刻み込まれた恐怖心

刻み込まれた恐怖心

アパートで一人暮らしをすることになった大学生Jの話である。

このアパートというは、

太陽の光が差し込む日当たりの良い2階の部屋と、

駐車場に近い1階の部屋が空室であった。

Jは駐車場が近い1階の部屋を選択した。

管理人に『本当にここでいいの?上(2階)空いてるよ?』

と言われたが、どちらでも良かったJは、

管理人の言葉に耳を貸さずに1階に決めた。

間数は3部屋もあり、

「家賃5万円にしてはすごくいい物件を掴んだ」

とJは大いに満足していた。

部屋に荷物を持ち込み、

本格的に住み始めてから気づいたことがあった。

それは部屋のある一面の壁だけに、

無数の引っ掻き傷がついているということだ。

だが、Jはそんなことを気にも留めず日々を送った。

そんなある日、

部屋の引っ掻き傷が無性に気になり、

引っ掻き傷のある壁の下のカーペットを捲ってみることにした。

すると一枚の写真がそこにはあった。

その写真はカップルであろう若い2人の男女が写っている。

加えて、無数の茶色い髪の毛もあった。

J『ったくよ!なんで、掃除しとかねえんだよ!あの管理人!』

腹立たしく思ったJは、

語気を強めに独り言を放った。

だが、この写真を見つけてからというもの、

この部屋では奇妙な事が起こり始める。

夜中になると、

何処からともなくカリカリカリ・・・という音がする。

築年数がかなり経過しているアパートということもあり、

Jは「ネズミの仕業か?」と思っていた。

ある日、夜中にトイレに行きたくなり目が覚めた。

その時に気付いたのだが、

どうやら、あのカリカリという音は、

引っ掻き傷のある壁から聞こえてくるようだった。

「ネズミが引っ掻いてるのか?」

と思ったJは近づいて確認することにした。

だが、Jが例の壁に近づくと、音は一瞬にして消えた・・・

ネズミの姿も見当たらない。

トイレに入っていると、

またカリカリという音が聞こえてくる。

「またか!?」と思い、

今度は非常用の懐中電灯を手に取り、

遠くから例の壁に光を当て、確認した。

すると音が鳴り止んだ。

ネズミの姿もない・・・

「何かおかしい・・・」

心の何処かで「ネズミの仕業ではない」

と感じ始めていた彼の全身には寒気が走った。

恐る恐る例の壁を右手に、寝床に向かって歩いた。

例の壁を通り過ぎた時、

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背後に異様な気配を感じ振り向く!

すると、真っ暗な部屋の床を、

闇より黒い丸い影がスーっと、

一直線に走ったのが見えた!

その瞬間、

「これはネズミなんかじゃない!!」と確信した。

しばらくの間、恐怖で硬直していると、

再び、例の壁からカリカリという音が鳴り始める。

床に向けていた視線をジワジワと壁のほうにやる・・・

J『ヒッ!』

Jは小さく悲鳴を上げた。

そこには、何かに怯えた表情の白い女がガタガタ震えながら、

壁に背をつけ、後ろ手のまま爪で壁を引っ掻いている・・・

カリカリカリカリ・・・と。

しばらくすると、白い女は玄関のほうへ向かって、

何かから逃げるように走り去った。

それはまるで映画の1シーンを切り抜いたものを、

見せられているようだったという。

翌日、この体験談を管理人に話した。

すると管理人は重い口を開いてこう言う。

管理人『実は・・・あの部屋には以前、若い夫婦が住んでたんだけど。』

管理人『初めは仲睦まじい夫婦だったんだけどね。ええ、初めはね・・・』

管理人『いつの頃から、夫が妻に暴力を振るうようになって。毎日毎日ね・・・』

管理人『まあ~、所謂DVってやつさ。』

J『そうですか・・・で、結局、奥さんは?』

管理人『離婚されて、2人とも出て行ったよ。』

Jは管理人に例の写真を見せようとしたのだが、

部屋の何処を探しても見つからなかった。

DVを受けていた妻の恐怖心があの場所に刻み込まれ、

それが白い女として現れたのだろうか。

あるいは、

凄惨な日常を見てきたあの部屋の記憶だったのだろうか・・・