経済論にしろ、政治論にしろ、はたまた外交論にしろ、国民のニーズが政策論へと昇華する段階で、当初の姿が大幅にスポイルされ、見るも無残なレベルに劣化するケースが目立ちます。

政策の理念やあるべき姿が捻じ曲げられる要因は、表向き、”常識論の帰結”だと説明されますが、何のことはない、もとを正せば、財源不足、つまり、「カネが足りない」という理由に端を発しています。

ですが、この「カネが足りない」という言葉は、まったく事実ではなく、単なる思い込みや妄想の類いでしかありません。

『ベーシックインカムとは何か』(千正 康裕/㈱千正組代表取締役、厚労省OB)
http://agora-web.jp/archives/author/yasuhirosensho

上記コラムで千正氏は、ベーシックインカム(以下、「BI」)をこう定義づけています。
「ベーシックインカムというのは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要な額の現金を支給するもの」

そのうえで、BIが注目される理由として次の4点を挙げています。
①支援が必要な人に届かないという問題
  …生活保護や雇用保険制度のモレ
②制度の狭間の不公平問題
  …労働時間や所得による雇用保険や医療費負担の制度上の不公平
③不正受給の問題
  …生活保護の不正受給
④役所の仕事の非効率さの問題
  …BIに掛かる役所の負担の軽さ

千正氏の論は、個々に見れば、既存の社会保障制度の不備や矛盾を突いている点もあります。
しかし、それらを指摘する理由の根源が、「だから社会保障制度を改革せねばならない。既存の社会保障制度をBIに置き換えてシンプルかつ公平にすべき」という発想にあり、私には、到底まともなBI論とは思えませんね。

現に彼の論は、この後BIに必要な財源探しの話になり、国民一人当たり年間100万円を配るのに必要な120兆円の財源を捻出するのに、
①消費税率を60%に引き上げる大増税策
②既存の社会保障制度(給付額120兆円)との置き換え(社会保障制度の廃止)
という”質の悪い置き換え論”に成り下がっています。

BI論には、彼みたいに如何わしい偽物BIを吹聴する輩がつきものですが、経済論壇には、BI導入を既存の社会保障制度の廃止と交換条件にする置き換え論や、量的金融緩和政策みたいな国債と日銀当座預金との両替論に固執する愚論が跋扈しています。

既存の社会保障制度の不備を改善しつつ、絶対的な所得不足に陥っている国民の懐を豊かにし、国内消費の起爆剤とするためのBIを並立させる、というのが、真にあるべきBI論であり、”BIか、増税か。BIか、社会保障の廃止か”という択一論を騙るのは、間違いなく現状認識の甘いジャンクの類いでしょう。

そもそも、いまの社会保障制度を全廃してBIに置き換えたところで、せいぜい役所の手続きが簡素化される程度で国民の実質所得は何ら変わりませんから、政策効果は生まれないし、社会保障制度の消滅にビビった国民がこれまで以上に過剰な貯蓄行動に走り、国内需要のシュリンクを招くだけに終わります。

千正氏が長年お役所勤めで何を見てきたのか知りませんが、BIの財源として増税or社会保障制度の廃止しか思いつかぬようなレベルで”政策のプロ”を騙って恥ずかしくないのでしょうか?
この程度なら、そこいらのオバちゃんの井戸端会議や中学生の壁新聞レベルでしかありません。

しかも彼は、コラムの結びで、「生産性向上やブラック企業からの回避については、ベーシックインカムがあれば解決するというよりも、転職のハードルを大きく下げることができ、また本人の希望やスキルが活かせる兼業・副業を進めることが有効ではないかと考えています」と、しれっと雇用の流動化(不安定化・劣化)を賛美しており、”お前は、厚労省の役人として当然備えているべき、労働者保護の原則を忘れたのか?”と叱り飛ばしたくなります。

彼の論を読むにつけ、BI導入の目的をまったく理解しておらず、間違った構造改悪を推進するための道具として悪用しているようにしか見えません。

だいたい、BIを曲解する者は、
「日本には使えるカネがない」
「日本はもう成長できない(成長してはならない)」
という思い込みや妄想・妄言を大前提に論を組み立てるから、増税と化社保制度解体という愚論しか捻り出せないのです。
いやっ、”増税&社保制度解体による日本社会の衰亡”という目的を果たすために、あえてBIという変化球を持ち出しているというべきでしょう。

何度でも繰り返しますが、現状の経済認識と対策に関する私の主張は次のとおりです。

①四半世紀も続く需要不足型大不況を脱するには、個人消費を起爆させるための大規模かつ長期的な家計所得の大幅UP政策が必要である。

②そのために極めて有効なのは、国民一人当たり3-4-万円/月の継続型給付金(BI)の実施、消費税廃止、社保料負担の半減といった超積極財政策である。(無論、公共インフラ整備の歳出や地方交付税交付金なども大幅に増やす必要あり)

③財源確保に増税や社保制度解体などまったく不要かつ無用。

④超積極財政策の財源は、貨幣製造や日銀による国債引き受けなどで賄うべき。

⑤貨幣という国民の共有資産を大胆に経済へ投入し、国民が消費に自信を持ち、消費や投資に前向きになれる経済状勢を創ることが先決だ。

⑥その結果生じる多少のインフレにビビる必要はない。インフレは一国の需要の旺盛さを示すバロメーターであり、生産性向上や人材育成、技術革新に必要な資金の原資となり、社会全体のインフレ耐性を強化するエネルギーとなる。(インフレがもたらす所得の平均的向上は、消費者にあらゆる選択肢をもたらす)

通貨発行権を有する先進国家において、”カネが足りない”という事態などあり得ません。

日本に足りないのは、財源不足を吹聴し、カネ不足を言い訳にするアホ論者の嘘を見抜く能力と、国を成長させ、自分たちに生活をより良くしたいという”やる気”でしょう。