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日々ふと思うことを徒然なるままに書き綴る個人的エッセイあるいは回想録。
学生時代、何となく周りに漂っているような気がして、それを感じるたびに嫌な気持ちになっていたモノがあります。
 
それは“真面目を馬鹿にする空気”とでも言うようなモノです。
 
真面目に勉強すること、真面目に何かに打ち込むこと――そういったものを卑下し、馬鹿にして、「そんな風にマジメに生きるよりも、面白いことや楽しいことだけをしてラクに生きる方がよほど優れた生き方なのだ」と押しつけてくる、無言の圧力です。
 
“まじめ”という言葉は、本来決して悪い意味ではないはずなのに、学生時代のあの頃は“まじめ”という言葉自体が“ウザい”だとか“つまらない”といった悪口と同義な気がして、そういうレッテルを貼られることを恐れていたような気がします。
 
真面目だと思われたくなくて、「勉強なんてしてないよ」アピールをしてみたり、わざと自分の不真面目な部分を大袈裟にアピールしてみたり…
 
集団生活が基本の学校という空間では、友人に疎まれたり敬遠されたりするのは、孤立に繋がりかねないとても恐ろしいものです。
 
そして真面目な人間よりも、ちょっと不真面目なくらいの人間の方がウケが良いということは、学生たちの間ではよくあることだと思います。
 
そうして周囲に合わせて“ちょっと不真面目”を装っているうちに、成績が落ちてしまったり、どんどん“自分の望む自分の姿”とかけ離れていき、自分で自分のことが嫌になってきたり…
 
そういうのが、本当に嫌だと思ってきました。
 
確かに“まじめ”という言葉には、どこか“融通がきかない”だとか“冷たい”だとか、マイナスのイメージがつきまとっているのかも知れません。
 
けれど、物事に対して真剣に向き合い、取り組むことの何がいけないのかと、自分は思うのです。
 
逆に、真面目に真剣にやらなければダメなことが、世の中にはたくさんある気がしてなりません。
 
進路、受験、就職、お金のやりくり、病気や怪我の予防や対処…
 
望むと望まないとに関わらず否応なしに突きつけられる人生の重大事に、フラフラ不真面目なままでは対応しきれるはずもないのに、それでも“真面目を嫌う”人たちは“真面目”に考えることを拒否し続けるのでしょうか。
 
…そもそも、学生時代に感じてきた“真面目を馬鹿にする空気”に、自分は別の“”を感じてもいました。
 
それは、この“真面目を馬鹿にする空気”自体が、実は“足の引っ張り合い”でしかないのではないか、という疑念でした。
 
真面目に生きることを拒否して、結果、成績が伸び悩んだり、人生何と上手くいっていない人たちが、周りにいる人間を自分たちと同じ次元の場所に引っ張り込もうとして、「真面目は良くない」「真面目に生きるなんてくだらない」とネガティブ・キャンペーンを展開しているだけなのではないだろうか、と。
 
他人の向上心を妨害し、逆に堕落させ引きずり下ろすことで安心したり、自分を優位に保とうとする人間は世の中、結構いるものです。
 
しかも、それが悪意からというわけでもなく、「仲間なんだから、一緒に不真面目でいようよー」とばかりに、軽い気持ちで、あるいは無意識にそれをやっている人間も結構います。
 
学校という閉鎖空間において、友人というのはとても重要な存在で、おまけにクラスあるいは部活内の限られた人数の中では、必ずしも友人を“選ぶ”こともできません。
 
そんな中で周りに流されずに自分を保つのは、簡単なことではありません。
 
けれど、そこで「皆も真面目に生きてないから大丈夫」と流されてしまうのは、後々人生の破滅にもつながりかねない危険な選択です。
 
個人的にオススメするのは、たとえ表面上は周りに合わせていても、裏ではちゃんと真面目に自分の人生と向き合っておくことです。
 
(周囲に合わせないというだけで「空気が読めない」扱いされて虐めにつながるケースを考えれば、表面上は周りに合わせざるをえない部分もあるかと思いますので…。)
 
不真面目に、やりたいことだけをやって生きるという生き方は、真面目に生きるより“ラク”な生き方ではあります。
 
なので一旦そういう生き方に染まってしまうと“クセ”になってしまい、いざ真面目にしなければいけない場面で「どうすれば良いのか分からない」状態になり、どうにもならずに人生が詰んでしまう危険があります。
 
それに、そもそもの話ですが、真面目な人間が一定数以上いないことには、この世の中、上手く回っていかないと思うのです。
 
国が真っ当に機能していくためには、真面目に働いて真面目に税金を納める人間が一定数以上いないとどうにもならないわけですし、インフラも金融もその他諸々のサービスも、そこで真面目に働いている人間がいるからこそ正常に機能しているわけです。
 
それに仕事の取引相手や家族や人生のパートナーも、不真面目な人よりは真面目な人の方がよほど頼りになるはずです。
 
だから、安易に“真面目”に対するマイナス・イメージをまき散らすのは、本当にやめて欲しいな、と個人的には思うのです。
 
中には「不真面目なのは学生のうちだけで、社会人になったらちゃんと真面目になるさ」という人もいるかも知れません。
 
でも、一度ついてしまった心のクセが、そう簡単に修正されるものなのか、自分は疑問に思います。
 
表面上をどんなに真面目そうに取り繕っていても、心の根っこの方に「真面目に生きるなんて、やっぱり馬鹿らしい」という思いがあったなら、それはふとした瞬間にどこかで顔を出し、仕事の適当さにつながったり、不誠実さにつながったり、思わぬミスや失敗につながったりするのではないか…そんな風に思うのです。
 

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津籠睦月(つごもりむつき)
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