淡路国の国生みめぐり⑥ ~諭鶴羽神社~ | NAVI彦 ~つつがなき神さまめぐり~

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神社めぐりをしています。
その土地ならではのお話も、
さくっとまとめてます。

淡路島最高峰の
諭鶴羽山(ゆづるはさん)にある

諭鶴羽(ゆづるは)神社です。



平安時代には
修験道(しゅげんどう)
道場としてさかえ

28もの伽藍が
あったといいます。

 



和歌山の
熊野権現(くまのごんげん)
縁起には、

中国の
天台山(てんだいさん)の神が

九州の
英彦山(ひこさん)

四国の
石槌山(いしづちさん)

淡路の
諭鶴羽山をへて

熊野へおりたったのが

熊野権現のはじまりとあり

ここは

元熊野(もとくまの)としても

信仰をあつめているようです。




ただ、熊野をはじめ

英彦山も石槌山も
修験道の聖地だといいますから、

修験道のひろまりと

熊野信仰には

ふかい関わりがあるようです。


ご祭神は、

熊野神ともされる

伊弉冉尊(いさなみ)

速玉男命(はやたまのを)

事解男命(ことさかのを)

 

だといいます。

 


ホツマツタヱによれば、

速玉男命と事解男命は
イサナギとイサナミの
仲人をした神であり

ふたりのあいだを
とりもったことから、

ふたりのあいだに
浮橋をかけた神だと
されているようです。

 

 

イサナギの死地とされ
幽宮(かくりよのみや)がある
淡路島に

イサナミの死地とされ
花窟(はなのいわや)もある
熊野の神として

浮橋をむすんだ
仲人とともに祀られている
というのはおもしろいですね。
 

 

イサナギとイサナミは

浮橋にたち
矛で潮をかきまわして
オノコロ島を産んだといいますが、

 

これは、もしかすると

浮橋という橋があったのでなく

 

ふたりの愛によって産まれた

という意味かもしれませんね。

 



オノコロ島ともいわれる
沼島(ぬしま)は、

海をはさんで
諭鶴羽山の南にあたり

 

諭鶴羽神社からも

眺めることができました。
 

 

うっすらと浮かぶ小島が

沼島です。

 

島全体が

勾玉のかたちを

しているといい、

 

おのころ神社や

上立神岩(かみたてかみいわ)という

磐座があるといいます。

 

今回は行けませんでしたが、

いずれかならず行きたい場所です。




由緒によると

第9代・
開化(かいか)天皇の世に

イサナギとイサナミの御霊が
鶴の羽に乗って
舞い遊んでいたところ

この地の
狩人があやまって
射落としたといいます。

 



イサナギとイサナミは
山頂のカヤの梢に
日光と月光としてあらわれ
 

追ってきた狩人を

諭したといいます。

狩人は泣きながら
非礼を詫びると

土地を払い清めて
社殿を築き

以後は、庄司太夫として
神に仕えたといいます。



これもまた、
熊野の縁起

よく似ています。

大斎原(おおゆのはら)

イチイの大木には

3つの光が降り立ったといい

 

追っていた狩人が

祭祀をとるようになった

というのもそっくりです。

 

 

「庄司」とは

荘園などを管理するものが

名乗るようになったといいますし、

 

「太夫」とは

神職や御師(おし)の

号だったともいいます。


御師とは、

特定の寺社の

案内人のことだそうです。

 

また、

海外などに遣わされる使者のことも

太夫といっていたようですから

 

「庄司太夫」とは

神に与えられたこの地を

管理するもの、という

意味かもしれませんね。




鶴の羽にのってあらわれ
諭した(許した)ことから
『諭鶴羽』になったのか、

ゆずり葉の木が

おおく茂る山であり

 

譲葉山(ゆずりはやま)

という愛称が転じて
『ゆずるは』になったのか、

 



はたまた、熊野縁起のように
大陸から流れ着いた人々によって
『ユヅルハ』という言葉が

伝えられたのかはわかりませんが、

ここは
諭鶴羽(ゆづるは)神社とよばれ

フィギュアスケートの
羽生結弦(はにゅうゆづる)選手も
参詣したといいます。

 

名前のなかに

『ゆづるは』がある御縁だそうですびっくり

 

とにかくここは、

頭痛になりそうなほど

神気のようなものを

強く感じる深山なのですが

 

圧倒されながらも

樹々に抱かれていると

どこか心地よく

ぼんやりとしてしまいます。



本殿の左には

水(すい)神社があり、

 

弥都波能売神(みづはのめ)を

祀っていました。

 

 

諭鶴羽山は

豊富な水源でもあり、

 

北側の

緩やかな斜面をくだる

諭鶴羽川は

 

縄文遺跡の見つかったという

浦壁(うらかべ)のあたりで

三原川(みはらがわ)となって

 

