Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

SARS-CoV-2感染妊婦と非感染妊婦のoutcome

 今日も引き続き、英語論文の和訳です。今回参考にしたのは、今年11/19に発表された論文"Pregnancy Outcome Among Women With and Without Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Infection" (Adhikari EH, Moreno W. et al., JAMA Network Open. 2020;3(11):e2029256)です。

 

(1) Introduction

 2020年6月にCDCは、妊婦の31.5%にCovid-19による入院が生じた(非妊娠女性は5.8%)と報告した。しかし入院適応に関するデータはない。妊娠中の重症・危機的病態は報告されている; しかし入院・外来での検査が拡大する中での重症度や入院率に関する理解は十分でない。また早期の新生児におけるSARS-CoV-2感染の感染率, characteristicsも十分に分かっていない。この研究は、妊娠中のSARS-CoV-2感染と関連する有害な妊娠outcomeへの包括的な評価と, high-volumeな都市部のmaternity care centerにおける臨床的management・母体の重症度と臨床的な進行・入院・胎盤の異常・新生児outcomeを記述することを目的としている。

 

(2) Method

 この研究は、妊娠中に診断を受けたSARS-CoV-2感染及び非感染妊婦の母体と新生児outcomeに関する観察コホート研究である。

 妊娠中にSARS-CoV-2の検査を受け、Parkland Health and Hospital System(Dallas Countryにおいて、医療的に恵まれない女性へ医療を提供している)で分娩を行った女性が研究に登録された。検査は外来患者に対して実施され, 2020年5/14以前では、症状に応じて, もしくは 特異的なrisk criteria(確定診断or疑い症例との接触, 密集orグループホーム環境に居た, ホームレス, 病院外からの搬送, または 外部施設で行われたCovid-19検査結果が不明)がある入院患者に対して実施されていた。分娩ユニットへ普遍的なSARS-CoV-2検査プロトコルが導入されたのは2020年5/14だった。検査は、10箇所の地域型出生前クリニックにてon-site or ドライブスルー形式で, 救急外来や病棟ではon-site形式で行われた。

① 妊娠中のSARS-CoV-2感染管理

 SARS-CoV-2検査を受けた症候性の外来患者には、telemedicine(遠隔診療)によりフォローアップが行われた。呼吸状態が安定し緊急性がない無症状・症候性患者は分娩ユニット もしくは 病棟で管理された。呼吸器疾患 もしくは 酸素必要量のある 症候性の出産前・産後患者は、陰圧管理隔離病棟(Covidユニット)で管理された。重症 もしくは 危機的なCovid-19患者に関しては、出産予定日が近い場合、新規or悪化する酸素必要量がある時には分娩が考慮された。適切な母体への呼吸補助で改善しない胎児心拍異常 または 気管挿管と迅速な伏臥位が必要となると予想される母体の呼吸状態悪化という例外を除けばCovid-19は帝王切開の適応と考えられなかった。重症Covid-19肺炎患者の緊急分娩は、Covidユニット内の手術室で行われた。

 新生児検査プロトコルには、母体がCovid-19と診断されてから4週間以内に生まれた, もしくは 臨床的に適応がある 新生児に対する24時間 及び 48時間後のSARS-CoV-2検査も含まれる; 症候性の母親から生まれた新生児は、母体からの感染に対する予防策が終了できる or 退院までNICU隔離病棟へ入院するのがルーチンとなった。

② Outcome

 SARS-CoV-2検査が手に入る分娩した女性全員が登録された。妊娠中にSARS-CoV-2と診断された患者と, そうでない患者の人口統計学的特性とbaselineの特性を比較した。

Primary Outcome:  妊娠20週以降に分娩した女性における以下の項目の複合

  • 早産
  • 重篤な特徴を伴う子癇前症
  • 胎児異常適応による帝王切開分娩

Secondary Outcome以下を個別に分析したもの

  • 早産
  • 重篤な特徴を伴う子癇前症
  • 帝王切開
  • 追加の母体・新生児adverse outcome

またCovid-19患者に関しては、来院時の母体重症度 の特徴を明らかとした。

 

