こんばんは。Aokiです。
週末営業の名も無きBAR。
ときおり出没する少しお馬鹿なコンビが創り上げる(創り上げてしまう)緩い空気感。
それでもBARには、それぞれの世界があります。
☆☆☆
『マティーニ』
「最高のカクテルが飲みたい!」
「モグはいつもそればっかり。」
今日もモグラとペンギンのお馬鹿コンビが、BARの空気を汚している。
CO2排出規制は、BARでも必要か。
そこへ登場したのは、アイボリーのスーツに包まれた細身の男性。
若く見えるが、30代も後半に差しかかるだろう。
とくにこれといった特徴もなく、マスターの手招きでカウンターの奥に腰を下ろす。
反対側に陣取ったお馬鹿コンビから離れた場所へと、マスターの気配り。
BARに一人で訪れる者は、扉を閉めるか、もしくは扉を探す者だ。
「いらっしゃいませ。」
「ジン・トニックをいただけますか。」
「かしこまりました。」
何気ないBARでの一コマ。
男は、時折枝付きのレーズンをつまみながら、静かにグラスを傾ける。
誰にも関わることなく過ごすひとときを大切にするのが独り酒。
マスターも、男の“刻”には立ち入らず。
遠くの喧騒(お馬鹿コンビの不毛な議論)をよそに、氷の音が、静かに響く。
マスターは、男がコースターとともに、カウンターの内側へ押し出したグラスを取り、
「次は何をお作りしましょうか?」
男は、少し考えてから、「ジャック・ローズをお願いします。」
マスターは、違和感を感じつつも、「かしこまりました。」
三杯目のサイド・カーがふたくちを終えたとき、男が語りかける。
「やはり美味しいですね。」
グラスを磨いていたマスターは手を止め、「ありがとうございます。」
男の顔に迷いが見える。
「そろそろ本命のお酒にまいりますか?」
はっとした顔を向けた男は、観念したように尋ねる。
「まだ早いのではないかと思っているのです。」
カウンターの端で、モグラの「ギムレットには早過ぎる」を無視して、マスターが答える。
「明日は永遠に来ないかもしれませんよ。」
「そうですね。では、“マティーニ”デビューをいたします。」
(やったー、ついにデビュー。思い出すなー、あたしの苦い“マティーニ”デビュー)
謎のバーテンダー。
心の声からすると、意外と若年か・・・
苦いデビュー・・・あえて触れまい。
「かしこまりました。」
(マスターは、どんな想いでこの一杯を創るのだろう・・・)
静かな所作。
輝くグラスの、いぶし銀のマティーニ。
初めてのマティーニを前に、男は感慨深げ。
「今の自分に分かるだろうか。」
問いかけた相手は自分自身。
ゆっくりと啜(すす)る。
目を閉じ、星の彼方へ旅立つ。
ため息とも吐息ともつかぬ長い息の後、この星にご帰還。
「こんな世界があるのか。
予定よりも三年早いが、出会ってよかった。」
モグラとペンギンは、不思議な光景を凝視している。
「きっと何か思い入れがあるんだね。」とペンギン。
対するモグラはわけ知り顔。
「何たって、“マティーニ”はキング・オブ・カクテルだからな。」
「立ち入ったことをお聞きしますが、マスターの“マティーニ”デビューはいつ頃ですか?」
「人生の折り返しを迎えたときでしたね。」
(いつなんだろう?)
「そのきっかけは何ですか?」
刻だけが、男とマスターを包み込む。
刻だけが、刻まれていく。
男は黙って待つ。
やがて・・・
「自らを刻の鎖に縛りつけていた頃、永遠に飲めなくなった“マティーニ”がありました。」
男の真剣な眼差しが、マスターを見つめる。
「“次”は無いのです。
自分の立場とか資格とか、相手の状況とか、
そんなことは取るに足らないことと知りました。
BARに来て、飲んではいけない酒などないのです。」
「“一期一会”ですね。」
「はい、人の出会いと同じです。
ただ同じ空間にいることが出会いではありません。」
「なるほど・・・愚問ですが・・・
“マティーニ”とは、どのようなカクテルなのでしょう?」
「“対話”だと思います。」
「“対話”・・・ですか。」
予想を越える答に戸惑いを隠せない男。
やがて・・・
「難しいですね。自分なりに考えてみます。」
男の顔の疑問符が、宝探しに向かう少年に変わる。
去り行く男を見送り店に戻ったマスターを待ち構えていたのは、例の二人。
(まだいたんだ)
「マスター、マスター、“対話”ってどういう意味?」
(二人いっしょに話すのはやめようね)
「お二人も、探してみてはいかがですか。」
(あたしも、悔いを残す前に探してみよう)
written by Z.Aoki
☆☆☆
特別なカクテルというものは、ありません。
もしあるとすれば、バーテンダーの方が心を込めて創ったカクテルは全て特別なカクテルです。
カクテルに、王も女王もいません。
もしいるとすれば、それを愉しむ方全てが王であり、女王です。
ただし、家来はいません。必要ないからです。
ウイスキーのキャップを捻るだけで、造り手と対話が出来ます。
悠久の刻を越え、今を共に過ごすことが出来るのです。
カクテルは、今、この刻を紡ぐバーテンダーとの対話です。
そして、その刻と、その記憶を彩るのは、カクテルの前にいるあなたです。
気負うことなく、飲みたいお酒を愉しみましょう。
なお、掲載の写真は、遊び心です。
ビッグベンの前に佇むのは・・・
究極のドライマティーニを愛した英国人。
その逸話もまた、遊び心。
