恐怖の恋愛妄想 ~クレランボー症候群(エロトマニア、被愛妄想)
非常に簡単に言うと、妄想上の恋愛関係でマウントを取らなくては気が済まないというのが、エロトマニア(被愛妄想)の中でもクレランボー症候群の妄想の特徴です。
そのため、妄想の対象としている相手から避けられたり嫌われたりすると、自分の優位を取り戻すために、相手の方を貶める醜悪な妄想ストーリーを展開させていきますし、思い通りにならないと、相手に仕返しをしようとします。
クレランボー博士は、「熱情精神病」としてクレランボー症候群についての体系的な研究をまとめています(こちらは学術論文集です)。
- 1.とりわけ危険なケースの判断ポイント
- 2.長大な織物のように発展する妄想ストーリー
- 3.エロトマニア(被愛妄想)の「純粋型」としてのクレランボー症候群
- 4.クレランボー症候群の特徴
- 5.その傾向のある人の例
- 6.妄想の目的
- 7.クレランボー症候群の人に見られる二つのタイプ
- 8.暴力性
- 9.事実関係を逆転させる
- 10.妄想の対象にされた人における精神的被害
- 11.対策
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1.とりわけ危険なケースの判断ポイント
1.相手(ターゲット)の方が自分に真剣な恋愛感情を持っているという妄想を抱く。
2.自分の恋愛感情は否定する。
3.相手から好きになり始めたという妄想。
4.相手が自分に付きまとっているという妄想。
5.少しでも面白くないと、相手を打ち負かそうとする攻撃性。
6.相手のパートナーに嫉妬して攻撃する。
7.自分を被害者だと思い、誹謗中傷したり、虚偽の訴えを起こしたりする。
2.長大な織物のように発展する妄想ストーリー
クレランボー症候群の妄想内容は、長大な織物のように持続的に発展し、醜悪な長編恋愛ストーリーとなります。
男女を問わず、初心な少女におけるような幻想的に理想化されたロマンチシズムからはじまります。しかし、妄想者はターゲットの抵抗にあうことによって自尊心を傷つけられ、攻撃的になります。
ナルシシズムを回復させようとする妄想者は、ターゲットを貶めて醜悪な人物として扱いつつも、ターゲットから自分が愛されているという自己愛的な妄想に固執し続けます。
ターゲットの無数の言動を正反対に歪曲して、自分を好きな「証拠」として恋愛妄想ストーリーの中に織り込んでいきます。
クレランボー症候群の人にとっては、それが現実の事実以上に強固で揺るぎないリアリティで、その生々しい思い込みは修正不能です。「妄想」は単なる「空想」と異なり、現実より生々しい力をもっています。ターゲットにされた人は、逃げられません。
3.エロトマニア(被愛妄想)の「純粋型」としてのクレランボー症候群
相手から恋愛感情を持たれているという妄想を、「エロトマニア(被愛妄想)」と言い、ストーカーの中にはこの妄想を持っている人がいます。エロトマニアには①混合型と②純粋型とがあります。
①混合型
エロトマニア妄想者の中には、基本的に統合失調症のような精神病があって、そこに被愛妄想も生じているという人たちがおり、妄想の対象となる人に対してストーキングを行うことがあります。
この場合は普通の人でないことが、すぐに誰にでも分かると思います。このタイプは、エロトマニアの「混合型」と呼ばれていました。顔見知り程度の人も妄想のターゲットにされますが、何の面識もない人も、ターゲットにされる可能性があります。
②純粋型( = クレランボー症候群)
その一方で「純粋型」のエロトマニアがあります。このタイプは、特定の相手をターゲットにした被愛妄想以外の点では正常者と変わらないので、普通の社会生活を行うことができる人たちです。たいていは何等かの知人関係にある人が、妄想のターゲットにされます。
昔フランスで犯罪者の精神鑑定を行い、エロトマニア(被愛妄想)についての体系的な研究をまとめたクレランボー博士にちなんで、エロトマニアの「純粋型」が「クレランボー症候群」と呼ばれています。現代の精神医学では、妄想性障害の「エロトマニア(被愛)型」にあたります。
