リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

ガラスが苦手

2019-10-20 05:48:00 | オヤジの日記

ランニング仲間に、フリーランスの医師がいた。

私は彼を「ドクターT」と呼んでいた。

 

ドクターTとは、小金井公園で知り合った。

東京武蔵野に住んでいたころの私のフランチャイズは、小金井公園だった。

週に1、2回、昼間に小金井公園内を10キロ程度走った。

そのとき、たまに遭遇したのが、ドクターTだった。

向こうも私が気になっていたようだ。「ガイコツが走っているぞ」。

あるとき、唐突に「なんで、走っている足音が聞こえないんですか」と聞かれた。

それは、私が幽霊だからです、と言って両手を胸の前でだらりと下げた。

「ハハハ」

真面目な話をしましょう。ただ足に力を入れれば早く走れるというものではない。膝と足首の角度が大事なんです。それを意識すれば、力を入れなくても早く走ることはできます。ドタバタと走るのは、無駄な力を使っているからです。

「ああ、それ、わかるような気がします」

(テキトーに言っただけですけどね)

それ以来の付き合いである。

小金井公園で出くわすたびに、一緒に走るようになった。

 

ドクターTは、私より20歳近く若い。しかし、走力は私の方が上だった。ドクターTに合わせて、ゆるいスピードで一緒に走った。

「Mさんと走ると何時間も走れるような気がしますよ」とドクターTが言った。

フリーランスの医師って、そんなにヒマなのか。私は1時間で十分ですよ。

 

そんなゆるい関係が続いたあと、我が家族は武蔵野から国立に引っ越すことになった。

小金井公園が遠くなった。

私のランニングフランチャイズは、私を振った一橋大学がある大学通りに変更を余儀なくされた。

ドクターTとは、疎遠になった。

だが、引っ越して一年も経ったころ、ドクターTから電話があった。

「やっぱり、Mさんと走らないとモチベーションが上がりません。どうでしょうか、僕が車で送り迎えをしますから、また小金井公園で一緒に走ってくれませんか。ご飯も奢らせてもらいます」

しかるべく。

 

またドクターTと走ることになった。1ヶ月に1度程度だ。

ゆるいスピードで1時間走り、そのあと、隣接する「おふろの王様」で汗を流し、2人でそばを食った。

裸の付き合い? 気持ち悪くて、毎回えずいてますよ。

先月末も走ったあと風呂に入り、そばを一緒に食い、えずいた。

そのとき、ドクターTが、「相談があるんですが、よろしいですか」と、まるで医者歴18年のような雰囲気を漂わせて言った。

まさか、俺を手術の実験台にするつもりか。

 

違った。

ドクターTには、弟がいた。フランス人女性と結婚して今はフランスに住んでいる遊び人だ。

この弟は、フランス人女性が2度目の奥さんだった。つまり、初婚ではない。

初婚の相手は、日本人だった。その人との間に、9年前1人の命を授かった。女の子だ。今年9歳になる。

弟がフランスから日本に帰ってきたときは、娘の母親の許可があれば、弟は娘に会うことができることになっていた。

昨年の娘の誕生日。弟は娘から「犬が欲しい」とおねだりされた。彼にとって、ただ1人の子どもだ。離れて暮らしていたとしても愛おしくて仕方ない。彼は、その要望を叶えた。

犬に娘をプレゼントした。

娘は、涙を流して喜んだという。弟は、父親の役目を果たせて安堵した。

しかし、その娘から、今年の7月に電話があった。

「ねえ、パパ、犬に飽きたから、なんとかして」

 

はあ! 秋田きりたんぽなまはげ男鹿半島いぶりがっこ? はあ! 犬に飽きたって何?

 

まだ8ヶ月しか経ってねえじゃないか!

そうは思っても弟は娘に甘かった。「わかった。犬好きの人に引き取ってもらうよ」

 

それを聞いた私は、犬はおもちゃじゃねえぞ、とドクターTを睨んだ。

「すみません、きっと本当の愛情を知らないのだと思います。だから、自分も人や動物に愛情を注げないんですよ」とドクターTは神妙な顔で頭を下げた。

俺に、頭を下げられてもね。下げるのは、ワンちゃんにだよね。

そのあと、弟もドクターTも引き受け先を探したが、引き取ってくれる人は見つからなかったという。

それはそうだ。犬猫じゃないんだから、簡単には見つからないだろうよ(イヌ?)。

 

「Mさん、動物が好きでしたよね。いかがでしょうか、助けてもらえませんか」と言いながら、勝手に生ビールを注文しやがった。

安いなあ、俺を生ビールで買収できると思っているのか。まあ、生ビールは素直にいただきましたけどね。

しかし、私は追加の生ビールを飲みながら、毅然として言ったのだ。

我が家には、俺と強い運命で結ばれたブス猫がいる。俺は彼だけを見ていたい。無理だ。

 

強く言ったが、ドクターTはしつこかった。「では、お知り合いに犬好きの方はいませんか。Mさんの頭にそんな方は思い浮かびませんか」

 