Z.Aoki
週末営業の名も無きBAR。
ときおり出没する少しお馬鹿なコンビが創り上げる(創り上げてしまう)緩い空気感。
それでもBARには、それぞれの世界があります。
☆☆☆
『マティーニ』
「最高のカクテルが飲みたい!」
「モグはいつもそればっかり。」
今日もモグラとペンギンのお馬鹿コンビが、BARの空気を汚している。
CO2排出規制は、BARでも必要か。
そこへ登場したのは、アイボリーのスーツに包まれた細身の男性。
若く見えるが、30代も後半に差しかかるだろう。
とくにこれといった特徴もなく、マスターの手招きでカウンターの奥に腰を下ろす。
反対側に陣取ったお馬鹿コンビから離れた場所へと、マスターの気配り。
BARに一人で訪れる者は、扉を閉めるか、もしくは扉を探す者だ。
「いらっしゃいませ。」
「ジン・トニックをいただけますか。」
「かしこまりました。」
何気ないBARでの一コマ。
男は、時折枝付きのレーズンをつまみながら、静かにグラスを傾ける。
誰にも関わることなく過ごすひとときを大切にするのが独り酒。
マスターも、男の“刻”には立ち入らず。
遠くの喧騒(お馬鹿コンビの不毛な議論)をよそに、氷の音が、静かに響く。
マスターは、男がコースターとともに、カウンターの内側へ押し出したグラスを取り、
「次は何をお作りしましょうか?」
男は、少し考えてから、「ジャック・ローズをお願いします。」
マスターは、違和感を感じつつも、「かしこまりました。」
三杯目のサイド・カーがふたくちを終えたとき、男が語りかける。
「やはり美味しいですね。」
グラスを磨いていたマスターは手を止め、「ありがとうございます。」
男の顔に迷いが見える。
「そろそろ本命のお酒にまいりますか?」
はっとした顔を向けた男は、観念したように尋ねる。
「まだ早いのではないかと思っているのです。」
カウンターの端で、モグラの「ギムレットには早過ぎる」を無視して、マスターが答える。
「明日は永遠に来ないかもしれませんよ。」
「そうですね。では、“マティーニ”デビューをいたします。」
(やったー、ついにデビュー。思い出すなー、あたしの苦い“マティーニ”デビュー)
謎のバーテンダー。
心の声からすると、意外と若年か・・・
苦いデビュー・・・あえて触れまい。
「かしこまりました。」
(マスターは、どんな想いでこの一杯を創るのだろう・・・)
静かな所作。
輝くグラスの、いぶし銀のマティーニ。
初めてのマティーニを前に、男は感慨深げ。
「今の自分に分かるだろうか。」
問いかけた相手は自分自身。
ゆっくりと啜(すす)る。
目を閉じ、星の彼方へ旅立つ。
ため息とも吐息ともつかぬ長い息の後、この星にご帰還。
「こんな世界があるのか。
予定よりも三年早いが、出会ってよかった。」
モグラとペンギンは、不思議な光景を凝視している。
「きっと何か思い入れがあるんだね。」とペンギン。
対するモグラはわけ知り顔。
「何たって、“マティーニ”はキング・オブ・カクテルだからな。」
「立ち入ったことをお聞きしますが、マスターの“マティーニ”デビューはいつ頃ですか?」
「人生の折り返しを迎えたときでしたね。」
(いつなんだろう?)
「そのきっかけは何ですか?」
刻だけが、男とマスターを包み込む。
刻だけが、刻まれていく。
男は黙って待つ。
やがて・・・
「自らを刻の鎖に縛りつけていた頃、永遠に飲めなくなった“マティーニ”がありました。」
男の真剣な眼差しが、マスターを見つめる。
「“次”は無いのです。
自分の立場とか資格とか、相手の状況とか、
そんなことは取るに足らないことと知りました。
BARに来て、飲んではいけない酒などないのです。」
「“一期一会”ですね。」
「はい、人の出会いと同じです。
ただ同じ空間にいることが出会いではありません。」
「なるほど・・・愚問ですが・・・
“マティーニ”とは、どのようなカクテルなのでしょう?」
「“対話”だと思います。」
「“対話”・・・ですか。」
予想を越える答に戸惑いを隠せない男。
やがて・・・
「難しいですね。自分なりに考えてみます。」
男の顔の疑問符が、宝探しに向かう少年に変わる。
去り行く男を見送り店に戻ったマスターを待ち構えていたのは、例の二人。
(まだいたんだ)
「マスター、マスター、“対話”ってどういう意味?」
(二人いっしょに話すのはやめようね)
「お二人も、探してみてはいかがですか。」
(あたしも、悔いを残す前に探してみよう)
written by Z.Aoki
☆☆☆
特別なカクテルというものは、ありません。
もしあるとすれば、バーテンダーの方が心を込めて創ったカクテルは全て特別なカクテルです。
カクテルに、王も女王もいません。
もしいるとすれば、それを愉しむ方全てが王であり、女王です。
ただし、家来はいません。必要ないからです。
ウイスキーのキャップを捻るだけで、造り手と対話が出来ます。
悠久の刻を越え、今を共に過ごすことが出来るのです。
カクテルは、今、この刻を紡ぐバーテンダーとの対話です。
そして、その刻と、その記憶を彩るのは、カクテルの前にいるあなたです。
気負うことなく、飲みたいお酒を愉しみましょう。
なお、掲載の写真は、遊び心です。
ビッグベンの前に佇むのは・・・
究極のドライマティーニを愛した英国人。
その逸話もまた、遊び心。
Z.Aoki