「労務事情」連載中!!(毎月1日号)

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今日の労働判例

【住友ゴム工業(旧オーツタイヤ・石綿ばく露)事件】

大阪高裁R1.7.19判決(労判1220.72)

 

 この事案は、昭和20年代以降にタイヤ工場で勤務していて、その後肺がんなどで死亡した従業員の遺族Xらが、会社Yに損害賠償を求めた事案です。

 1審(#182)は、一部のXの請求は否定しましたが、その他のXの請求は肯定しました。2審は、1審と同様の判断枠組みを採用したうえで、1審よりも広い範囲でXらの請求を認めました。

 

1.1審の判断枠組み

 1審の特徴として、特に注目されるのは、以下の点です。

① 因果関係

 1審は、一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の核心を持ち得るかどうかで判定する、という判断枠組みを示しました。そのうえで、平成24年の肺がんの労災認定基準が、医学的な知見をまとめたものとして、判断枠組みに採用しました。

② 予見可能性

 予見可能性は、回避可能性と共に「過失」の要素で、事故の発生を「予測できた」かどうか、という問題です。1審は、生命・健康に対する障害の性質、程度や発生頻度まで具体的に認識しなくても、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧で足りるとし、じん肺法が制定された昭和35年には、予見可能であった、と判断しています。

③ 消滅時効

 本件では、従業員が死亡した時点(債権発生時:債務不履行の場合)や、労災申請の時点(損害と加害者を知った時:不法行為の場合)から消滅時効期間がカウントされますが、訴訟を提起した時点では、いずれにしても、消滅時効の時効期間が経過していました。

 けれども1審は、消滅時効で利益を受けるもの(ここではY)が、権利者(ここではXら)の権利行使を妨害したような場合には、時効を援用することが権利濫用になるとして判断枠組みを示し、実際に組合交渉を拒否するなどの妨害があったとして、時効の成立を否定しました。Xらも賠償請求の努力を続けており、「権利のうえに眠る者」ではない、という点も理由として挙げられています。

 

2.2審のポイント

 2審で変更された部分の最大のポイントは、Xのうちの1人について、1審が否定した請求を、2審が肯定した点です。

 これは、1審では、そのばく露量が上記平成24年基準に満たない、ということが主な理由となっていたところ、2審では、ばく露量がこれをはるかに上回る、と認定されたことによります。

 これに対し、2審では、新たな証拠が採用され、それが大きな影響を与えました。

 それは、昭和24年に東大公衆衛生学教室教授の石川知福氏らが行った調査の報告書や、これに基づく同26年の分析結果の報告書です。

 この中で、当時、Yの工場では「激しいときあたかも高山で霧が流れているが如くである」ほど、「微細な粒子が大気中に大量に飛散している」こと、などが報告されており、2審は、タイヤの製造過程を詳細に検討して、そこで用いられていた「タルク」には、現在は原因物質が含まれていないものの、当時はこれが含まれていた、それが霧のようになっている状況で大量に吸引された、と認定したのです。

 このように、2審が1審の事実認定を覆す事例の中で、新たに有力な証拠が提出されたことが主な原因である、という事例として、参考になるでしょう。

 

3.実務上のポイント

 さらに、Xの喫煙歴による損害額の減額方法が変更されました。

 それは、喫煙歴や喫煙期間によって発がん率が変わることは統計的に示されているもの、具体的な割合やメカニズムが明確でないことから、X内での喫煙の程度による差を設けるのではなく、一律に1割減額する、という計算方法が示されたのです。

 この1割という数字については、喫煙歴無、石綿被爆歴無、の人に比較した場合の肺がん発がん率に関する報告、すなわち、①喫煙歴有、石綿被爆歴無は、10.85倍(約10倍)、②喫煙歴無、石綿被爆歴有は、5.17倍(約5倍)、③喫煙歴有、石綿被爆歴有は、53.24倍(約50倍)、という報告が参考にされており、ここから1割という数字が出されたようです。②と③を比較すれば、石綿被爆歴有の人の中で、喫煙歴の有無により10倍の発生率の差が生じるからです。

 けれども、①と③を比較すれば、喫煙歴有の人の中で、石綿被爆歴の有無により5倍の発生率の差しかありませんから、2割という数字でも良さそうですが、これは、喫煙被害者内部での比較が行われる場合(例えば、喫煙被害者の損害賠償責任を認める際、石綿被爆者について2割減額する、というような場合)に用いられるべきデータ、ということでしょうか。

 裁判所は、明確にその理由を示していませんが、①行政基準で、損害賠償責任が一応認められ、同時に、②従業員側の事情が寄与していることはわかっていても、具体的にその寄与度が認定できない場合には、③それなりに合理的と言える寄与度を裁判所が設定して控除する(本事案では、一律に算定するのが合理的となるような統計資料が基本とされた)、というルールが示された、と評価できそうです。

 これは、一面で、個別事情を認めてもらえないので、ヘビースモーカーでも同じ補償なのか、という問題が生じますが、他面で、従業員側の事情が寄与している具体的で科学的な因果関係や具体的な寄与度が証明できなくても、減額が認められる、という意味でもあります。

 特に後者の意味で重要なのは、①行政基準によって会社や国の責任が推定されてしまう分、②従業員側の事情についても、それなりに合理的な研究報告などがあれば、従業員側の事情も考慮される、ということを意味します。

 現実の損害を社会的に分配する、という不法行為法の本来の役割から考えれば、現実の損害についての証明がされず、ある程度フィクションとなってしまうことも止むを得ず、その場合、会社や国の側の責任だけでなく、合理性がある限り、従業員側の事情もある程度フィクションとして考慮することで、バランスがとられている、と評価することが可能でしょう。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!