北海道新幹線と広大な大地を走る路線

1.幌内鉄道 2.函館本線と千歳線 Θ室蘭本線と東室蘭駅Θ Θ731系電車Θ Θ千歳線支線(空港線)Θ 3.特急「カムイ」 4.特急「北斗」 5.釧網本線・網走本線とふるさと銀河線 Θ釧路駅Θ 6.特急「おおぞら」 7.釧路湿原 8.北海道新幹線・はこだてライナーと道南いさりび鉄道

 

特急「スーパー北斗」(2019年10月)


幌内鉄道

幌内鉄道は1880年(明治13年)に北海道で初めての鉄道敷設工事に着手し、同年H・K・ポーター社(アメリカ)製の蒸気機関車の試運転を実現しています。H・K・ポーター社は1866年に創業したアメリカの機関車製造会社であり、これが初めてアメリカから蒸気機関車を輸入した事例となりました。

 

京都鉄道博物館に保存される「義経号」(2019年1月)

 

北海道を走る蒸気機関車はアメリカから輸入されたものですが、北海道の近代化についてもアメリカの開拓をモデルとして進められることになりました。このとき、幌内鉄道の建設を指導したのがアメリカ人技師のジョセフ・ユーリー・クロフォードでした。ジョセフ・ユーリー・クロフォードは1879年(明治12年)に張碓(はりうす)海岸の道路開削に成功したことから、1880年(明治13年)に幌内鉄道の建設を任されることになりました。

 

札幌駅駅舎(2019年10月)

 

幌内鉄道は着工からわずか11か月で手宮~札幌間を開通し、「義経号」と名付けられた1号機、「弁慶号」と名付けられた2号機がここで運転されました。以後「比羅夫号」「光圀号」「信廣号」「静号」などと愛称が付された蒸気機関車が幌内鉄道を走ることとなります。数々の難工事を乗り越えた幌内鉄道は1882年(明治15年)に手宮~幌内間を全通させています。それ以降の約100年にわたり、幌内鉄道は石炭輸送を担ってきました。

 

京都鉄道博物館に保存される「義経号」(2019年1月)


函館本線と千歳線

函館本線は北海道初の鉄道となった幌内鉄道(手宮~幌内間)でした。幌内鉄道は1880年(明治13年)に手宮~札幌間が開業(全通は1882年)した石炭運搬路線であり、後に官営の幌内鉄道から民間の北海道炭礦鉄道に引き継がれました。

 

京都鉄道博物館に展示される北海道炭礦鉄道の説明(2019年1月)

 

その後、北海道炭礦鉄道はこの路線に次いで、第二の石炭運搬路線として室蘭(現在の東室蘭)~岩見沢~空知太(そらちぶと/現在は廃止=現在の砂川市)間を開通させました。この第二の路線の開通により手宮~岩見沢~空知太が直通し、現在の函館本線の基礎ができあがり、また室蘭(現在の東室蘭)~岩見沢間のルートは室蘭本線の基礎となりました。

 

札幌駅の行先表示案内(2019年10月)

 

1898年(明治31年)になると、すでに施行されていた北海道鉄道敷設法に基いて、北海道庁が空知太~旭川間を開通し、上川線(かみかわせん)と称しました。その後、民間の北海道鉄道(初代)が1902年(明治35年)に函館(初代)~本郷(現在の新函館北斗)間、1903年(明治36年)に本郷(現在の新函館北斗)~森間を開業させ、北海道内の路線の延伸を果たしていきます。さらに、北海道鉄道(初代)は1904年(明治37年)、函館(初代)~函館(2代)を延伸開業させ、函館駅(初代)を亀田駅(現在は廃止)と改称しました。これにより、現在の北海道内における重要路線となる函館~旭川間が開通したことになります。1905年(明治38年)には北海道庁が開業した上川線(空知太~旭川)、翌年には北海道炭礦鉄道、1907年(明治40年)には北海道鉄道(初代)がそれぞれ国有化されました。これにより函館~小樽~旭川間は国有鉄道となり、1909年(明治42年)に函館本線と命名されました。1908年(明治41年)には青函連絡船が就航していますが、函館本線はこれと接続して運行されることになり、このとき本州へと連絡しています。

 

特急「カムイ」と並ぶ函館本線の普通列車(2019年10月)

