Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 9

 COVID-19/SARS-CoV-2に関して、他に色々呟きたいことはあるんですが、今回はとりあえず論文の和訳/紹介にしたいと思います。今回は、今年3月13日に発表された論文"Risk Factors Associated With Acute Respiratory Distress Syndrome and Death in Patients With Coronavirus Disease 2019 Pneumonia in Wuhan, China." (Wu C, Chen X. et al., JAMA Internal Med.)を参考にします。

 

(1) Introduction

 武漢の1施設にて、COVID-19肺炎の患者における 1. 入院後のARDS発症, 2. ARDSの進行による死亡, と関連する臨床的特徴と因子を報告する。

 

(2) Method

① Study Population

 2019年12月25日から2020年1月26日の間に、武漢のJinyintan Hospitalへ入院した201名の患者(21歳〜83歳)に対する後方視的cohort studyである。疫学的なデータ, 臨床的データ, そして予後に関するデータは、電子医療記録を用いて医師と医学生が収集し、患者のフォローアップは2020年2月13日まで行われた。

② Procedures

 SARS-CoV-2感染の診断は、全患者から取得した咽頭ぬぐい液サンプルを採取し、これにreal-time RT-PCRにて行った。また、他の呼吸器系病原体(e.g. インフルエンザAウイルス, インフルエンザBウイルス etc.)に対するRT-PCRを173名の患者に対して行った。更に、痰培養で細菌, ないし 真菌感染の可能性を検査した。入院中、最も強力だった酸素療法(鼻カニューレ, 非侵襲的機械的換気[noninvasive mechanical ventilation; NMV], 侵襲的機械的換気[invasive mechanical ventilation; IMV], IMVとECMO)を記録した。

③ Outcome

 1. ARDSの発症, 及び 2. ARDS患者の死亡, の2項目を評価。

 ARDS発症, もしくは ARDS発症による死亡 に関与する個々の因子間のhazard ratio (HR)と95%CIは、二変数Cox比例hazard ratioモデルを使用して決定した。またKaplan-Meir法・log-rank testを用いて生存曲線を描いた。

 

(3) Results

① 人口統計

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 既述の通り、201名の患者が本studyに登録された(Table 1)。年齢中央値は51歳(IQR 43~60歳)で、男性は128名(63.7 %)だった。また発症時の主訴で最も多かった症状は以下の通りである。

  • 発熱; 188(93.5 %)
  • 咳; 163(81.1 %)
  • 喀痰を伴う咳; 83(41.3 %)
  • 呼吸困難; 80(39.8 %)
  • 倦怠感 or 筋肉痛; 65(32.3 %)

191名の患者(95.0 %)で画像上、両側性浸潤影の所見を認めた一方、10名(5.0 %)で片側性病変を認めた。66名(32.8 %)の患者に並存疾患を認めた。その内訳は以下の通り。

  • 高血圧; 39(19.4 %)
  • 糖尿病; 22(10.9 %)
  • 肝疾患; 7(3.5 %)
  • 神経疾患; 7(3.5 %)
  • 慢性肺疾患; 5(2.5 %)
  • 慢性腎臓病; 2(1.0 %)
  • 糖尿病以外の内分泌疾患; 2(1.0 %)
  • 腫瘍; 1(0.5 %)

なお大半の患者(173名[86.1 %])で他の9病原体の検査が行われ、148名(73.6 %)で細菌及び真菌の培養を採取した。その結果、1名のみでインフルエンザAの感染合併が判明した。

② 治療内容

 201名中、165名(82.1 %)が酸素療法を必要とした(Table 1)。その内訳は鼻カニューレ98(48.8 %), NMV 61(30.3 %), IMV 5(2.5 %), IMVとECMO(0.5 %)であった。また、196名(97.5 %)はempiricalな抗菌薬を受け、170名(84.6 %)が抗ウイルス薬治療を受けた。他にも、

  • 抗酸化薬(e.g. glutathione, N-acetyl-L-cysteine); 106(52.7 %)
  • メチルプレドニゾロン; 62(30.8 %)
  • 免疫調整薬(e.g. 免疫グロブリン, thymosin, recombinant human granulocyte colony stimulationg factor); 70(34.8 %)

といった治療が行われた。

③ 検査値

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 入院時の検査値はTable 2にまとめられている。194名中、166名(85.6 %)で高感度CRP増加が見られた。半数以上(197名中126名[64.0 %])でリンパ球減少が見られ、約1/3で好中球増加(68/197名[34.5 %])が, 約1/4で白血球増加(46/197名[23.4 %])が見られた。また一部の患者ではASTやALTの上昇を認めた。他に、大半の患者で入院時に心筋逸脱酵素増加を認めた。

  • LDH増加; 194/198名(98.0 %)
  • Creatine kinase muscle-brain isoform; 9/198名(4.5 %)