クレランボー博士が問題視しているタイプの被愛妄想者は、自分の恋愛感情を否認し、妄想を隠蔽するという性格を持っています。つまり、人からどう思われるかを非常に気にして、普通の人を装うということです。
4.クレランボー症候群の特徴
基本的に、相手の方から恋愛感情をもつようになり、相手の方が強く自分を愛しているという妄想的錯覚を抱くのが、クレランボー症候群です。相手の気持ちをこの上なく深い、真剣な恋愛感情だとみなします。
相手が何も言わず、ただの一度のデートをしたこともなくても、相手との間に暗黙の了解が成り立っていて、自分と深い関係にあると確信します。自分が相手の想いを受け入れて、そうした関係になっているつもりでおり、しばしばそれを「プラトニックな恋愛関係」だと思っています。
クレランボー博士によれば、この妄想症の患者は自分の恋愛感情については、少なくとも表向きは否認します。用心深く、ナルシシスティックで、相手からの拒絶に直面することを避けます。
第三者には、自分が相手からストーキングをされていると主張することもあります。
5.その傾向のある人の例
患者によっては、自分からデートや交際など申し込んだりなどせず、変な仄めかしをしながら、相手が自分に求愛しているという形を取ろうとします。
クレランボー症候群そのものではありませんが、その傾向をもつ人をネタにしたお笑いがありました。
下の動画をご覧になると、<自分の恋愛感情を否定しながら、相手が自分を愛しているという話にしてくる>というのがどういうことか、とてもよく分かると思います。クレランボー症候群の人も、ちょうどこのような変な仄めかしをしてきます。
上の動画に、二人きりのエレベーターの中で女性が自分から服を脱ぎ始め、ターゲットの男性から自分が襲われているかのように見せるという場面がありました。
クレランボー博士が扱っていた症例の中にも、女性の患者が、自分からターゲットの男性に抱き着き、第三者にはいかにも相手から襲われているように見せかけるというエピソードがあります。
このお笑いのネタになっている女性は、自分が相手を愛していて、相手がその気持ちに気づいていないと言っているので、実際には妄想を抱いているわけではなく、クレランボー症候群でもありません。
本物のクレランボー症候群の人は、既に相手と深い関係になっていると確信しています。
そして、相手の反応が自分の思い通りでないと、相手を生意気だと思い、フラストレーションを募らせて、相手に仕返しをしようとするので危険なのです。
6.妄想の目的
クレランボー症候群の人たちの目的は自己評価を高めることで、その材料として自分が理想とする相手から強く愛されているという妄想を必要としています。
そこで、妄想の対象になるのは、男性の場合は社会的地位の高い人であり、女性の場合も人目に立つような職業に就いている人などです。
被愛妄想(エロトマニア)には、ナルシシズムが関係しています。目的は性的な観点における、幻想的で誇大な自己イメージです。そうして、現実の惨めな自分の姿から目を逸らそうとしています。
したがって、彼等の多くは、ターゲットとの実際の交際関係を求めてくるわけではありません。むしろ、実際にターゲットに接触して相手からの拒絶に直面することを、何よりも恐れています。肉体関係を求めて相手から拒絶されて、妄想が壊れてしまったりするようなことは論外です。それで「プラトニックな関係」に拘ります。
7.クレランボー症候群の人に見られる二つのタイプ
クレランボー症候群の人は、元から持っている性格によって、異なる様相を示してきます。主に、次の二つの傾向に分類されます。
① さほど悪性の自己愛をもたない患者は、自分が好きな相手と相思相愛だという妄想を抱き、デートや交際を求め、「ストーカー」らしいストーカーになります。それらの人たちは比較的他愛なく、おそらく女性が多く、大概はあまり攻撃的ではありません。