 

北海道と本州の結びつきが強くなると函館本線は盛況となり、函館本線のバイパス路線としての長万部~輪西(現在の東室蘭)間となる長輪線(おさわせん)を1928年(昭和3年)までに全通し、すでに開通していた室蘭本線(室蘭~岩見沢間)と接続しています。

 

室蘭本線と東室蘭駅

室蘭本線は長万部~東室蘭~苫小牧~追分~岩見沢間を結ぶ路線(本線)とその支線となる東室蘭~室蘭間を結ぶ路線から成ります。このうち、長万部~沼ノ端間は千歳線(沼ノ端~札幌)と合わせて北海道内の重要幹線として機能しています。室蘭本線の東室蘭駅の駅名は、1892年(明治25年)の開業当時は「室蘭駅」でしたが、1897年(明治30年)には「輪西駅」となりました。1928年(昭和3年)に「東輪西駅」と改称され、1931年(昭和6年)に現在の「東室蘭駅」の名称となりました。

 

札幌駅駅舎(2019年10月)

 

 

長輪線の全通に先立ち、1926年(大正15年)には北海道鉄道(2代)が室蘭本線の沼ノ端(ぬまのはた/現在の千歳線の起点)~函館本線の苗穂(現在の千歳線の終点)間(札幌線)を開業させています。これが後に現在の千歳線となっています。

 

731系電車

この函館本線や千歳線で運行される731系はJR北海道として初めての本格的な通勤形車両であり、1996年(平成8年)に投入されました。車体の側面にはライトグリーンと赤色の帯が配されています。

 

731系車両(2016年12月)

 

千歳線支線(空港線)

千歳線の南千歳駅は1980年(昭和55年)に当時の国鉄千歳線千歳空港駅として開業し、翌年には石勝線が開業してその起点となりました。その後、航空需要の拡大にともない新千歳空港が建設されることとなり、1992年(平成4年)には新千歳空港駅が開業して、千歳空港駅は南千歳駅と改称しました。

 

南千歳駅駅名標(2016年12月)

 


特急「カムイ」

「かむい」は「神のように崇高な存在」という意味を表すアイヌ語ですが、特急「カムイ」は札幌~岩見沢~美唄~砂川~滝川~旭川間を結ぶ特急列車です。

 

特急「カムイ」(2019年10月)

 

かむい」と名付けられた列車は1959年(昭和34年)に登場しましたが、このときは小樽~旭川・上芦別(かみあしべつ)間を結ぶ準急列車でした。

 

旭川行きの特急「カムイ」(2019年10月)

 

1966年(昭和41年)には急行列車へと格上げされ、1988年(昭和63年)まで運行を続け、後の特急「スーパーカムイ」のルーツとなりました。

 

特急「カムイ」(2019年10月)


特急「北斗」

特急「北斗」函館本線室蘭本線千歳線を経由する函館~札幌間を結ぶ特急列車であり、1965年(昭和40年)に函館~旭川間において運行を開始したのがそのはじまりです。しかし、1972年(昭和47年)にはすべての「北斗」の運行区間が函館~旭川間に短縮されてしまいます。

 

特急「スーパー北斗」281系(2019年10月)

 

主要な「北斗」の停車駅は、函館、五稜郭、新函館北斗、大沼公園、森、八雲、長万部、洞爺、伊達紋別、東室蘭、登別、白老、苫小牧、南千歳、千歳、新札幌、札幌です。

 

札幌駅の行先案内板(2019年10月)

 

北斗」の運行には183系が用いられましたが、1994年(平成6年)に281系が投入されるようになると、183系を使用する列車と臨時列車を「北斗」とし、281系および261系を使用する列車を「スーパー北斗」としました。

 

札幌駅に停車する「函館行き」スーパー北斗(2019年10月)

 

2018年(平成30年)以降は183系が定期運用されなくなり、2020年(令和2年)からは「スーパー北斗」の名称が廃止となり、すべてが「北斗」となりました。


釧網本線・網走本線とふるさと銀河線

釧網本線は、太平洋沿岸にある釧路とオホーツク海沿岸にある網走を結ぶ目的で敷設された路線です。釧路側では釧網線(現在の釧網本線)として開業し、網走側では網走本線の延長として開業しました。

 

