ウイスキーの刻 ~Whiskyのとき~

耳を澄ませば聴こえるウイスキーのメロディ。
『ウイスキーの刻』は、その真実を探し求めていきたいと思います。

『マティーニ』

2018-10-19 19:19:19 | 日記
 こんばんは。Aokiです。

 週末営業の名も無きBAR。
 ときおり出没する少しお馬鹿なコンビが創り上げる(創り上げてしまう)緩い空気感。
 それでもBARには、それぞれの世界があります。

☆☆☆

『マティーニ』


 「最高のカクテルが飲みたい!」

 「モグはいつもそればっかり。」

 今日もモグラとペンギンのお馬鹿コンビが、BARの空気を汚している。
 CO2排出規制は、BARでも必要か。

 そこへ登場したのは、アイボリーのスーツに包まれた細身の男性。
 若く見えるが、30代も後半に差しかかるだろう。
 とくにこれといった特徴もなく、マスターの手招きでカウンターの奥に腰を下ろす。

 反対側に陣取ったお馬鹿コンビから離れた場所へと、マスターの気配り。
 BARに一人で訪れる者は、扉を閉めるか、もしくは扉を探す者だ。

 「いらっしゃいませ。」

 「ジン・トニックをいただけますか。」

 「かしこまりました。」

 何気ないBARでの一コマ。

 男は、時折枝付きのレーズンをつまみながら、静かにグラスを傾ける。
 誰にも関わることなく過ごすひとときを大切にするのが独り酒。
 マスターも、男の“刻”には立ち入らず。

 遠くの喧騒(お馬鹿コンビの不毛な議論)をよそに、氷の音が、静かに響く。

 マスターは、男がコースターとともに、カウンターの内側へ押し出したグラスを取り、
 「次は何をお作りしましょうか?」

 男は、少し考えてから、「ジャック・ローズをお願いします。」
 マスターは、違和感を感じつつも、「かしこまりました。」

 三杯目のサイド・カーがふたくちを終えたとき、男が語りかける。

 「やはり美味しいですね。」

 グラスを磨いていたマスターは手を止め、「ありがとうございます。」

 男の顔に迷いが見える。

 「そろそろ本命のお酒にまいりますか?」

 はっとした顔を向けた男は、観念したように尋ねる。

 「まだ早いのではないかと思っているのです。」

 カウンターの端で、モグラの「ギムレットには早過ぎる」を無視して、マスターが答える。

 「明日は永遠に来ないかもしれませんよ。」

 「そうですね。では、“マティーニ”デビューをいたします。」

 (やったー、ついにデビュー。思い出すなー、あたしの苦い“マティーニ”デビュー)
 謎のバーテンダー。
 心の声からすると、意外と若年か・・・
 苦いデビュー・・・あえて触れまい。

 「かしこまりました。」

 (マスターは、どんな想いでこの一杯を創るのだろう・・・)


 静かな所作。
 輝くグラスの、いぶし銀のマティーニ。


 初めてのマティーニを前に、男は感慨深げ。

 「今の自分に分かるだろうか。」

 問いかけた相手は自分自身。

 ゆっくりと啜(すす)る。

 目を閉じ、星の彼方へ旅立つ。

 ため息とも吐息ともつかぬ長い息の後、この星にご帰還。

 「こんな世界があるのか。
  予定よりも三年早いが、出会ってよかった。」


 モグラとペンギンは、不思議な光景を凝視している。

 「きっと何か思い入れがあるんだね。」とペンギン。

 対するモグラはわけ知り顔。
 「何たって、“マティーニ”はキング・オブ・カクテルだからな。」


 「立ち入ったことをお聞きしますが、マスターの“マティーニ”デビューはいつ頃ですか?」

 「人生の折り返しを迎えたときでしたね。」

 (いつなんだろう?)

 「そのきっかけは何ですか?」

 刻だけが、男とマスターを包み込む。
 刻だけが、刻まれていく。
 男は黙って待つ。


 やがて・・・

 「自らを刻の鎖に縛りつけていた頃、永遠に飲めなくなった“マティーニ”がありました。」

 男の真剣な眼差しが、マスターを見つめる。

 「“次”は無いのです。
  自分の立場とか資格とか、相手の状況とか、
  そんなことは取るに足らないことと知りました。
  BARに来て、飲んではいけない酒などないのです。」

 「“一期一会”ですね。」

 「はい、人の出会いと同じです。
  ただ同じ空間にいることが出会いではありません。」

 「なるほど・・・愚問ですが・・・
  “マティーニ”とは、どのようなカクテルなのでしょう?」

 「“対話”だと思います。」

 「“対話”・・・ですか。」

 予想を越える答に戸惑いを隠せない男。


 やがて・・・

 「難しいですね。自分なりに考えてみます。」

 男の顔の疑問符が、宝探しに向かう少年に変わる。

 去り行く男を見送り店に戻ったマスターを待ち構えていたのは、例の二人。

 (まだいたんだ)

 「マスター、マスター、“対話”ってどういう意味?」

 (二人いっしょに話すのはやめようね)

 「お二人も、探してみてはいかがですか。」

 (あたしも、悔いを残す前に探してみよう)

                               written by Z.Aoki

☆☆☆

 特別なカクテルというものは、ありません。
 もしあるとすれば、バーテンダーの方が心を込めて創ったカクテルは全て特別なカクテルです。

 カクテルに、王も女王もいません。
 もしいるとすれば、それを愉しむ方全てが王であり、女王です。
 ただし、家来はいません。必要ないからです。

 ウイスキーのキャップを捻るだけで、造り手と対話が出来ます。
 悠久の刻を越え、今を共に過ごすことが出来るのです。

 カクテルは、今、この刻を紡ぐバーテンダーとの対話です。
 そして、その刻と、その記憶を彩るのは、カクテルの前にいるあなたです。

 気負うことなく、飲みたいお酒を愉しみましょう。

 なお、掲載の写真は、遊び心です。
 ビッグベンの前に佇むのは・・・
 究極のドライマティーニを愛した英国人。
 その逸話もまた、遊び心。


                        Z.Aoki
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