大和国の生駒めぐり① ~宝山寺~ | NAVI彦 ~つつがなき神さまめぐり~

NAVI彦 ~つつがなき神さまめぐり~

神社めぐりをしています。
その土地ならではのお話も、
さくっとまとめてます。

奈良県生駒市にある
宝山寺(ほうざんじ)です。

 



生駒(いこま)山の
東側中腹にあり、

ただしくは
寳山寺と書くようです。



生駒山といえば
初代・神武(じんむ)天皇の
東征のさいに、

長脛彦(ながすねひこ)と
一戦を交えた地であり

その旧蹟である
孔舎衛坂(くさえのさか)は
西側にあるといいます。

 



西側にはかつて
神武天皇の船が着いた
日下(くさか)村が
あったといいますから、

古代の
河内湖(かわちこ)
生駒山の西の麓まで
ひろがっていたようです。

 



さらに、
河内湖が縮小すると

 

「くさか」が由来となって、

草香江(くさかえ)と

呼ばれたといいます。



生駒山は古来より

霊山とされていたようです。
 

山岳信仰と仏教が

結びついて生まれたのが
修験道(しゅげんどう)ですが、

 

修験道の開祖である

飛鳥時代の僧・
役行者(えんのぎょうじゃ)が、

 

この地で修業をしたのが
宝山寺のはじまりだといいます。



背後にそびえる岩盤は
般若窟(はんにゃくつ)といわれ
 

役行者が

般若教を納めたといいます。

また、
前鬼・後鬼という鬼を
この巌に閉じ込めて

改心させたという

伝承もあるようです。





平安時代になると
弘法大師・空海(くうかい)も
この地で修業をしたといいます。



般若窟は、
2000万年まえの
火山活動でできたともいわれ、

山麓に丘のように突きだした

この巌こそ、
信仰の中心だったのでしょう。

 

 

般若窟の中央には、

弥勒菩薩坐像(みろくぼさつざぞう)が

安置されていました。

 


かつては
都史陀山 大聖無動寺
(としださん だいしょうむどうじ)
といわれていたようですが、

江戸時代にはいり
宝山湛海(たんかい)という僧が
この地を復興させたことから
宝山寺となったようです。



湛海はこの地に、
歓喜天(かんきてん)を
祀ったといいます。

仏教の守護神である
天部(てんぶ)のひとりで
聖天(しょうてん)ともいい

もとは
ヒンドゥー教の
ガネーシャからきているといいます。

 



ガネーシャといえば
人間の身体に
象の頭と4本の腕をもった
異形の姿で有名ですが、

財産をもたらす
商業の神ともされているようです。

 



母・パールバディの

子なのですが、


父・シヴァがうっかり
子の首をおとしてしまい、

あわてて

近くにいた象の首をつけて
復活させた姿なのだといいます。



また、
荒ぶるガネーシャを


十一面観音菩薩が
象の頭をした女神に変身して

抱擁してなだめたという
伝説もあるらしく、



歓喜天として祀られる場合は
男性性と女性性の

和合の神としても祀られるようで、

宝山寺の聖天堂にある
湛海作の秘仏・
大聖歓喜双身天像
(だいしょうかんぎそうしんてんぞう)も

男天と女天の像が
抱き合っている姿だといいます。



ですから宝山寺には、
縁結びや夫婦和合、
子宝のご神徳もあるといいます。

湛海律師にも
なみなみならぬ霊力があったようで、


ときの天皇や

徳川幕府からも
崇敬を受けていたといいます。

さらには
住友グループの住友家をはじめ

商人らの信仰も厚く、

おおくの人々が
この地をめざしたようです。

 



大正時代には
日本初のケーブルカーも敷設され、

宝山寺の周辺はその後
生駒新地といわれる
花街としてもさかえたようです。

 



ダンスホールなどもある
一大歓楽街となったのも、

もしかすると、
歓喜天さまの

ご神徳なのかもしれませんね。

 

ただし、

宝山寺の歓喜天には

禁酒禁煙といった
断ちもの祈願もあるといいます。

首を断たれたガネーシャが、
象の首をつけられ

財福の神となったことに

由来するのでしょうか?

 



さて気になったのは、
宝山寺の奥の院です。

 

本堂や聖天堂から

般若窟のある丘のほうへ

登ってゆくことができました。

 

 

こちらにも

さまざまなお堂があり

おおくの仏さまを

祀られていますが、

 

なかでも

弘法大師を祀る

大師堂は素敵でした。

 

 

般若窟の

頂上にほどちかいところに

奥の院がありました。

 

ここは、

湛海がはじめに

お堂を築いた場所だといいます。

 

 

ここの

開山堂には

湛海の像が祀られているといい、

 

奥には

湛海の墓まであるといいます。

 

 

本堂裏にある

大黒堂は、

 

般若窟に突きだすように

築かれていました。

 

この奥の院から、

さらにあがってゆくと

福徳大神という
磐座を祀る

神社がありました。



宝山寺の最奥、
最高地です。
 

般若窟のある丘を

遥拝するための場所でしょうか?

 

ここは、

境内の案内図にも

載っていないといいます。

ここはとてもとても

心地の良い場所でした。

 



聖天堂からみると
般若窟やこの丘も

とても遠くに感じましたが、

 

のぼってみると

案外すぐそこ、

といった感じがしました。

 

この距離感が、

なによりも不思議でした爆  笑

 

 

 

大和国の生駒めぐり② へ つづく

 

 

↓よければクリック

↓お願いします。


神社・お寺巡りランキング

 

 

☆生駒めぐり全記事リスト☆

大和国の生駒めぐり① ~宝山寺~

大和国の生駒めぐり② ~往馬大社~

大和国の生駒めぐり③ ~饒速日命墳墓~