不登校ひきこもり支援のNPO法人 FIRST STEP 経験のある親たちが悩める若者のために立ち上げました

R3年現在でファーストステップは20年の実積があります。HPはhttps://1st-step.tokyoです。

本当の自立(ある本を読んで考えた)

2019-06-01 | スタッフの声 mail:hello@1st-step.tokyo
私は60歳を過ぎ、70歳に近づく年齢になった某親の一人です。
(死というものを考える年齢にもなりました。)


私は以前、ひきこもりからの自立とは
学校に戻り、一般社会に復帰し、お金を稼ぎ、一人で生活をすること。
が自立であると考えていました。

当会でも不登校、ひきこもりの青少年の自立支援は、とりあえずそこを目指していきますから、たぶん一般的にはそうなんだと思います。


逆に引きこもりのない青年の一般的な生き方ルート(自立)は、
順調に学校を卒業し、会社に入り、給料をもらい、結婚し、多少なりとも出世し、家族を養い、歳をとって死んでいく。」
ということでしょうか?

ですが、引きこもりの青少年や親御さんを見ていて、
それは違うのではないか?本当の自立とは何か?
ということを考えるようになりました。




先日、図書館で偶然ある本を見つけ、それを借りて読みました。

これはPCT(パシフィッククレイルトレイル)というアメリカのロングトレイルウォークに挑戦した女性の実録日記です。

上の本を読んだあと、私は以下のような
ちょっと、
あるひきこもりの青年の物語
を夢想してしまいました。

------以下、自分の夢想話です。-----

ある青年が、大自然のトレイルウォークで、世間的に有名な誰もが認める安全で確実な一般ルートを歩いていた。

だが、ある時外れて、道のない荒野に飛び出てしまう。
きっかけは、とても疲れたので何気なく人気のない道から外れて静かな場所で自分の息を整え、ちょっと休んで、すぐに元の道に戻るつもりというものだった。

そんな道草は生まれて初めての経験だった。
それまでは親から指示されたルート通りに順調に歩いてきたし、歩行リズム親の指導通りでバッチリだった。

親たちの想定した通りの道を素直に歩いたから、親たちにとっては都合がよい、手のかからない育てやすい青年であった。


だが、何故か、この道草から元の一般道に戻れない。

もがけばもがくほど、焦れば焦るほど、道は解らず、辛くて厳しい泥沼やブッシュや深い心の森に迷い込むのだ。

そして、その親は、自分たちがかつて歩いてきた一般ルートから我が子が外れてしまったことに気がつき、なんとか呼び戻すべく必死に努力する。
息子の携帯にも何度も電話をしたりするが、全く通じない世界に迷い込んでしまったようだった。
お金をかけて捜索隊に依頼したりもした。

しかし、一度踏み外した道は親も想像できない知らない世界であり、なかなか元には戻れない。



時間ばかりがドンドン過ぎていく。
・・・
辛くて、苦しい無言の世界。

それでも道に戻ろうと努力する。

そんなとき、突然見知らぬ人に出会う。
その人は自分の今までの人生で出遭ったことのないワイルドな、まるでブッシュマンのような人だった。

その人から水や食料を分けてもらい安堵し、その晩は泊めてもらう。
そして焚火を囲みながら、これから自分が進む道を尋ねる。

その人は大まかな方向は教えたが、
自分の心のコンパスに問いなさい。
 そして自分が進めべき道を、自分で見つけて、
 自分でどんどん歩いていきなさい。

とアドバイスするのだった。

そして、ある時、見知らぬ道を見つける。

それは一般ルートではないものの、とても変化に富み、自分の心がワクワクするのだった。
相変わらず苦しく時には危険な場所もあったが、冷静に無理せず逞しく迂回することができるようになった。

そして周囲を見渡せば、その景色の素晴らしさに気がつき、その中にいる自分の存在に、
時には心の回転計がレッドゾーンにまで昇りつめ、今までにない生きている実感がした。



自分の周りのなんとなくボーっとした半透明な殻が破れ、全てのものがクリアに愛しく美しく見えたのだった。

そして、青年は親が進んで欲しい道ではなく、自分の道を歩き出したのだった。
-----------

みたいな、うまくもない駄作ストーリーが浮かんできました。
まあ、勝手な夢想話なんで許してください(笑)



そんなわけで・・・

ひきこもり、不登校の青年たち、そして親達を通して、結構、自分の人生を考えてしまいます。

ひきこもりの青年たちのように
今まで自分の人生に疑問を感じたことはあったのか?
と自分自身に問うてみると、実は甚だしく疑問型の赤血球が自分の脳細胞を流れていきました。

60歳を過ぎた俺は果たして自立しているのか?
いまだに自立してないのではないだろうか?



思い出すに
・大学受験で本当に行きたい学科に自分は進んだのか?
・ただ、それが得意な科目に関する学科だけであって、やりたいことだったのか?
・就職氷河期だという理由で学生時代の就職指導室で薦められるままに就職しなかったか?
・家族のために懸命に働いたと思ったが、それは家族という縛りの中でただ逃れられないからだったのでは?
等々、???なのでした。


本当に大切な自立とは、自分の人生の為に、今を生きる

ということであるならば、自分はいまだ自立せずなのです。

一冊の本から、この後の人生で、本当の自立を目指そうと思ったのでした。
まだ、遅くないという期待もこめて。