(3) Result

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 2020年3/18〜8/22の間に、3,374名の妊婦(平均[SD]年齢 27.6[6]歳)がSARS-CoV-2感染の検査を受けて分娩した(Figure)。うち252名がSARS-CoV-2陽性, 3122名が陰性であった。堕胎を除き、妊娠20週以降に分娩を行った254名の陽性症例, 3,054名の陰性症例に関して産科的outcomeの分析が行われた。

 このコホートには2,520名のヒスパニック(75%), 619名の非ヒスパニック黒人(18%), 125名の非ヒスパニック白人(4%), 110名のその他人種(3%)女性が含まれた。SARS-CoV-2陽性はヒスパニック女性で最も多かった(陽性 230名[91%] vs 陰性 2,290名[73%]; difference 17.9%; 95%CI 12.3-23.5%; P<.001)。SARS-CoV-2陽性 及び 陰性の患者間で、母体年齢, 均等性, BMI もしくは 糖尿病の差異は無かった(Table1)。妊娠中にSARS-CoV-2感染と診断された患者とそうでない患者の間で、primary outcomeの複合に差は無かった(陽性 52名[21%] vs 陰性 684名[23%]; relative risk 0.94; 95%CI 0.73-1.21; P=.64) (Table2)。個別のsecondary outcome間では差が見られなかった。妊娠中にSARS-CoV-2と診断された女性において死産(stillbirth)は無かった。

① 新生児outcome

 SARS-CoV-2感染女性に生まれた新生児のうち3名に異常が見られた(Figure)。1名は母体感染前に先天性の呼吸器気道奇形と診断されていた。2人目は出生後に口蓋裂と母指形成不全と診断され, 3人目にはDown症候群の症状が見られた。重大な奇形のない生存出生児において、胎児発育不全の頻度に差は無かった(Table 2)。出生後24時間以内の新生児呼吸器補助の頻度には差がなかった。

② 母体のCovid-19重症度, 入院, 臨床上の進行

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 SARS-CoV-2感染と診断され、最初は無症状だった患者107名(42%)の内訳は、

  • 無症状のまま経過: 98名(92%)
  • 軽症にて発症: 7名(6%)
  • 危機的状態にて発症: 2名(2%)

であった(Table3)。

最初は軽症だった132名(52%)の内訳は、

  • 軽症のまま経過: 126名(95%)
  • 中等症へ進行: 2名(2%)
  • 重症へ進行: 4名(3%)

最初は重症だった3名(1%)の内訳は、

  • 重症のまま経過: 1名(33%)
  • 危機的状態へ進行: 2名(67%)

であった。

最初は無症状or軽症だった239名(95%)全員のうち、6名(3%)はその後重症 ないし 危機的状態に進行した。コホート252名のうち、13名(5%)重症or危機的状態で来院, ないし 重症or危機的状態へ進行した。母体死亡は無かっ産科的適応による14日以内の入院は、SARS-CoV-2に感染した163名(65%)で生じた。対照的に、14名(6%)SARS-CoV-2陽性患者は、診断 もしくは 発症から14日以内にCovid-19肺炎管理のため入院した。この中には当初無症状だった1名(1%), 軽症だった4名(3%), 中等症だった6名(60%), そして 最初から重症だった3名(100%)が含まれる。

③ 妊娠中の重症・危機的Covid-19肺炎

  13名(5%)が重症 or 危機的Covid-19肺炎を主訴に来院, もしくは 重症 or 危機的状態へ進行した。呼吸補助手段は7名が低流量鼻カニューレ(54%), 2名が再呼吸なしマスク(15%), 2名が高流量鼻カニューレ(15%), 2名が人工呼吸器(15%)であった。1名(8%)が静脈血栓塞栓症と診断され抗凝固療法を受けた。5名(38%)がレムデジビル, 5名(38%)がデキサメサゾン, 2名(15%)が回復者血清, 1名(8%)がinterleukin-6 inhibitorで治療を受けた。3名(23%)がその他非産科的細菌感染症で治療を受けた。

