※ 司法試験考査委員(労働法)

 

 

今日の労働判例

【学校法人中央学院(非常勤講師)事件】

東京地裁R1.5.30判決(労判1211.59)

 

 この事案は、有期契約の非常勤講師Xが、無期契約の専任講師との処遇の差について、いわゆる「同一労働同一賃金」のルール(労契法20条)に違反するとして、大学Yに対し、損害賠償を求めた事案です。裁判所は、有期と無期の違いによる差が生じているため、同条が適用されるとしつつ、両者の違いは不合理でないとして、Xの請求を全て棄却しました。

 

1.判断枠組み(ルール)

 抽象的なレベルでは、「不合理」であれば損害賠償責任が発生するのですが、「不合理」は抽象的な概念であり、より具体的な基準が示されています。この判断枠組みとして、裁判所は過去の最高裁判例が示したものと同じ判断枠組みを採用しました。

 すなわち、①賃金総額の比較だけでなく、各賃金項目の趣旨を検討することとし(労判p76右)、その際、②職務の内容(業務内容・当該業務に伴う責任の程度)、③その他(配置変更の範囲・その他)を考慮することとしています(労判p72左)。

 この判断枠組みは、近時一般的に採用されているものです。少なくともそれ以外の諸手当や諸条件については、実務上、これでほぼ定着したと言えるでしょう。

 けれども、基本給・賞与・退職金に関しては、これと同じ判断枠組みで判断すべきではない、という指摘もされています。基本給・賞与・退職金は、人事制度の骨格に関わるもので、相互の関連性が高く、バラバラに個別評価するべきでない、という理由です。

 それにもかかわらず、この裁判例では、基本給・賞与についても同じ判断枠組みを採用している点が、注目されます。

 

2.本俸(基本給)と賞与

 ここで特に注目されるのは、X個人の給与体系よりも、非常勤講師全体と専任講師全体の給与体系の比較に大きな比重が置かれている点です。例えば、専任講師だけがゼミを受け持ち、学術論文の定期的な発表が義務付けられ、学生に対する就学指導や課外活動の指導が義務付けられ、入試に関する業務などが必要である、等の点が指摘されています。

 さらに、国からの私学補助の体系上も、専任講師と非常勤講師で大きくその金額などが異なっていることや、非常勤講師の処遇改善も行われている点も重視されています。

 上記のうちの、特に非常勤講師全体と専任講師全体の比較(第1項部分)については、X個人の処遇に関し、大きな影響はある者の直結した問題ではないため、個人の具体的な処遇の差を比較する、という上記1の判断枠組みに照らして問題があると指摘されています(労判p62右)。

 けれども、非常勤講師全体と専任講師全体の比較は、上記1の判断枠組みの最後で指摘したように、人事制度の骨格に関わる事柄について検討しているのであって、人事制度全体の問題を適切に把握し、評価しようとしている様子がうかがわれます。つまり、基本給や賞与に関し、人事制度の骨格にも関わる問題である、という問題意識を是として積極的に評価することにして、けれども、最高裁の示した判断枠組みを変更するのではなく、あてはめの問題としてこの問題意識を取り入れた、と評価できるのです。

 Xは控訴していますが、非常勤講師の割にかなり多くの授業を担当しているなど、自分が専任講師と同じように重要な役割をはたしているという思いがあり、制度論で片付けられたという不満が残ったようです。制度論ではなく、実際の働きぶりを見るべきだ、というXの考えと、人事制度の構造上の問題を無視できない、という指摘の、バランスの取れたルールや判断枠組みがどのように作られていくのか、控訴審の判断が注目されます。

 

3.実務上のポイント

 さらに、家族手当や住居手当についても、制度的な違いが重要な根拠とされています。

 すなわち、専任講師は非常勤講師と違って専業義務があり、収入源がYに限られること、などから、これらの手当てが専任講師にしか支給されないことを不合理でない、と評価したのです。

 会社の側から見ると、実際の給与水準の違いだけでなく、手当や条件の違いを、その背景からしっかりと説明できるような制度設計がされていれば、処遇に差が出ても、その合理性が認められる可能性の高まることが示されました。

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!