釧路駅

「釧路」の名は諸説あるもののアイヌ語に漢字を充てたものに由来すると考えられており、1869年(明治2年)に「クスリ」より釧路と改称されました。

 

釧路駅周辺の風景(2019年9月)

 

釧路駅(初代/後の浜釧路駅)は1901年(明治34年)、北海道官設鉄道釧路線の釧路~白糠(しらぬか)間の開通の際に開業しました。1913年(大正2年)には線名改称によって釧路本線の駅となっています。

 

釧路駅の行先表示板(2019年9月)

 

その後、1917年(大正6年)に釧路~浜厚岸間が延伸開業したことにともない、釧路駅(2代)は現在地に移転し、釧路駅(初代)は浜釧路駅(後に廃止)となりました。1921年(大正10年)には線名改称によって根室本線の駅となっています。

 

釧路駅(2019年9月)

 

根室本線は滝川~根室間を結ぶ路線であり、1921年(大正10年)に開通しています。現在では「花咲線」の愛称が付されていて、終点となる根室駅は1961年(昭和36年)に東根室駅が開業するまでは日本の最東端の駅となっていました。

 

また、1923年(大正12年)には雄別鉄道(釧路~雄別炭山間/1970年廃止)、1927年(昭和2年)には現在の釧網本線(釧路~標茶間)が開業して接続駅となりました。路線の一部となる標茶~弟子屈(後の摩周)間は1896年(明治29年)に廃止となっていた釧路鉄道の旧路盤を利用しています。1931年(昭和6年)には最終区間となる川湯(現在の川湯温泉)~札鶴(現在の札弦)が開通し、さらに釧網線(現在の釧網本線)に網走以東の網走本線を編入して全通となりました。しかしながら、網走は小さな都市であり人の流入がそれほど多くないにもかかわらず、釧網本線、網走本線(後の池北線と石北本線)が乗り入れることになりました。釧網本線は人口の少ない地域を走っていたので存亡が危ぶまれたこともありましたが、沿線には釧路湿原や摩周湖、川湯温泉、屈斜路湖、知床などの有名な観光地を抱えていたので、特急列車が走らずとも生き残った路線といえます。

 

1961年(昭和36年)には線路名称の変更が実施され、網走本線として残っていた網走~北見間は石北本線の一部となり、北見~池田間は池北線となりました。池北線はその後北海道ちほく高原鉄道に引き継がれてふるさと銀河線となり、2006年(平成18年)に廃止となりました。北海道ちほく高原鉄道とは1989年(平成元年)に設立され、2006年(平成18年)までふるさと銀河線を運営していた第三セクターの鉄道会社です。『ふるさと銀河線 軌道春秋』(髙田郁著)に収められている「ふるさと銀河線」には、この北海道の大地を走ったふるさと銀河線の当時の様子を垣間見ることができます。たとえば、「駅の時刻表に記された発車時刻は数えるほどで、それも通勤・通学の時間帯にほぼ限られる。」「車両は大抵一両編成で、北見から池田まで全長百四十キロメートルをひたすらに走る。その長い鉄路にトンネルはひとつもなく、車掌には、ある時は広々とした牧場、ある時は原生林、と日本離れした情景が広がる。」などです。


特急「おおぞら」

特急「スーパーおおぞら」(現在は「おおぞら」)は札幌~南千歳~新夕張~新得~帯広~釧路を結ぶ特急列車であり、283系および261系により運行されています。

 

スーパーおおぞら283系(2019年10月)

 

帯広駅

帯広駅は特急「スーパーおおぞら」をはじめとしてすべての列車が停車する駅となっている他、特急「スーパーとかち」の始発終着駅ともなっています。帯広駅は1905年(明治38年)に当時の釧路線(後の根室本線)の駅として開業しています。

 

帯広駅(2019年10月)

 

 

283系は振子式特急ですが、その配色はブルーとグリーンに加えて、これにタンチョウヅルの赤を組み合わせています。

 

283系の3色(2019年10月)

 

特急「スーパーおおぞら」の前身となる特急「おおぞら」が登場したのは1961年(昭和36年)のことであり、函館~旭川間を走る北海道初の特急としてデビューしました。1962年(昭和37年)には釧路発着編成を連結することになり、1967年(昭和42年)には函館~釧路間の運行となりました。

 

特急「スーパーおおぞら」(2019年10月)