② 悪性の自己愛をもっており、相手からの拒絶を恐れる(逆に言えば、拒絶を許さない)性格の患者は、相手だけが恋愛感情をもっているという妄想を抱き、変質的な手口を使ってきます(下の項目6「暴力性」の①「変質的な手口」を参照)。
①②いずれにしても、相手の方が自分より強い想いを抱いており、相手から愛し始めたと思い込むのが、クレランボー症候群の被愛妄想です。
8.暴力性
男性のクレランボー症候群の方が、女性より暴力的です。
中には実際の関係を求めてレイプしようとしてくる男性もいます。
これは妄想を伴わないストーカーの場合と同じですが、ターゲットからの忌避が決定的になった時が特に危険で、ターゲットの存在を破壊しようとするような攻撃に出てくる人もいます。
①変質的な手口
おそらく男性の方が相手からの拒絶を恐れ、自分の本心や妄想などを隠し、相手と近づきすぎてボロが出ることがないように、用心します。
このような被愛妄想者の場合、自分が相手から真剣な想いを寄せられているという前提で、遠回しに、意味を特定しにくい仄めかしをしてくることはありますが、自分からデートや交際を求めてきたり、愛を告白してくることなどはありません。
こうしたケースでは、ターゲットにされた人は、得体の知れないセクハラを受けている感じはしても、ちょうど上の動画と同じように、妄想者を拒絶できる機会がありませんし、「ストーカー」として訴えることもできません。普通のストーカーのように、自分の愛情を告白しながら、交際を求めてくるのであれば、被害者はストーカー被害として訴えて、警察に介入してもらうことができますが、それができないということです。
しかも、そうした手口を使っているクレランボー症候群の人は、ターゲットから避けられるようになると、自分のナルシシズムを回復させようとして、常軌を逸する攻撃に出ることがあります。
②DV的性格
クレランボー症候群の男性は、悪性のナルシシズム、特権意識、傷つきやすい自尊心や高い攻撃性があるため、DV男性と同じ性格をもっていることがあります。実際、クレランボー博士の症例の中に、ちょうど現在でいう「DV男」のケースがあります。
③自己陶酔的でグロテスクな妄想体系
クレランボー症候群の人には、ターゲットからの忌避や嫌悪、軽蔑などは、恋愛感情の裏返しとして解釈されます。
たとえば、ターゲットが妄想者を嫌がったり、恋愛感情を否定したりしても、自分を愛するあまりの「悔し紛れの嫌がらせだ」とか、「自分(妄想者のこと)にフラれた逆恨みだ」とか思い込み、ターゲットが自分に本気だという証拠として、いよいよ妄想をエスカレートさせます。女性の方が、比較的可愛らしい解釈の仕方をします。男性の方が闘争的で、自分がマウントを取らなければ気が済まない人が多いかもしれません。
自分が愛されている、という妄想は決して崩れません。長大な織物のような妄想体系を持続的に発展させ、長編ドラマのようにしていきます。そしてそれは彼等にとって、現実より生々しい強固な心的リアリティです。
④強いナルシシズムを維持するための妄想と攻撃
クレランボー症候群の人は、性的な思い上がりが激しく、マウントを取りたがります。そのため、妄想上で自分の虜となっているはずの相手が、実際には自分に対して従順でないと、それがフラストレーションとなり、ターゲットを打ちのめそうとしてきます。(そのあたりが、DV加害者に似ています。)
最後は、自分を明らかに嫌って避けているターゲットとの関係に勝利を収めることに必死になり、執拗な暴言、脅迫、嫌がらせ、誹謗中傷の拡散、暴力等により、<ターゲットが自分を愛している>という話を無理矢理ターゲットに呑ませようとします。
クレランボー症候群と思われる妄想者による歴史上の事件の中には、殺人に至っているものもありますが、通常はもっとずっと用心深く、小心にして狡猾なため、自分の損にならない仕方で、ターゲットに打撃を与えることを考えます。
9.事実関係を逆転させる