浮かんだ。

犬好きのアホが。

その犬好きは、ボルゾイ犬を2人家族にしていた。しかも金持ちだ。

彼なら、犬はおろか、馬や鹿やアホウドリだって家族にできるに違いない。

私は、結果はすでにわかっていたが、テクニカルイラストの達人・アホのイナバにLINEを送った。

「犬を譲りたいという人がいる。彼はいま大変困っている。引き受けてくれるか」

アホからすぐに返信が来た。

「いいですよ」

ほらね、犬種も聞かずに即答ですよ。いさぎよいくらいアホな人格者だ。

引き取り手が見つかった、と言ったらドクターTは、もう一杯生ビールを注文してくれた。

ありがたくいただきました。

 

授与式は、ドクターTがイナバ君の家に直接行って行われた。ちなみに私はノータッチ。

メルセデスでドクターTが、犬を運んだ。金持ちだね。そして、イナバ君もメルセデスが愛車だ。

君たちは、「富の分配」という経済学の理論を知らんのか。どーでもいいけど(あ! 私は2人から分配を受けていた。毎回メシを奢ってもらっていた、前言撤回)。

ワンちゃんは、イナバ家にすぐに馴染んだ。2人のボルゾイ犬も歓迎してくれたという。

めでたしめでたし。

 

木曜日、イナバ君と国立のバーミヤンで打ち合わせをした。

メシを食ったあとで打ち合わせ。そして、打ち合わせが終わると、いつも通り噛み合わない世間話に移った。

どうだい、新しいワンちゃんは元気かい。名前はハピハピだったよね。

「はい、マピヨンはとっても元気ですよ」

パピヨンね。何度訂正しても直らないねえ。

たとえば、LINEで、パピヨンちゃん、何してる?、と送ると「マピヨンは寝てますね」と返してくる。

こちらが、パピヨンと言っているのに、答えはマピヨンだ。ほかに、バーミヤンで1時に打ち合わせ、と送ると「バーミンガムで1時ですね」と返してくる。それなのに、きちんとバーミヤンにやってくるのである。

最初は、わざとかと思ったが、過去の諸々のことを検証すると、わざとの可能性はゼロパーセントだ。

本気で頭がねじれているようだ。

 

「でも、マピヨンってへんな名前ですよね」

パピヨンね。

パピヨンは、フランス産の犬なんだ。フランス語でパピヨンは、蝶々を意味するんだな。耳が、蝶々みたいだから、そうつけられたらしい。

「え? 蝶々ですか。でも、ハピハピは飛びませんよ」

当たり前だ、ダンボじゃあるまいし。

「ああー、ダンボは飛べますもんね。ハピハピも飛んでほしいなあ。訓練してみましょうか」

これ以上掘り下げるのはやめよう。大きく脱線する気がする。

 

そのとき、アホが「あ! ガラスだ」と言った。

私は窓ガラスを見た。窓ガラスに異変があるのだろうか。しかし、見たところ異変はないように思える。

なんだ、ガラスが変なのか。

「いえ、窓の外にガラスが」

ああ、カラスだねえ。なんで、カラスがガラス?

「え? 八咫烏(やたがらす)はガラスですよね。だからガラスです。サッカー日本代表のエンブレムは八咫烏じゃないですか。同じガラスですよ」

アホは、サッカーだけは異常に詳しい。海外のサッカーをWOWOWで見るのが趣味だ。他のことは聞き間違ったり言い間違ったりするのに、サッカー選手の名前だけは間違えないのだ。

なんじゃ、その才能は。

八咫烏は神話の世界の話で存在しないんだよ、と私が言うと、イナバ君は、「でもガラスはガラスです」と譲らない。

 

まあ、いいや、で・・・そのガラスがどうしたの?

「僕、ガラスが苦手なんですよね。見るといつも鳥肌がたちます」

鳥肌は普通に言えるんだね。チョウ肌とか言うと思った。あるいは、カラス肌。

「それでですね、苦手といえばイカじゃないですか」

アホはいつも唐突だ。イナバ君はイカアレルギーなのである。このあたりを理解しないとアホとは付き合っていられない。

「外食すると、たまに知らないところにイカが使われていて、アレルギーが突然来ることがあるんですよ。10回以上救急病院に駆け込みました」

「4年くらい前でしたけど、打ち合わせ終わりにお腹が空いたのでラーメン屋に入って、塩ラーメンを食べました。でも、半分以上食べてから呼吸が苦しくなって、店員に聞きました。これイカ使ってますか?」

「店員が言うには、出汁を取るときにスルメとか魚介類を使ってますってことでした。タクシーを呼んで救急病院に行きました。すぐに診てもらって治りました」

 

ん? この話は、どう続くのだ。全然読めん、五面、六面。

 

「10回以上、救急病院で診てもらったんですけど、そのうちの2回はきっとドクターTだったと思いますよ。ガラスを見て思い出しました。絶対にあれはドクターTです」

 

意外な結末。

 

カラスを見て、苦手なものを思い出した。それがイカアレルギーにつながった。そして、救急病院。そこにいた医師がドクターT。

すごいな。アホの連想は、天才的ですな。

 

 

今日も、イナバ君は安定だーー。

  


最新の画像もっと見る

コメントを投稿