こんにちは。
Anitaです。



これを書いてる 昨日の 日中は
降水確率 40%



でも 昨日は朝から
フラットシーツと ベッドパッドを
洗濯して 干したんですけど、



割りと風が あったせいか、
よ~く 乾きましたよ。



そこで俄然、モチベーションが
上がってきたので、



本日は、
リビングの カーテンなんかも
洗っとこうかなぁ、などと、
前向きな姿勢を 示しております。




ごきげんよう。
皆様 お元気でらっしゃいますか?



いつも ご閲覧と いいね!とペタを
どうも ありがとうございます。












前回、「自粛警察」についての記事を
お送りしましたが、これを書いていて、

今更ながらに痛感したのが、



自身の中に 刻印された


「祖国を
懐かしくて 愛しいと 思う気持ち」と、


「祖国に巣食う、
利己主義の人間に対する 激しい嫌悪感」とが


互いに 反目し合いながら 交差する感情と、

また、そう言うふうに 感じてしまう、
自身の生まれ持った 本質と言うものの 存在を、
ハッキリと 自覚したことでした。





そんな最中、ネット上では、
旅客機での マスクトラブルが
相次いだと言うニュースが 報じられました。



この件に 関しては、
かなりの 注目を 集めたらしく、
多数の意見が 寄せられたと 言います。



マスク着用を 拒否した乗客が、
客室乗務員に対して 威圧行為で抵抗し、
釧路空港から 関西空港へ向かう最中、
新潟空港へと 臨時着陸すると言う事態が
ピーチ・アビエーション機にて発生。
https://news.yahoo.co.jp/byline/usuimafumi/20200914-00198243






ところが、 旅客機に限らず 巷でも、
マスクを 着用していない人に
白い目を向けて 糾弾すると言う 風潮が
蔓延しています。



現に、近所に住んでいる お婆ちゃんなどは、
うっかり マスクを着け忘れて 歩いていた時に、
すれ違い様に 見知らぬ男から、



「感染するから 歩いてんじゃねェよ!」



なんぞと
凄い剣幕で 怒鳴られたそうな。




そう。
お婆ちゃんが遭遇したのも
「自粛警察」の類いに 他なりません。



そのくせ、

そう言う「自粛警察族」も、
スーパーで買い物する時の「密」については、

コロナにも 慣れてきたのか、 あまり頓着してな

いようで、平気で人を押し退けて 歩いてたりして

ますから。



それに、レジの行列に 並ぶ時の間隔も
気にならないらしく、 

平気で 人の後のすごく近くに
立ってたりとか してますし。



なのに マスクにだけは
何故か 神経質。



まるで 鬼の首でも 取ったかのように
凄い勢いで 文句を つけたおす。


何とも 奇々怪々にして
片手落ちな話では あります。



ともかくも、目についた
「みんなと違う人」を糾弾するのが 基本。



ネット上でも、
ちょくちょく取り沙汰される話ですよね。



言ってみれば、マスクに拘る根底には、
間違いなく「同調圧力」が存在するのです。



「みんな感染しないように
マスクしてるんだから、お前もしろよ!」


と言うのが 決まり文句ですね。



しかし、その恣意には、
マスクによって 感染予防することを
本気で 希望していると言う 考えは
わずかに 10%ほどで、



残りの90%は、
「みんなが 同じであることを好む」のであり、



この、狭い 日本列島の中だけで 通用する
“暗黙の掟”を、


権力者になりたい 願望の強い人間が、
「みんなと違うことをする人」に対して

チクチクと陰湿なやり方で
押し付けたいと言うのが 本音なんです。



何のことは無い。


コロナ禍を 自分の 自己満足のために
利用することしか できないような、


未だに 平和ボケの延長線上で 胡座をかいて、
世間を 舐めきったような 連中の仕出かした
愚行に過ぎないのです。



ただでさえ この島国では、
感染者・死者ともに

アメリカ・欧州などとは対照的に少ないんです。



緊急事態宣言はあっても、
ロックダウンは 無かったんです。



因みに、
感染が 不安なことよりも 寧ろ、
自粛によって 金銭に 事欠いて、


給付金を 貰えるかどうか とか、
小口の融資を してもらえるか?なんて
ことが気になって、苛立ってて


弱い者に 八つ当たりしてるような 向きも
少なくないくらいだから。



ところで、
日本に於いての感染者が 少ないことに対して、
世界中から 驚嘆の声が 上がったと聞きますが。



そう言うことに関しても、


欧米人の 感染率が 高いのは、
ハグとかキス、 握手の習慣とか、
ウイルスの付着した靴のまま、
部屋で 過ごしたりする 習慣のせいだ。 
早い話が、
日本人みたいな清潔観念が
彼らには 無いからだ
」なんて