重症or危機的Covid-19肺炎で受診 ないし 進行した13名のうち、

  • 2名(15%)は妊娠24週より前に診断を受けており、そのうち1名は気管挿管が長期化する中で妊娠第二期に流産し, 1名は一旦退院したが39週に自然分娩のため再入院した。
  • 8名(62%)は妊娠24~37週の間に診断され、そのうち4名は入院中に出産(3名は37週以前), 4名は改善して退院(うち2名は37週以前に分娩のため再入院)した。
  • 37週以降に診断された3名(23%)は全員最初の入院中に分娩し, うち2名はその後経膣分娩, 1名は再度の帝王切開を行われた。

37週より前に診断された重症or危機的状態だった10名のうち、6名(60%)が流産 ないし 早産になった。母体重症度に従ってoutcomeを評価した時、重症は妊娠糖尿病 or 妊娠前からの糖尿病と有意に関連しており, 早産は母体のCovid-19重症度の増加と有意に関連していた。

SARS-CoV-2診断のtrimester 及び 早期の新生児SARS-CoV-2感染

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 妊娠中にSARS-CoV-2に感染し、生存児を分娩した245名のうち、16(7%)は妊娠第二期(the second trimester)に, 227名(93%)は第三期(the third trimester)に診断を受けた(Table 4)。検査を受けた新生児188名のうち、6名(3%)がSARS-CoV-2感染陽性だった。全員が妊娠第三期に診断を受けた母親から生まれており、うち4名は無症状, 1名は軽症, 1名が重症だった。5名の新生児(83%)は経膣分娩で, 5名の新生児(83%)は37週以降に出生した。大半の症例ではSARS-CoV-2感染経路は特定出来なかったが、早期破水後に経膣分娩で出生した(34週)1名の早産児では子宮内感染が疑われた。この新生児には軽度の発熱が見られた; 胎盤を検査したところ、電子顕微鏡にて胎盤組織内にSARS-CoV-2ウイルス粒子が認められた。この児の母親は最初軽症で受診し, その後低酸素血症を伴う肺炎を発症し鼻カニューレによる酸素投与で治療された。

胎盤の病理学的検査

 入手可能であった187個の胎盤を母体の最重症度に基づいて階層化したが、絨毛浮腫を除くと病理学的な差は認めなかった早期のSARS-CoV-2感染を認めた6名の新生児のうち、2名で胎盤が入手可能であり分析に回された。いずれも絨毛の梗塞が認められた。子宮内感染があった早産児の胎盤では広範囲の慢性絨毛間腔炎(massive chronic intervillositis)が見られた。

 

(4) Discussion

 このコホートで、SARS-CoV-2感染を認めた患者はヒスパニック系である可能性が高かった。このコホートで75%がヒスパニック系女性であったが、SARS-CoV-2陽性患者の90%超がヒスパニック系だった。妊娠中にSARS-CoV-2に感染し分娩した患者において、primary outcome(早産, 重篤な特徴のある子癇前症 or 胎児心拍数以上による帝王切開)の複合は有意に高頻度ではなかった。他のadverse pregnancy outcomeに関しても有意差は無かった、これらの比較は仮説を生み出すものである。妊娠37週未満, 34週, 28週での分娩riskは母体Covid-19重症度悪化に従って増えたものの、重症度と関連した胎盤異常は無かった