④ 臨床的予後

 2020年2月13日の時点で、201名の患者中144名(71.6 %)が退院していた。入院期間中央値は13日(IQR 10~16日)であり、13名(6.5 %)はまだ入院中だった。患者集団全体のうち84名(41.8 %)がARDSを発症し、53名(26.4 %)がICUに入床した。67名(33.3 %)が機械的換気を受け, 44名(21.9 %)が死亡した。また、機械的換気を受けている67名の内訳は

  • 死亡; 44名(65.7 %)
  • 退院; 14名(20.9 %)
  • 入院中; 9名(13.4 %)

であった。入院からARDS発症までの中央値は2日(IQR 1~4日)。死亡した全患者が、ARDSを発症し機械的換気を受けていた。

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 ARDSを発症した患者を、発症していない患者と比較すると以下のような差異が明らかになった(Table 3)

  • ARDS患者の方がより高齢(difference 12.0歳, 95%CI 8.0~16.0, P<.001)
  • ARDS患者の方が入院前の体温が高い(difference 0.30 ℃, 95%CI 0.00~0.50, P=.004)
  • 「最初の症状=呼吸困難」がARDS患者の方で多い(difference 33.9 %, 95%CI 19.7 %~48.1 %, P<.001)
  • ARDS患者で並存疾患を持つ割合が高い(高血圧; difference 13.7 %, 95%CI 1.3 %~26.1 %, P=.02, 糖尿病; difference 13.9 %, 95%CI 3.6 %~24.2 %, P=.002)
  • ARDS患者では抗ウイルス薬治療を受けていない傾向が見られた(difference -14.4 %, 95%CI -26.0 %~-2.9 %, P=.005)
  • ARDS患者ではメチルプレドニゾロン治療をより多く受ける傾向が見られた(difference 49.3 %, 95%CI 36.4 %~62.1 %, P<.001)

ARDSとなった84名中、61名(72.6 %)がNMV, 17名(20.2 %)が鼻カニューレ, 5名(6.0 %)がIMV, 1名(1.2 %)がIMVとECMOを受けていた。

 また、ARDSを発症した患者の検査値をARDSを発症していない患者と比較すると、以下のような差異が見られた。

  • 肝機能障害の値が有意に上昇(total bilirubin; difference 1.90 mg/dL, 95%CI 0.60~3.30 mg/dL, P=.004)
  • 腎機能障害の値が有意に上昇(尿素; difference 1.69 mM, 95%CI 1.10~2.29 mM, P<.001)
  • 炎症関連値が有意に上昇(interleukin-6[IL-6]; difference 0.93 pg/L, 95%CI 0.07~1.98 pg/L, P=.03)
  • 凝固機能値が有意に上昇(D-dimer; difference 0.52 μg/mL, 95%CI 0.21~0.94 μg/mL, P<.001)

他方で、リンパ球(difference -0.34x10^9/mL, 95%CI -0.47~-0.22x10^9/mL, P<.001), CD8 T細胞(differece -66.00/μL, 95%CI -129.00~-7.00/μL, P=.03)は有意に低値であった。

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 Table 4にまとめられているように、高齢(≧65歳), 高熱(≧39 ℃), 並存疾患, 好中球増加, リンパ球減少, end-organ related indices上昇(e.g. AST, 尿素, LDH), 炎症関連値上昇(高感度CRPと血清フェリチン), 凝固機能関連値の上昇(e.g. PT, D-dimer)は、ARDSを発症するrisk増加と関連している。またメチルプレドニゾロンで治療を受けた患者は、受けていない患者と比較すると重症と思われた。

 ARDSを発症した患者subgroup内で最終的に死亡した患者は、生存患者と比較すると、より高齢で(difference 18.0歳, 95%CI 13.0~23.0歳, P<.001), 高熱の割合が低く(difference -31.8 %, 95%CI -56.5%~-7.1 %, P=.007), 高血圧の割合が多かった(difference 18.9 %, 95%CI -2.0 %~39.7 %, P=.05)。死亡したARDS患者44名のうち、38名(86.4 %)はNMVを受け、5名(11.4 %)がIMV, 1名(2.3 %)がIMVとECMOを受けていた。

 また、ARDSを発症して死亡した患者の検査値を、ARDSを発症し生存した患者のそれと比較すると、

  • 死亡群で肝障害の数値が有意に上昇(total bilirubin; difference 2.60 mg/dL. 95%CI 0.30~5.20 mg/dL, P=.03)
  • 死亡群で腎機能障害の数値が有意に上昇(尿素; difference 1.50 mM, 95%CI 0.50~2.70 mM, P=.004)
  • 死亡群で炎症関連値が有意に上昇(IL-6; difference 3.88 pg/L, 95%CI 2.20~6.13 pg/L, P<.001)
  • 死亡群で凝固機能値が有意に上昇(D-dimer; difference 2.10 μg/mL, 95%CI 0.89~5.27 μg/mL, P=.001)
  • 死亡群でリンパ球が有意に減少(difference -0.23x10^9/mL, 95%CI -0.41~-0.07x10^9/mL, P=.004)
  • 死亡群でCD8 T細胞が有意に減少(difference -134/μL, 95%CI -221~10/μL, P=.05)