どや顔で 胸をそびやかし、
やはり日本はスゴい!」なんて
思わず 日本バンザイ的気分に
浸っちゃうのもまた、
「自粛警察族」と根底は 同じですからね。



でもね。

そう言う 自慢げな気持ちに なること自体は、
けっして 悪いことでは 無いと思いますよ。



だって、それって立派な
「祖国を愛する気持ち」ですから。



そう。
日本人にだって 国を愛する気持ちは
あるんです。



なのに、「愛国心」を問われると
「お前、ネトウヨか?」なんて
糾弾したりする。



そして、そう言うのも
わからなくは ないのです。



何しろ、
75年前の敗戦時に日本は。

日本の民主化の名のもとに、GHQから、
WGIP(War Guilt Information Program)の
洗脳を施され、

意識改造をされてしまったのですから。



それにともない国民は、それまでの愛国教育を

否定するようになり、教育現場でも、

反徴兵制が叫ばれるようになったと言います。



今までの 軍国主義から、
よく わかりもしないような 戦後民主主義を
押し付けられ、個人主義は 自己中心主義として
浸透したと言う歴史が、
この国には あるのですから。



もっとも、元来、

このような見方は 保守派の意見であり、

民主主義を「左翼」として 批判する意見

なのですが。



しかしながら、これには強ち、
私も反対とは言い切れない
部分もあって複雑です。


そして 非常に今の世の中で
まずいと思う所は。



保守派をして、
「左翼」と言わしめた「戦後民主主義」は、

半世紀以上も前から、未消化な形で、
しかも、先勝国から 刷り込まれると言う形で、

この国に浸透したと言うことです。



そもそも、

民主主義(デモクラシー)とは。



ギリシャ語の、
デモス(民衆)とクラティア(支配)とを
結合した、デモクラティアと言う言語が語源で、


これは 言葉のとおり、民衆が為政者を選び、

民衆が最終決定権(主権)を有すると言う主義の

ことです。



上記にも あるとおり、
75年前に、民衆支配の世の中に
日本が なったと言う訳ですが、


しかし 日本人にとっては、土着的にあった
「集団意識」が拭い去れないまま、

その土台の上に、
殆ど 意味を理解できていない状態で
「国民主権」を上乗せされたのです。



そして……。



世代が交代した 現時点に於いても、
敗戦のトラウマだけは 受け継がれており、


「愛国教育」=「戦前の大日本帝国」=「悪」


と言う 米国の洗脳による図式が、
日本人のDNAに 刷り込まれてしまったのです。



故に、


「町中を凱旋する右翼団体のイメージ」
=「愛国心」


と言う図式が、根深く民衆の中に形作られ、
そして 今現在が ある訳です。



ところで。
多くの皆さんは、
お嫌いな国でしょうけど……。



中国メディアでは、


日本人は、不愛国主義教育を 子供に受けさせるが、むしろ その行いが、生活する環境を愛する

日本人を誕生させている


などと 言っています。


私もこの意見には、
45%くらいは賛成ですが、
しかし……。



その「愛国心ならぬ 郷土愛」の奥底に、
常々から 付着している 不完全な利己的民主主義の

思考が、多くの日本人の 無意識下に 潜み続け、


今回の コロナ禍のような異変に 際すると、
幸いにして 一部の人々ではあるものの、
ムクムクと 頭をもたげて 膨張するのだろうと
推測されます。



ただでさえ、
このような事態が
起きる時には、



それぞれの 民族性と言うか、
国民性が 顕になるものだし、


それは何も、
この国だけに 起こる現象ではなく、
 
アメリカにも 欧州各国にも
起こった現象ですし、

コロナ禍での 各国の人種差別問題は
それを如実に 表していました。


しかしながら、この国で起こる
「自粛警察」は、まさに上記にもあるとおり
日本人の根底に、常々から 潜在している

思考の為せる現象以外の 何者でもないのです。



確かに 何があろうと、
この国は 救われる。



そして、日本の 慣例として、
日本人が日本人を 痛め付けながら、
結局は、 日本人が日本人によって 守られる。



今後の「武力なき有事」の只中にあって、
日本が 実質上の 孤立無援となる 可能性は、
残念ながら 低いとは言えない。



何故なら、日本国のやり方は
常に不可解な オポチュニズムに満ちていて
近隣を惑わしたり 苛立たせたりするから。



要するに、昔から日本に存在していた
慣例はもはや、通用しないのです。



そうなれば、国の慣例として
ますます
「鎖国」のような状態に 安んじるようになり、



そんな最中にも 世界は
社会主義化が進み、
この国もまた、その多分に漏れず、



遂には 国と国とが、民と民とが
殺意を持つまでに 敵対するようになった時、
果たして その末に待つ未来は――?  



くれぐれも、
歴史の中の悪役とならぬよう、
根本からの教育改革の時が 

今なのではないかと 思うのですが……。



本日はこの辺で。

また次の更新まで。

最後までご閲覧ありがとうございました。





 アニータも食べてるチキータバナナ。