リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

面倒くさい本気の彼

2019-02-17 05:01:01 | オヤジの日記

いつか来る日だと思っていた。

覚悟していた。

 

1月28日午後11時3分。

この日予定していた仕事が終わったので、風呂のあとでクリアアサヒを飲もうと思った。

そのとき、娘が仕事スペースに近づいてきて言った。

「話がある」

 

来たか、と思った。

 

娘は、両手に私の好物の銀河高原ビールを持っていた。おそらく賄賂と思われる。

「一緒に飲もうぜ」

ソファに座って、乾杯をした。

そのあとで、私は娘に、アキツ君に会わせてくれるのか、と聞いた。

アキツ君というのは、娘の「本気の彼」のことだ。ただ、本当はアキツという苗字ではない。東京都東村山市秋津に住んでいるから、便宜的に2人でそう呼んでいるだけだ。

娘は、昔から、「本気の彼ができたら会わせるから覚悟しておけよ」と私を脅していた。

 

とうとう来たか、「本気の彼」。

 

私は、アキツ君の情報は、かなり詳しく持っていた。

なぜなら、娘が聞きもしないのに、話してくれたからだ。

アキツ君とは、大学4年のとき、バイト先のコンビニで知り合った。しかし、出会ったときから辞めるまで、大きな接点はなかった。

ただ、店のバックヤードで品出しの準備をしているときなど、重い飲料を運んでいる娘を見て、「おい、姉さん。そんな華奢な腕でこれは運べないよ。俺が運んでおくから」と、さりげなくサポートはしてくれていた。

それだけだった。

 

そのとき、その店には大学4年が3人いた。娘がバイトを辞めるとき、前後して他の2人も辞めることになった。そこで年下のバイトたちの発案で「お別れ会」をしようということになった。

娘はアキツ君に「お別れ会やるけど行く?」と聞いた。

そのときのアキツ君の答えは、こうだった。

「俺はいいよ。そういうの面倒くさいから」

その答えを聞いて、娘は「おや?」と引っかかるものを感じた。しかし、そのときは、それが何なのかわからなかった。

 

娘は、卒業後、鉄道関係の会社に勤めた。

アキツ君は、H橋大学を卒業して、誰もが名前を知っている世界的な電機メーカーに勤めた。

卒業後の2人は、別々の道を生きた。

お互いの家も携帯の番号も知らず、なんの接点もないまま、忙しい新入り人生を歩んでいた。

 

昨年の12月。娘は、勤務先の部署の忘年会で新宿の居酒屋に来ていた。

私の娘の名は「夏帆」というのだが、部内では全員から「カッポー」と呼ばれていた。全員に認知されていたようだ。

「カッポーは、口を開かなければ、まともなのにね」

「シラフのときに、サンシャイン池崎は、やめな」

「くしゃみのあとの『チクショー』は、オッサンだぞ」

適度に、いじられていたようだ。

 

部内の12人で騒いでいるとき、娘の目線の先に、店の入り口からアキツ君が入ってくるのが見えた。アキツ君は同僚らしき人と2人連れだった。

娘は、咄嗟にアキツ君に向かって手を振っていた。

アキツ君が、娘に気づいた。

ためらうことなく、忘年会の輪にやってきて、いつものような無表情で「久しぶり」と言った。

この店は、アキツ君の馴染みの店だったようだ。

知り合いなら、一緒に飲もうよ、と言われたアキツ君は、無表情に娘の隣りの席に座った。

 

話してみると、アキツ君は、つまらなそうな顔で冗談を連発した。相手の話にテキトーな相槌を打って、まわりを笑わせた。

アキツ君に、そんな一面があったことを知って、娘は驚いた。

改めて見てみると、アキツ君はヒョロヒョロだった。そして、テキトーな冗談をよく言った。

「それって、誰かに似ていないか?」

さあ・・・。

そのとき娘はアキツ君とLINEの交換をした。

クリスマスが過ぎてから食事に行った。ドライブにも行った。映画を観たあと、「これからもよろしく」と言われて、頭をポンポンされた。

要するに、付き合い始めたということだ。

 

「アキツ君はな」と娘が言った。

「大企業に勤めているのに、スーツは夏物冬物一着ずつしかないんだよな。靴も一足だ。普段着は、春夏秋冬2着ずつを交互に着るんだ。一足しかないスニーカーもボロボロ。頭はいつもボッサボッサで、オシャレにはまったく興味がないんだ。そして、酒好き。『面倒くさい』が口癖だ。これって、誰かに似てるよな」

ちょっと何言っているかわからない。

 

私は、話題を変えた。

俺は、男女の付き合いに、家族は関係ないと思っている。よく結婚は家と家との結びつきだというが、俺はそうは思わない。個人の結びつきだけだ。

俺は、ママの家族や兄弟に深く関わったことがない。それは、宗教上の問題もあったかもしれないが、罰当たりの俺に宗教は関係なかった。そのことに、こだわったのはママの親族だけだった。

俺は、アキツ君の家族がどんな暮らしをしているかについて、興味がない。だから、アキツ君のご両親のことを俺に教えなくていい。

君たち二人が幸せなら、俺は他のことはどうでもいい。

俺は、君が選んだ男を信じる。

極端なことを言えば、俺はアキツ君に会わなくてもいいとさえ思っている。

「本気の彼」の前では、親に出番なんかない。俺たちのことは、気にしなくてもいいんだぞ。

 