といった差異が見られた(Table 3)

 二変量Coxモデルは、並存疾患, リンパ球数, CD3・CD4 T細胞数, AST, プレアルブミン, クレアチニン, グルコース, low-density lipoprotein, 血清フェリチン, PTを含むARDS発症と関連した複数の因子が死亡と関連していないと示した。しかしながら、IL-6は死亡と統計学的に有意に関連していた(Table 4)

 最後に、メチルプレドニゾロンで治療を受けたARDS患者内では50名中23名(46.0 %)が死亡したが、メチルプレドニゾロンを受けていないARDS患者内では34名中21名(61.8 %)が死亡した。ARDS患者では、メチルプレドニゾロン投与は死亡riskを減少させたと考えられる(hazard ratio 0.38, 95%CI 0.20~0.72, P=,003) (Figure)

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(4) Disucussion

 本trialでは、メチルプレドニゾロンによる治療を受けた患者はARDSを発症する傾向が強かったが、おそらくこれは適応による交絡である。特に、重症な患者はメチルプレドニゾロンによる治療を受ける傾向にあった。しかしながら、ARDSを発症した患者へのメチルプレドニゾロン投与は、死亡riskを減少させているように思われる。こうした知見は、COVID-19肺炎患者のうち、病勢が進行してARDSとなった患者にとってはメチルプレドニゾロン療法は有益である可能性があることを示唆している。但し、このようにサンプルサイズが小さい観察研究においては、バイアスの可能性, 及び 残存する交絡があるので、結果は注意して解釈すべきである。本trialの結果を検証するためには、double-blinded randomized clinical trialを行うべきである。

 ARDSの発症と, ARDS進行による死亡と関連するrisk factorは、高齢, 好中球増加, 臓器・凝固障害であった。加えて、ARDS発症と関連している複数の因子が死亡と関連していないことも観察した(e.g. 並存疾患, リンパ球数, CD3・CD4 T細胞数, AST, プレアルブミン, クレアチニン, グルコース, low-density lipoprotein, 血清フェリチン, PT)。更に、死亡した集団と生存した集団間のD-dimer中間値の差は、ARDSを発症した集団とそうでない集団間のそれよりも大きく、一部の患者ではDICにより死に至ったことが示唆される。興味深いことに、高熱はARDS発症と正の関連性を示していたものの、死亡とは負の関連性を示した。しかしながら、集団間の体温の差は極めて小さく, 入院前の体温は自己申告なので、高熱に関するデータの解釈は慎重に行うべきである。

 高病原性ヒトコロナウイルスの病因は、まだ分かっていないことも多い。サイトカインストームと細胞性免疫反応の回避が、病気の重症度に重要な役割を果たしていると考えられる。SARS患者の末梢血と肺では好中球増加が見られた。MERS患者では、肺障害が好中球とマクロファージの肺への広範囲にわたる浸潤と関係し, 末梢血でもこれらの細胞の増加が見られた。好中球はケモカインとサイトカインの主なsourceである。サイトカインストーム発生はARDSに繋がりうる。本studyでは、ARDSを発症したCOVID-19肺炎患者はARDSを発症していない患者よりも好中球数が多くおそらく好中球活性化がウイルスに対する免疫反応だけでなく, サイトカインストームにも寄与しているのだろう。これは、COVID-19早期において見られる高熱とARDSの正の関連性を部分的に説明し得るものである。加えて、高齢は免疫系の低下と関連していることを考えると、本studyは高齢がARDS, 死亡双方と関連していることを示している。すなわち、死亡と関連している高齢は、弱い免疫反応によるものかもしれない。

 本studyはCD3・CD4 T細胞高値がARDS発症を防いでいる可能性を示唆したが、死亡に関しては同様の結果が得られなかった。これはおそらくサンプルサイズが不足していたからであろう。CD8 T細胞数は生存患者で有意に高かった。早期の研究は、SARSコロナウイルスがT細胞, 単核球, マクロファージを含む免疫細胞に感染できることを示した。この研究において、CD3・CD4・CD8 T細胞数はSARSコロナウイルス肺炎発症時に減少し、SARS回復期まで減少は持続した。またCD4・CD8 T細胞は致死的なSARSコロナウイルス肺炎において減少した。こうした知見は、COVID-19肺炎患者, 及びリンパ球減少を来したARDSの結果と矛盾しない。過去の研究で、T細胞の反応は先天性の免疫の過剰な活性化を抑制することが分かっている。SARSコロナウイルスに感染したマウスの実験において、T細胞はSARSコロナウイルス排除に寄与し, またT細胞反応の低下は病的変化を起こすことが報告されている。筆者は、持続的かつ段階的なリンパ球の反応の増加が、SARS-CoV-2に対する効果的な免疫反応に必要かもしれないという仮説を提唱する。好中球・リンパ球の反応, もしくは CD4・CD8 T細胞の免疫反応がSARS-CoV-2感染症において果たす役割を特徴付けるためには、追加の研究が必要である