 

その後、「おおとり」「北斗」「まりも」などとの整理統合を繰り返し、1997年(平成9年)には283系気動車を投入した特急「スーパーおおぞら」が誕生しました。

 

特急「スーパーおおぞら」(2019年10月)

 

2020年(令和2年)に「スーパーおおぞら」は再び「おおぞら」へと改称されています。

 

特急「スーパーおおぞら」(2019年10月)


釧路湿原

釧路湿原駅釧網本線の臨時駅として1988(昭和63年)に開業し、1996年(平成8年)に常設駅に昇格しました。

 

釧路湿原駅駅舎(2019年10月)

 

釧路湿原の最寄り駅であり、1面1線単式ホームとなっています。

 

釧路湿原駅ホーム(2019年10月)

 

釧路湿原駅には釧網本線を走る快速「しれとこ摩周号」が停車します。ただし、釧路行きは通年停車しますが、網走行きは5月~10月の期間のみしか停車しません。

 

快速「しれとこ摩周号」(2019年10月)

 

釧路湿原は釧路平野にあり、日本における湿原の3割を占める日本最大の湿原です。

 

細岡展望台から見た釧路湿原(2019年10月)

 

その面積は約2万9千ヘクタールにもおよび、釧路市、釧路町、標茶町、鶴居村の4市町村にまたがっています。

 

細岡展望台から見た釧路湿原(2019年10月)

 

細岡展望台釧路湿原の東側にある展望台であり、雄阿寒岳と雌阿寒岳の稜線を背景として釧路湿原の中を釧路川が蛇行する様子を見ることができます。

 

細岡展望台案内図(2019年10月)

 

細岡展望台釧網本線釧路湿原駅から徒歩10分ほどのところにあります。

 

釧網本線を走る快速列車(2019年10月)

 

釧路市湿原展望台へは釧路駅よりバスに乗車し、30分ほどで到着します。

 

釧路市湿原展望台からの風景(2019年10月)

 

展望台の建物の2階には展示室があり、3階の展望室、屋上からは釧路湿原の風景を見ることができます。

 

釧路市湿原展望台からの風景(2019年10月)


北海道新幹線・はこだてライナーと道南いさりび鉄道

2016年(平成28年)、北海道新幹線新青森~新函館北斗間が開業しました。この開業と同時に、渡島大野(おしまおおの)駅は新函館北斗駅と改称されました。北海道新幹線で使用されるH5系E5系車両をベースとして製作されています。なお、札幌までの延伸については、2015年(平成27年)の段階では2030年(令和12年)度末の完成を目指すとされています。

 

仙台駅で並んだ緑色のE5系と赤色のE6系(2016年12月)

 

北海道新幹線の現在の終着駅となる新函館北斗と函館の間を結ぶはこだてライナーは2016年(平成28年)、北海道新幹線へのアクセス鉄道として運行を開始しました。

 

はこだてライナー(2019年10月)

 

普通列車は函館、五稜郭、桔梗、大中山、七飯、新函館北斗と結びますが、快速列車の途中の停車駅は五稜郭のみとなっています。

 

函館駅に停車するはこだてライナー(2019年10月)

 

その最速列車は函館~新函館北斗間を15分で結びます。はこだてライナーのすべての列車は733系で運行されています。

 

はこだてライナー(2019年10月)

 

北海道新幹線の開業により、江差線の五稜郭~木古内(きこない)間北海道新幹線の並行在来線となり、JR北海道より経営分離されました。これにより、この路線は第三セクターとして設立された道南いさりび鉄道へと移行されました。

 

函館駅に停車する道南いさりび鉄道の車両(2019年10月)

 

その運行にはJR北海道より譲渡されたキハ40形があたります。これを改装したながまれ号が活躍しています。

 

側面に「ながまれ」の文字が描かれる(2019年10月)

 

「ながまれ」とは道南地域の方言で「ゆっくりして」「のんびりして」という意味になるそうです。

 

道南いさりび鉄道「ながまれ号」(2019年10月)

 

通常は通勤や通学などの一般客が利用する列車として運行していますが、観光団体用として車内で食事ができるようにテーブルやヘッドレストを設置した特別仕様車に変更することもできます。

 

函館駅に停車する道南いさりび鉄道の車両(2019年10月)