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上原ひろみ「SAVE LIVE MUSIC Hiromi ~Since 2003~」@Blue Note Tokyoの感想

ツアー情報

開催日:2020/9/13 20:00-
場所:Blue Note Tokyo

感想

 Save Live Music. その言葉の通り、Live Musicが救われたような気がした一夜だった。

 コロナウイルスによるパンデミック 。ライブ会場という様々な演奏者たちの最も重要な活動の場の1つは閉ざされ、それは上原ひろみさんも例外ではなかった。

 久しぶりに参加したライブ@Blue Note Tokyo。一年ぶりに会場を訪れると、そこに食事を楽しみながら舞台を楽しみにする観客の姿はなく、あるのはマスクを付けた顔、顔、顔。注文したお酒を飲みながら友達と話していると、ウェイターの方に飲む時以外はなるべくマスクを着けるようにお願いされる。非日常にあっても常に意識は怠ってはならないという、コロナ禍の厳しい現実を思い出さされた。

 しかし、そんな状況は上原ひろみさんの登場と共に一変する。会場に、夜明け前のような静けさが訪れ、皆が上原ひろみさんの最初の一音に耳をすます。

 1曲目はHaze。静寂を無理に打ち破るのではなく、静寂と同化するような一曲にただただ染み入った。可憐で、小さく、煌く、力強い音色。突然天井が開けて、満点の星空を眺めているかのような心地がした。

 2曲目はMy Favorite Things。こちらは、一筋縄では行かないアレンジで、激しくなったり、道からそれたり、様々な音色。冒険を経て、自分なりのMy Favorite Thingsを見つけるまでの道のりを描いているような心地がした。

 3曲目はおそらくYellow Wurlitzer Blues。上原ひろみさんの左手だけで紡ぎ出されるメロディに、自然と体が動く観客たち。楽しそうに音楽を奏でる上原ひろみさんと共に、どんどんと高まる気分。

 そこから先の数曲は、曲名をあまり覚えていない。多分、Love and Laughterあたりをやっていたような気がするが、はっきりとは思い出せない。わくわくする夢を見た翌朝、お決まりのように楽しかったこと以外は思い出せなくなってしまう。そんなように、僕のほとんどの記憶は夜空へと飛んでいってしまったようだ。きっと、僕の心は旋律と共に、どこか旅をしていたのだろう。

 現実から引き戻されたのが、最後の1曲、Dancando No Paraiso。元々はトリオの曲であるにもかかわらず、トリオ以上のスピード感でぶっ飛んで行く。上原ひろみさんの手元が見えやすい位置であったにもかかわらず、全くもって目で追えない超絶技巧、疾風迅雷。かと思えば、さっと穏やかに切り替わる。ピアノ単体だからこそ生み出されるギャップの大きさに、トリオではないからこそ魅力的なピアノアレンジの可能性を目の当たりにした。

 演奏の途中、一旦落ち着いた後に要求される拍手。一体となる会場。手を掲げながら打ち鳴らす様々な人の顔を見て、まさに今この場で生み出される音楽を聞いて、これこそがライブだったなと思い出す。会場の熱気を受けてさらに加速するピアノ、最後まで突っ切り弾き切る上原ひろみさん。一瞬の静寂の後、反射によって繰り出される拍手の嵐。気がつけば、立って止まない拍手をしている自分がいた。他の沢山の人々も、立ち上がって万雷の拍手を鳴らしていた。一身に称賛を集める上原ひろみさんと、マスク越しに見える人々の何かを達成したかのような爽やかな顔を見て、ここにライブミュージックは救われたんだなという思いがふつふつ湧いた。コロナウイルスに襲われた2020年、Blue Note Tokyoのあの一瞬を、僕はこれからずっと覚え続けるのだろうと思った。

 アンコールは、上を向いて歩こうのアレンジだった。本ライブを締めくくるのにまさにぴったりの1曲。きっと、ライブの未来は、音楽の将来は明るいのだろうと思わせてくれるような素敵なエンディングだった。