「労務事情」連載中!!(毎月1日号)

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今日の労働判例

【学校法人北海道カトリック学園事件】

札幌地裁R1.10.30判決(労判1214.5)

 

 この事案は、定年後再雇用された幼稚園の教諭Xが再雇用を拒否された、という雇止めの事案です。幼稚園Yは、Xによる新人教諭に対する複数のハラスメント行為があり、それによって当該教諭が退職してしまったとして、雇止めを有効と主張しましたが、裁判所は、雇止めを無効とし、Xが教諭として労働契約者の地位を有することを認めましたが、Xの精神的慰謝料の請求は否定しました。

 

1.雇止めの有効性

 Yは、Xによる「ハラスメント」として9つのエピソードを指摘し、雇止めが有効であると主張しました。

 これに対して裁判所は、関係者の証言などを慎重に吟味した上で、1つひとつについて、いずれもハラスメントに該当しない(そもそも事実がない、ハラスメントの程度でない、など)と認定し、全体として見ても雇止めに相当しない、と結論付けています。

 けれども、裁判所が認定した事実を詳細に見れば、ベテランのXは、同じクラスを任された新人教諭(主任)の運営に対し、(その頻度まではうかがえませんが)非常に無責任で、他人事のような対応をしています。例えば、子供に対する指導のやり方について、2人きりで相談を受けた時には、新人教諭の意見に賛成しておきながら、その意見が園長に否定されるや否や、自分もおかしいと思っていた、と発言するなど、非常に大人げない対応もしているのです。

 しかも、実際に新人教諭は体調不良により欠勤がちになって、最終的にYを退職しています。

 Yとしては、せっかく育てようとした新人教諭が、ベテラン教諭に潰された、と感じられたようですが、裁判所は、ハラスメントというほどではなかった、ということを主な理由に、Yの請求を否定しているのです。

 けれども、この判断には疑問があります。

 Yの主張方法にも影響されたのでしょうか、裁判所は、1つひとつのエピソードがハラスメントかどうかを問題にしています。そして全体としても、新人教諭に対する侵害行為があるかどうかを問題にしています。つまり、新人教諭を侵害したことが、雇止めの成否を決する分水嶺と設定されているのです。

 けれども、ベテラン教諭と新人教諭がペアとなってクラスを任されている状況を見ると、当然のことながら、ベテラン教諭には新人教諭のサポートや教育が期待されているはずです。

 もし、定年後の再雇用とはいえ、このように新人教諭のサポートや教育が期待されているのであれば、侵害行為の有無、という高いレベルではなくても、すなわち、サポートや教育ができていない、というレベルであっても、労働契約上期待される債務の不履行・不完全履行であり、更新拒絶の根拠になり得たように思われます。新人教諭が体調不良により退職した、という点に強く影響されているのかもしれませんが、新人教諭を体調不良に追い込んだかどうかを問題にするのではなく、新人教諭に対するサポートや教育が十分期待にそえるものだったかどうか、を問題にすれば、もしかしたら違った結論になったように思われるのです。

 

2.実務上のポイント

 実際、裁判所が、慰謝料の請求について否定している理由の中で、Xの「言動にはいささか配慮や適切さを欠くとみられる言動があり」、Xの「新人に対する指導や周囲との協調性を踏まえて本件雇止めをするに至った」と指摘されています。新人への対応が適切かどうか、という観点から見た場合には、問題があることは裁判所も認めているのです。

 もちろん、慰謝料が否定されたのは、復職命令によって給与が支払われ、損害が回復される点が大きく考慮されますが、それだけでなくわざわざXの言動の問題を指摘しているのです。このことからも、新人に対する加害行為の問題ではなく、サポートや教育の適切さが正面から議論されるべきだったように思われます。

 これを、訴訟戦略の問題としてではなく、実務上の問題として見た場合、YとしてどのようにXに接するべきだったでしょうか。

 まず、最初にXに対し、新人教諭とペアを組んでもらうことの意味、すなわち新人教諭のサポートや教育が期待されていること(債務の内容であること)を明確に伝えます。その上で、たとえそれがハラスメントと言えるほど悪質でない言動であっても、新人教諭に対するサポートや教育として不適切な言動があれば、その都度その問題を指摘し、改善を促し、記録にとどめておきます。それを繰り返しても改善されないのであれば、Xによる債務不履行は明白であり、改善される期待も小さいと評価できますから、更新拒絶の合理性が高くなるのです。

 従業員同士のトラブルは、人間の集まりである以上、ある程度の確立で発生することは当然のこととして想定しておかなければなりません。結果的に、新人教諭が退職するまで追いこまれてから慌てて対応するのではなく、そのようなトラブルをできるだけ未然に防ぎ、できるだけ早期に対応できるようにすることが、労務管理上必要なのです。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!