クレランボー症候群の人による被害としては、徐々に上に書いたような暴力的でストーカー被害的な要素も出てきますが、彼等は事実関係を正反対に歪めてきますので、ターゲットにされた人にとって、冤罪被害的なものになることが多いかもしれません。クレランボー症候群の人は、ターゲットの方をストーカー扱いしたがる傾向があります。
なぜ事実関係がすべて正反対になるかというと、その種の妄想者において「投影」ということが起こっているからです。妄想者は、自分が自分の中に認めたくない欲求や感情を、相手が自分に対してもっていると錯覚し、妄想的な確信を抱きます。そこで、自分が相手に恋愛感情をもつと、相手が自分に恋愛感情をもっている、という話になるのです。自分が怒ると、相手が怒っていると錯覚し、相手が本当に嫌がっているのが分からず、恋人同士の喧嘩をしているつもりになります。
<妄想上の不倫関係>や<ターゲットの自分への妄想上のストーキング>等を、ターゲットのスキャンダルとみなして脅迫や嫌がらせ、誹謗中傷に悪用することもあります。
10.妄想の対象にされた人における精神的被害
これについては下の記事を参照してください。
被害者は一刻も早く、起こっている事態を認識し、対処する必要があります。
11.対策
「混合型」のエロトマニアの場合は、妄想が一時的であったり、対象が次々と変わっていきますし、妄想者は既に精神科にかかっていることもあります。第三者が妄想者の話を事実として信じることもないでしょう。
クレランボー症候群の場合(=「純粋型」のエロトマニア)も、妄想者の性格によっては、大して危険でもない場合もありますし、女性の場合はさほど攻撃的ではないかもしれません。
一般にストーカーは、ターゲットに付きまとうと言っても、それが悪意による攻撃でない場合、警察の介入などが逆効果になることがあります。つまり、ストーカーはそうした介入によって自尊心が傷付けられ、それによって憎悪の感情を抱くようになることがあり、事態が本格的に悪化することもあるのです。被愛妄想(エロトマニア)者の場合も、相手に攻撃性がない場合は事を荒立てるよりも、周囲の人たちに話しておいて、様子を見ていても良いかもしれません。
特に恐いのは次のようなクレランボー症候群の人です。
それは、たとえ普段は物腰が低くて控え目で感じが良くても、屁理屈を言い出したら、自分が勝たないと気が済まないとか、ほんの少しでも面白くないと、仕返しをせずにはいられないという性格の持ち主です。そのような性格のクレランボー症候群患者は、自分が劣勢になると、ターゲットの社会的生命を抹殺するなどの仕方で、相手を破壊しようとしてきます。
そのような性格の人から被愛妄想の対象にされた場合は、妄想者が自分の優位性を感じている間に、妄想者と接する環境を黙って離れて完全に縁を切るのが最善です。でなければ、被害が長期にわたって拡大していく恐れがあります。
上にも述べたように、事実関係を正反対にした誹謗中傷や、気持ちの悪い作り話をばら撒かれることもありますので、前もって周囲の人たちに相談し、理解を得ておくようにすると良いでしょう。メール等の証拠は保存しておきましょう。ネット上で書かれた事は、スクリーンショットに取っておきます。
クレランボー症候群は妄想者の性格によって、経過の辿り方や攻撃の仕方など異なることがありますので、様々な危険があり得ます。クレランボー症候群の人が仄めかして脅してくることの中に、実際の危険があると思ってください。
そして妄想のターゲットにされた人が決してやってはいけないのが、妄想の内容について妄想者と話し合うことです。正常者の方が頭がおかしくなってきますし、何を言っても妄想は解けず、ますますとんでもない、グロテスクで醜悪な恋愛妄想ストーリーに発展していきます。
正常者には全く思いも寄らないことですが、クレランボー症候群の人は、相手から「恋愛感情などもっていない」という事実を聞かされることだけは拒絶するので、そういう話にさせないために、嫌がらせや犯罪的行為を激化させます。