2020年1月19日日曜日

水滴の「ぽちゃん」(2):1960 年代の研究 [What Makes a Dripping Faucet Go 'Plink' (2): The Study in the 1960s]

[The main text of this post is in Japanese only.]


ロゲルギスト著『第四 物理の散歩道』。
Buturi no Sanpomiti (Walkways of Physics) written by Logergist. Logergist is the name of a physicists' group, consisting of S. Chikazumi et al.

 昨日書いた記事「水滴の『ぽちゃん』」に出てくるケンブリッジ大と筑波大の実験によく似た話を、かつてロゲルギスト著の『物理の散歩道』シリーズで読んだように思った。ロゲルギストとは、計測と制御の問題を中心に集まった物理学者の集合名で、名前の由来は、logos と ergon、つまり「情報とエネルギー」の面から物理現象を見なおそうとするところからつけたという。メンバーは近角聡信、礒部孝、今井功、近藤正夫、木下是雄、大川章哉、高橋秀俊であった。今日になって、同シリーズの全 10 巻(正篇、新編、各 5 巻)の目次を順に見て行くと、水玉の話が正篇第 4 巻に見つかった[文献 1]。

 その第 1 章は、お茶につぐお湯の温度が音でわかる、という話から始まる。第 2 章で水道の蛇口からしたたる水の音「ポチン......ポチン」の話となり、そのブラウン管波形の写真も掲載されている。振動数は 2100 サイクルで、「ピアノのまんなかの鍵盤から 3 オクターブ上の C 音の振動数」とも説明してある。そして、水玉が水面をたたいてできるくぼみの底に、後続の片割れのしずくがさらに作る穴が気泡となり、その気泡の仕業らしいことや、水の中に直径 3 ミリくらいの気泡があったとして、水のはずみで空気が伸縮する振動数を計算すると、まさに 2100 サイクルになることが述べられている。気泡が片割れのしずくの働きでできる点や、振動数の値は異なるが、これは水滴の作り方、大きさなどの相違と考えれば、気泡の振動によって音が出ることは、ケンブリッジ大の研究と同様で、ロゲルギストがすでに明らかにしていたのである。

 第 3 章には、気泡がどのようにできるかを 16 ミリの撮影機で撮った写真の 1 シリーズが紹介してある。第 4 章では、水のしたたるいろいろな瞬間の写真をランダムに撮って、あとで並べ替え(カメラのシャッターと同期しないクセノン放電管で照明して撮影しための工夫である)、あたかも高速度の映画を見ているようにした 1 シリーズの写真が示されている。これによれば、大きいしずく(正)がちぎれたあと、片割れのしずく(副)が追いかけていることがわかる。この現象を、回転する濾紙の上にインクを混ぜた黒い水のしたたりを落とす方法でも確認し、黒痕の面積比から副しずくの体積は正しずくの約 9%程度と推定している。

 第 5 章では、副しずくが生じないようにすると、音がほとんど聞こえないという実験で、水玉の音は気泡によることを確認し、気泡ができるどの瞬間に音が出るかを第 6 章で述べている。瞬間撮影用クセノン管の放電の遅延時間を電子回路で制御して撮った写真によって、泡が閉じた瞬間に音が出始めることをつきとめたのである。

 第 7 章で第 1 章の主題に戻り、湯の温度を変えた時に湯滴の作る音をマイクロフォンでキャッチし、振動数はほとんど変わらないが、振動の減衰に大きな差がある(温度が高いと減衰は速い)ことをブラウン管写真で示し、その理由の考察も述べている。

 ごく短い第 8 章では、水道の蛇口を細目に開けた時、水の柱が伸びて、その先端で小さい水玉に別れ、水面にあたって、「チャラチャラ、チョロチョロ」と音をたてる場合の瞬間写真を示し、音の発生機構は、しずくがポツポツと一つずつ落下する場合と同じだという説明をしている。——ここまで読むと、ケンブリッジ大と筑波大の実験で、実際に副しずくが生じていなかったのだろうか、撮影に写っていないか気付いていないだけということはないのだろうか、という疑問がわく。——

