その上に大きな家を建てるチャレンジはしないだろう。理想の家を建てる前から諦めてしまうかもしれない。

受講生は40年以上もその地盤の上に立って生きてきている。40年も支えてくれた地盤、自分自身をなぜ信じないのだろう。これは彼のこれからの課題だ。
彼にとって、自分自身を感じ、自分を取り戻し、自分自身に気付いていく旅がここからはじまったんだ。私はその旅をご一緒させていただく。どんな素晴らしい旅になるか、今から楽しみでならない。