 本研究でのヒスパニック系女性におけるSARS-CoV-2頻度の高さは、全国的に報告されているCovid-19症例・死亡における人種的格差のデータと一致する。最近発表されたmeta-analysisでは非感染女性(6.1%)と比較してCovid-19の妊婦では早産が多かった(15.9%)と報告されているが、この比較に含まれる症例数は少なく, case seriesが含まれる。今回の単施設比較分析は、SARS-CoV-2感染の妊婦(大半が軽症であるが、かなりの不安を抱えている)へカウンセリングを行うに当たって重要となる情報を追加するものである。

 Covid-19陽性妊婦241名のdescriptive seriesでは、61%の女性が最初は無症状で, 26%が軽症で分娩ユニットを受診した。このdescriptive seriesと本研究の間での相対的重症度の比率の差は、本研究コホートに通常外来・救急外来・入院中にて検査された妊婦が全て含まれていることによると思われる。通常外来でのSARS-CoV-2検査は主に症候性の患者に行われていた。通常外来の高い陽性率と, 分娩時に無症状・軽症の感染が診断されたということは、地域内での感染拡大を反映している。

 この研究で、無症状 or 軽症患者の大半は産科的適応で入院していることが明らかとなった。最近になってCDCが発表したsurveillanceデータは、症候性Covid-19で入院した妊婦において、Covid-19関連入院率(41%), ICU入室率(16.2%), 人工呼吸器使用率(8.5%)の増加を再び強調した。このCDC報告の主要なlimitationは、通常外来or救急外来で診断され, 入院もしていない妊婦が除外されていることに由来している。本研究では、そうした女性も包括的分析へ含め, カウンセリングに必要なevidenceを供するものである。

 重要なのは、SARS-CoV-2感染があり分娩した女性全体のうち5%が重症or危機的状態で受診 もしくは 重症or危機的状態へ進行したという今回の知見は目新しく(novel), 過去の報告より低いということである。症例の確認には、通常外来・救急・外来病棟のスタッフが確実にCovid-10専用ケアチームが作成した類似プロトコルに従って全ての患者を管理するようにした協調的な試みが含まれている。妊娠中のCovid-19重症or危機的状態率が5%という事実は、多くが検出されていない地域内の感染拡大を反映していることが疑われる。早期の新生児感染率は3%であり, 無症状or軽症の母親で多いという知見は、既報告へ必要とされた文脈を追加するものである。

 

(5) Limitations

 この研究には幾つか強調すべきlimitationがある。

  • 個別のadverse outcomeの差異を検出するだけの力が無かった; つまり、これらの比較から導かれた結論は一般化出来ないかもしれない。
  • Dallas Countryで最初の地域内感染によるCovid-19症例が2020年3/12に報告されたすぐ後に症候性の患者への検査を始めたが、研究期間中に全患者を検査できなかったなお研究期間中に分娩した患者において、検査済み群・未検査群の間で人口統計学的な差異は無かったことから、selection biasの可能性は低い。
  • 他地域へ入院した患者は含まれていないので、重症or危機的状態へ進行した患者の中には診断されていない者も居るかもしれない。
  • 供給が不足していたので、全ての患者に同じ分子学的検査が出来なかった。
  • 全ての新生児へ検査が行われていない; しかし、感染とは程遠い女性(woman remote from her infection)より生まれた健康な新生児が子宮内感染するriskは極めて低いと考えられる。
  • 全ての胎盤へ病理学的分析が行われていない。

 

(6) Conclusion

 母体へのSARS-CoV-2感染が長期的な母体or児の健康状態に関連しているかどうか理解するには、追加の研究が必要である。1例を除けば、このコホート研究にて、早期新生児SARS-CoV-2感染が垂直感染と水平感染のいずれによるのか判断が出来なかった。また新生児への感染に関する特異的なrisk facterは分からなかった。授乳率を調べておらず, また 母児2人組の分離が母乳 及び 新生児への免疫移行へ影響する懸念があった。最後に、Covid-19治療薬が母体の治療, もしくは 新生児への感染防止に効果があったどうかは不明であり, Covid-19治療薬治験への妊婦の参加が必要である。