「でも、会って欲しいんだよね。おまえは、絶対に反対しないと思っているけど、ボクには、おまえのお墨付きが欲しいんだ。それが、勇気になるからな」

わかった。だけど、うちに呼ぶのはやめよう。

「嫌なのか」

いや、アキツ君にとって、我が家と我が家族は完全なアウェイだ。それは、フェアではない。

国立のバーミヤンで会おう。H橋大学の学生だったのだから、アキツ君にとって、バーミヤンはホームに近いのではないか。

俺もバーミヤンはホームだ。W餃子と生ビールは、俺の大好物だ。お互い、ホームとホームで会おうじゃないか。

 

2月11日、午後2時。我が家族とアキツ君が初めて出会った。

私は娘に画像を見せてもらっていたから顔は知っていたが、生アキツは初めてだ。

嬉しいことに、アキツ君は普段着だった。自分の彼女の両親に会うからといって、わざわざスーツを着てこない姿勢には共感できた。

私もこんなとき、スーツは着ないと思う。

しかし、娘の隣りに座ったアキツ君の目には、かすかに緊張が見て取れた。

私は、そんなアキツ君の目を見るともなく見て言った。

正直に言って欲しいんだが、自分の彼女の家族に会うなんて、面倒くさいとは思わなかったかい?

アキツ君は、意外な質問だとも思わず、「ああ、正直言って、面倒くさかったです」と言いながら、水を軽く口に含んで、笑みを見せた。それでアキツ君の目の中の緊張が消えた。

 

娘とは、話が盛り上がらなかったら、20分でお開きにしようと決めていた。盛り上がっても、60分で切り上げようと話を合わせていた。

しかし、思いがけず、話が盛り上がった。

名探偵コナンの話で盛り上がったのだ。

アキツ君も我が家族も、全員が名探偵コナンのファンだったのである。

娘と私は、劇場版コナンをすべて観ていた。そして、アキツ君も観ていた。

毎週のテレビアニメも録画して観ているというのだ。盛り上がらないわけがない。

劇場版のどこの場面が良かった、とかキャラクターのここが好き、という話題が次から次に出てきて時間を忘れた。

いつまでも話していられたが、我々のまわりの空気がいくらか澱んでいるのを感じ取った私は、今日はここまで、と熱い空気を遮断した。

「コナンコナンってうるせえんだよ」というSNSという怪物くんが暴れ回るのを恐れた私たちは、素早い動きで店を出た。

出たところで、アキツ君が、「忘れていました」と言って、ヨメに紙袋を渡した。それは、和菓子の葛餅だった。

ヨメは、葛餅が大好物だった。「地球最後の日には、私は絶対に葛餅を食べたい」と言うほどだ。

コーヒー好きの息子には、コーヒー豆のプレゼント。気を遣わせてしまったようだ。

私には、すでに娘経由で銀河高原ビールが賄賂として届けられていたから、今回はない。

 

娘とアキツ君は、我々とはそこで別れて国立駅方面に歩いて行くことになった。

そのとき、アキツ君が振り向いて私に言った。

「今度は、お宅にお邪魔させてください。ぼく、猫が大好きなんですよ。世界で2番目にブスな猫を見てみたいです。いけませんか?」

いいけど・・・・キミ、変わってるな。

「お互い様だと思います」

 

その答え、ゴウカクー!

 

家に帰って、リビングでブス猫と戯れていたら、娘が帰ってきた。別れてから1時間もたっていない。

早かったな。晩メシを2人で食ってくると思ったぞ。

「カフェに寄っただけだよ。明日の仕事に備えて、早く帰りたいんだと」

私は、娘の目を覗き込んで聞いた。

アキツ君、面倒くさかったって言ってなかったか。

「ああ、言ってた。でも、珍しく嬉しそうだったな」

娘も嬉しそうだった。

「なあ、晩メシ作り、手伝うぞ。今日のメニューはなんだ」

オージービーフステーキのタルタルマスタードソース。クズ野菜のスープ。ベビーリーフと生ハムのサラダ。ロールパンだ。

「よし、作ろう!」

いや、まだ、晩メシまでには時間がある。6時半になったら作り始めよう。

その前に、銀河高原ビールだ。

 

 

娘と2人、並んでソファに座り、銀河高原ビールの瓶をラッパ飲みした。

ブス猫が、娘の足の横で、丸まって寝ていた。幸せそうだ。

 

一口飲んだあとで、そんなブス猫の寝顔を愛しむように眺めながら、娘が「なあ」と言った。

娘の方を見ると、娘の目には水が盛り上がっていた。

 

「今まで一度も言ったことがなかったけどな」

声がかすれていた。

娘は深呼吸したあとで、少し上を向いた。目から水がこぼれそうになったからだろう。

 

なんだい?

 

「ボクは・・・わたしは・・・パピーの・・・お父さんの・・・働いている姿が大好き・・・・・です。これからもずっと」

 

 

・・・そうか・・・・・・あり・・が・・。

 

 



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