三原平野をわたり

播磨灘(なりまなだ)へと

流れてゆきます。

 

 

御食国(みけつくに)をささえる

水源であり、

 

海人(あま)族をはじめ

水運の要でもあります。

けれどこの水神も

もしかすると、

 

イサナギとイサナミの御子であり

淡路島で産まれたという

ヒヨルコのことかもしれませんね。

また、
本殿の右には

厳島(いつくしま)神社があり

 

市杵島姫命(いちきしまひめ)が

祀られていました。

 

 

これは、

諭鶴羽山の南に

平家の一族が流れ着いた

という伝説に由来しているようです。

 

 

どうやら、

諭鶴羽山の南岸には

さまざまな方々が

流れ着いていたようですね。

 

洲本のほうでは

イスラエル民の墓とされる

遺跡まで見つかっているといいますから

 

古代のロマンは

尽きないようです。

 

ほかにも境内には、

大日堂(だいにちどう)や

 

 

奥宮十二所

(おくみやじゅうにしょ)神社

などがありました。

 



こちらでは、

熊野でも祀られている

十二所権現を

祀っているといいます。


たびたび

戦火の焼失にあったという
歴史の面影や

 

修験道の

過去の隆盛を

垣間見るようです。

 



ここから、さらに

諭鶴羽山の頂上まで

登ってゆくことができました。

 

 

山頂までは

20分ほどでしょうか。

 

庚申塔(こうしんとう)

のようなものがならんでいます。

 

 

途中には

奥の院ともいわれる

篠山神社があります。

 

 

当初はここに

社が築かれていたといい

元宮跡でもあるようです。

 

鶴の羽に乗っていたという

イサナギとイサナミを

祀っているといいます。

 

 

傾斜はそこまでありませんが

電波塔のような建物を

ふたつほど越えてゆきます。

 

突然の巨大人工物に

おどろきつつも、のぼってゆくと

 

いよいよ、頂上です。

 



最高峰とあって

とても眺めのよいところです。



ここにも

諭鶴羽神社の

御旅所(おたびどろこ)や

頂上社があります。

 

 

頂上社では、

 

諭鶴羽大神

(イサナミ・イサナギ)のほか

 

八天狗を

祀っているといいます。



八天狗とは
8人の大天狗のことで、

愛宕山太郎坊
(あたごさんたろうぼう)

比良山次郎坊
(ひらさんじろうぼう)

飯綱三郎
(いいづなさぶろう)

鞍馬山僧正坊

(くらまやまそうじょうぼう)


大山伯耆坊
(だいせんほうきぼう)

彦山豊前坊
(ひこさんぶぜんぼう)

大峰山前鬼坊
(おおみねさんぜんきぼう)

白峰相模坊
(しらみねさがみぼう)

のことだそうです。



天狗といえば
修験道ですし

修験道といえば
ユダヤという方もいらっしゃいます。


 

また淡路島には

秦(はた)や賀茂(かも)などの

地名もおおくあることから

 

秦氏賀茂氏なども

関わりがあるのでしょう。


この氏族もやはり

海人族とともにあった

ということなのでしょう。

 

 

伊弉諾(いざなぎ)神宮

『陽の道しるべ』にもありましたが

 

諭鶴羽神社や沼島は

さまざまなレイラインが
交錯する地ともされますから

 

歴史的にも地理的にも

重要な場所なのでしょう。

 

とくにおもしろいのは、

 

諭鶴羽山と沼島は

地質的には

まったく違うというところです。

 


淡路島の南端にある
諭鶴羽山地は、

東の
和泉(いずみ)山脈

西の
讃岐(さぬき)山脈とともに

中央構造線
(ちゅうおうこうぞうせん)という

日本列島をふたつにわける
巨大な断層の

北側に連なる山々の
一部だといいます。

そしてこの
中央構造線は、

 

淡路島と沼島のあいだを

通っているといいます。

 



中央構造線は

約1億3000万年前に
ユーラシアプレートと
イザナギプレートによって
形成されたといいます。
 

イザナギプレートによって

中央構造線の南側の地が

引っぱられて

 

日本大陸のもとが

形成されたとされるため

 

国生み神話にちなんで

『イザナギプレート』と

よばれたそうですが

 

このプレートはすでに

ユーラシアプレートに沈んで

消滅しているといいます。

 

 

おなじ勾玉形をしている

大小ふたつの島が

これほど近くにあるのは

 

大地の大移動によって

めぐりあった奇跡による

というのはどこか

 

イサナギとイサナミの

国生み神話や

 

オノコロの話にも

通じそうです。




イサナギとイサナミは

諭鶴羽山から

沼島をながめながら

 

日本列島の形成にまで

想いをはせていたのかも

しれませんね。

 

 

淡路国の国生みめぐり ~終~

 

 

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