「父さん、起きなよ、父さん!」
父が帰って来た物音はしたものの、それから部屋に入って来た気配が無かったから、ぼくは仕方なく玄関まで様子を見に来た。
案の定、父は両足は靴を履いたまま、万歳をして仰向けで玄関に倒れて眠っていた。
ぼくは父に何度か声をかけたが、全く起きる気配が無い。
(困った親父だ...)
ぼくはため息をついて、いびきをかいて寝ている父をそのままに、自分の部屋に戻った。

次の日の朝。
寒さで目が覚めたぼくは、父が玄関で寝ていることを思い出して、はんてんを着て様子を見に玄関まで行った。
ぼくは、まだ父は玄関で眠っているだろうと予想していたのだが、玄関に父の姿は見え無かった。
代わりに、ふわふわした白い大きな塊が玄関にあった。
ぼくは一瞬どきりとして、その塊をじっと見つめた。
よく見ると、それは父が使っていた布団だった。
(なんでこんなところに布団があるんだ?)
ぼくは不思議に思い、布団を持ち上げると、その下から丸まって眠っている父が現れた。
うわあ!と声を上げ、ぼくは後ろに何歩か退いた。
すると今度は、ぼくの足に、何かふわふわした弾力のあるものが当たった。
うわあ!と再び声を上げ、びっくりして後ろを振り向くと、そこにクロがいた。
ぼくはしばらくの間状況が飲み込めず、その場で父の布団を握りしめたまま立ち尽くした。

そこに、母が寝ぼけ眼で二階から階段を降りて来た。
「大きな声出してどうしたの?あら、あんたなんでお父さんの布団を持ってるのよ。」
クロがにゃーんと甘えた声を出し、母にすり寄ると、母はクロを抱き上げてぎゅっと抱き締めた。

後で家族で話し合った結果、どうやら父に布団をかけたのはクロらしい、ということが分かった。
おそらくクロは、父と母の寝室から父の布団をひきずってきて、玄関に寝ている父にかけたのだろう。
父が夜中に帰ってきたことに気づいたのはぼくとクロだけで、母も妹も朝までぐっすり眠っていたらしかった。
父はクロに、「お前は気が利くな~、ありがとうな」と言い、頭をわしゃわしゃと撫でたが、クロは迷惑そうな顔をし、母と妹はやれやれといった表情で、ぼくも父にすっかり呆れていたのだった。


あの頃は父さんも、そしてもちろん母さんも家にいて、妹とぼくと四人でよく話をしたっけ。
父さんの酒癖の悪さには呆れていたけど、思い返してみるとあの頃は幸せだったな。
ぼくはそんなことを思いながら、むくりと起き上がった。
あの頃のぼくには当たり前だった家族とのやりとりも会話も、今のぼくには無いものだ。
この家に残されたのはぼくとクロだけ...

そう思った時だった。
現在のぼくのベッドの脇に落ちている白い塊、すなわちぼくの布団が、もぞりと動いた。
ぼくは嫌な予感がした。
そして、その予感は的中した。
ばっと布団をはいで、下から現れたのは、短い髪をして、茶色いコートを着た熊のような後ろ姿...そう、ぼくの妹だった。





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