 ここに紹介したロゲルギストの実験を読み返して、現在に比べればかなり原始的な装置・方法しか使えなかった 1960 年代に、これだけのことをよく研究したものだという気がした。なお、近角聡信の死亡(2016 年 5 月 8 日)で、ロゲルギストは全員が故人になったとのことである[文献 2]。

 追記:水滴の音の話ではないが、上に紹介した「水玉の物理」の続編的な話がのちの巻に掲載されている[文献 3]。


 [文献]
  1. ロゲルギスト、「水玉の物理」、『第四 物理の散歩道』(岩波書店、東京、1969年)p. 110 所収。
  2. 田崎晴明、ウェブページ「日々の雑感的なもの、2016/5/12(木)」
    https://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/1605.html#12)。
  3. ロゲルギスト、「水玉はどう縮む」、『第五 物理の散歩道』(岩波書店、東京、1972年)p. 79 所収。

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2 件のコメント:

  1. 水面への水滴の落下と聞くとまずミルククラウンを思い浮かべます。これは水より粘性の高い牛乳に水滴を落とすと反動でミルク面から飛び出すミルクの形状が王冠のかたちになるというものです。ネットで調べるとこれを撮影した画像が沢山ヒットします。私は流体解析技術を空気の流れを予測するための道具として利用していましたが、流体解析技術そのものを研究する人たちにとってはミルククラウンの解析であるとか、ダム崩壊後の水の挙動など気液二相流の解析が注目を浴びたこともあったようです。さて、水滴の「ぽちゃん」ですが、先ほどキッチンにて金属製のボウル等に水を溜めシリンジ(注射器)で水滴を落とした結果は以下でした。
    ①溜めた水の厚みが薄いと落下した水滴の圧力(衝撃)が容器の底面を振動させて音が発生する。
    ②水の厚みを大きくしていくと音が変わってくる。
    ③底面に影響しない程に深い水面への落下で発生する音が問題となっている「ぽっちゃん」と思われる
    幼稚な実験のためか不確かなのですが、
    ①コーヒーカップよりも鍋のように水面の面積が大きい方が発音しやすい(ようだ)
    ②落下高さを大きくした方が発音しやすい(ようだ)
    ③針を外して水滴を大きくしたほうが発音しやすい(ようだ)
    ④音には「ぽつ」とにぶいのと「ぽちゃん」とはじけるようなのがある(前者が多い)
     こんな幼稚なことをやっているよりも、既往の研究結果を学んだ方がよいですね。(衝突によって水中に泡ができ、その泡の振動がさらに水面を揺らすことで、高い音が発生する。)
    物理の散歩道は本屋さん等で見かけますが手にとったことはありません。

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    1.  silverflute さん、コメントありがとうございました。実験までしてコメントを書いて下さった方は、これまでにありませんでした。ロゲルギストの文でも、仮に A さんと名付けてある1 名の実験について述べてあるだけで、他のメンバーは質問したり、感想を述べたりしているだけという記述になっていました。ロゲルギストのグループが今も存続しておれば、silverflute さんにお招きがかかったかもしれませんね。
       流体解析といえば、私がまだ若い頃に、わが家の近くで開業していた医者が、まだ垂れ流し方式だった列車の旧式トイレによる「黄害」をなくする運動をしていて、私が物理学を専攻したことを知ると、計算を頼まれました。プラットホームに立っている人が、時速何百キロだったかの列車の通過で受ける風速を知りたいというものでした。大学では、友近晋の流体力学の講義を受けましたが、そのような計算をしたことがなかったので、「岩波講座 現代物理学」の流体力学編と首っ引きでなんとか答えを出して持って行き、喜んでもらいました。

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