【全国パワースポット紹介 第五回】
「大神神社」
大神神社は、奈良県桜井市三輪にある神社で、大和国一宮、二十二社であり、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となり、別称を「三輪明神」・「三輪神社」と呼ぶ
祭神
【主祭神】
「大神神社」
大神神社は、奈良県桜井市三輪にある神社で、大和国一宮、二十二社であり、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となり、別称を「三輪明神」・「三輪神社」と呼ぶ
祭神
【主祭神】
日本で最古の神社のひとつで、諸説あるが、古墳時代以前、纒向(奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯)に勢力を持った先住族が崇敬し、代々その族長により磐座祭祀が営まれたとされ、皇室の尊厳も篤く、外戚を結んだことから神聖な信仰の場であったとされ、美和乃御諸宮、大神大物主神社と呼ばれる
(御神体奥津磐座)
三輪山そのものを御神体(神体山)としており、奥津磐座、中津磐座、辺津磐座があり、本殿をもたず、祭神である大物主大神が山に鎮座しているとされ、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る古神道(原始神道)の形態を残しており、別名、三輪明神・三輪神社と呼ばれる
また、大和七福八宝めぐりのひとつと数えられる
拝殿奥にある三ツ鳥居は、明神鳥居3つを1つに組み合わせた特異な形式のもので、「三輪鳥居」と呼ばれ、三輪山を本殿とすれば、三ツ鳥居は本殿の御扉の役割を果たしていることとなる
(三輪鳥居)
(拝殿)
拝殿は、徳川四代将軍家綱によって再建され、江戸時代の豪壮な社殿建築として、三ツ鳥居と共に国の重要文化財に指定されている
日本書紀に「爰に倭姫命、大神を鎮坐させむ處を求ぎて、菟田の筱幡に詣る。更、還りて近江國に入り東美濃を廻りて伊勢國に到りたまふ」とある元伊勢伝承の根元とされている一文だ
摂社の檜原神社では、倭姫命が、天照大神を磯堅城の神籬を立てて、磯城の厳橿の本にはじめて宮中の外に祀った「倭笠縫邑」の地であると伝えられ、元伊勢の始まりの地ではないかと伝えられている
(檜原神社の三ツ鳥居)
【注釈】
倭姫命───伊勢の地に祀った皇女とされ、斎宮の直接の起源ともされ、また邪馬台国の卑弥呼との諸説もある
神籬───天照大神の神霊をお迎えする依り代
厳橿の本───天照大神の下りる樫の木の元
笠縫邑───日本書紀で、崇神天皇が天照大神を皇女豊鍬入姫命に祭らせたと伝える倭の地、奈良県周辺の笠縫村
崇神天皇の御代に大流行した疫病をご祭神が鎮めたこと、杜氏の高橋活日命が祭神の神助で美酒を醸したことから、医薬の神様や酒造りの神様として広く信仰をあつめており、薬の神・狭井神社への参道には、薬業関係者奉納の薬木・薬草が植えられている『くすり道』がある
中世以降は、神仏習合の色濃く、『三輪明神』として篤く信仰され、平等寺、大御輪寺、浄願寺という三つの大きな神宮寺があったが、明治時代に行われた廃仏毀釈で三寺全てが廃寺となった
神体山とされる三輪山は、奈良盆地の整った円錐形の山で、古来より、大物主大神が鎮まる神の山として信仰され、『古事記』や『日本書紀』には、御諸山、 美和山、三諸岳と記されており、松・杉・檜などの大樹に覆われ、一木一草に至るまで神宿るものとして尊ばれている
(三輪山と大鳥居)
(大鳥居)
特に杉は『万葉集』をはじめ、多くの歌集に詠われ「三輪の神杉」として神聖視され、後世に三輪山の杉葉で造られた杉玉が酒造りのシンボルとして酒屋の軒先に飾られるようになった
また、山中には神霊が鎮まる岩が点在し、磐座と呼ばれて信仰の対象となっている
また、神体山であり、三輪山には登る(御登拝)ことができ、頂上で奥津磐座を間近で拝むこともできる
また、神体山であり、三輪山には登る(御登拝)ことができ、頂上で奥津磐座を間近で拝むこともできる
大神神社では、大物主大神が蛇に姿を変えた話が語り継がれ、蛇神の信仰の古さを伝えており、大神神社で蛇は「巳さん」と親しみを込めて呼ばれており、福徳をもたらす霊威として崇められている
故に境内には、好物の卵を供え、崇敬者の信仰が表されている
参考───
【公式】三輪明神 大神神社
大神神社/中山和敬
にっぽん文明研究所/元伊勢原像 伝承の起点、笠縫邑
伊勢神宮が大好き/ 元伊勢の神社を3分で理解する
Wikipedia