『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン監督 アメリカ 1952年)の、いささか笑えない逸話のひとつから始めましょう。脚本を担当したカール・フォアマンはロシア系移民の息子で1930年後半当時の意欲的なアメリカ青年が辿った道、人種差別とファシズムと戦うために共産党に入党します。FBIという組織は呆れるほど盗聴をし盗撮をしているものでのちには何十年も長官に居座るフーヴァーがよもや自分を排斥しようものなら取って返すために片っ端から政治家も対象にしますが基本は共産主義活動です。1953年までには600万人が調査済み(ロードリ・ジェフリーズ=ジョーンズ『FBIの歴史』東洋書林 2009.5)、勿論フォアマンの活動もちゃんと捕捉されていてFBIによる評価は<very unimportant little fellow>、よくこれだけ重ねたものだと思いますがせっかくなので日本語にすると<全然 取るに足らない 小者>。ですので非米活動委員会が赤狩りでガンガン過去の活動歴を吊るし上げているときにもまったくお呼びが掛かりません、何せ<全然 取るに足らない 小者>ですから。ところが『真昼の決闘』がアカデミー賞の主演男優賞、音楽賞、歌曲賞、編集賞を受賞し賞こそ逃しますがカール・フォアマンも脚色賞にノミネートされて一躍時のひとになった途端に来るんですよ、召喚状、何ともいやはやです(Glenn Frankel "High Noon: The Hollywood Blacklist and the Making of an American Classic" Bloomsbury USA 2017.2.21.)

 

 

 

 

その『真昼の決闘』の主人公はゲーリー・クーパー、町にべったりへばりつく悪党をそれこそ命懸けで追い払って町のひとたちから感謝もひとしおだったのも束の間悪党が仕返しに帰ってくると聞いた途端にとばっちりを恐れて事態をひとり押しつけられる保安官です。いまや町の誰からも白眼視されて真昼に冷たく孤立しいやな汗が流れる帽子の影に立ち尽くています。有能さと融通の利かなさの間で男の生きる道を示して(しかも圧倒的に強いわけでも何でもなく陥った事態に涙が出てくるのを必死で堪えながら生と死のぎりぎりを吐く息吸う息に滲ませて)クーパーの死闘には胸を打たれます。しかしこのときの主人公像それ自体は彼が30年代からわが物にしているのっそりと自分の、溢れ返る魅力に押し屈んだようなお馴染みのクーパーの姿です。何が言いたいかと申しますと『真昼の決闘』に限らずそれ以降の、『ベラクルス』(ロバート・アルドリッチ監督 1954年)にしても『昼下りの情事』(ビリー・ワイルダー監督 1957年)にしても『西部の人』(アンソニー・マン監督 1958年)にしてもクーパーは老いても自分のスター像を貫こうとしています。若いスターの映画で助演に甘んずることも年齢に合わせて主人公に相応しい皺を掘り込んでいくことも拒否して一生を若いときのままのスターで生きようというんですから当然時代の荒波に揉み込まれ輝かしいばかりだったフィルモグラフィーが暗転する50年代でしてだいたい『ベラクルス』なんて奔放で闊達な若さを見せつけるバート・ランカスターにただ嬲られるだけの立役に呼ばれてどう見ても昔の名前で出ています。(まあそれを言えば『昼下りの情事』にしたところでこの時期オードリー・ヘップバーンの売り出しに掻き集められた往年のスターのひとりなわけで... )

 

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さてもうひとり、ハンカチの端を噛み噛み大目玉を喰らわせているジョン・フォードが言い放ちますよ、<クラーク・ゲーブルなんて立っているだけで映画になったぞ。なんてスターだ、本物のスターだ。それに比べてお前らと来たら>。お小言を押し戴くジョン・ウェインやワード・ボンドを尻目に嘘かほんとかパピーに持ち上げられるクラーク・ゲーブルは勿論『モガンボ』(1953年)のときのことですが、ゲーブルもまた老いても自分のスター像を生き続けようとなかなか苦しい50年代を過ごします。尤も監督がジョン・フォード、共演がエヴァ・ガードナーにグレイス・ケリーというこの映画がクラークにとってどの程度の落ちぶれたものなのかはわかりかねます、何せ『或る夜の出来事』(1934年)から『男の世界』(1934年)『戦艦バウンティ号の叛乱』(1935年)『妻と女秘書』(1936年)『桑港』(1936年)そして何より『風と共に去りぬ』(1939年)へと駆け抜けた頃には比べようがありませんからね。(まあ何にしてもジーン・ケリーとの共演で一時は飛ぶ鳥落とすようだった羽振りをすっかり打ち枯らし奥さんのガードナーにくっついてのこのこ『モガンボ』の撮影現場にやってきてはフォードにスパゲティを茹でさせられていたフランク・シナトラに比べればまだまだ... )。筋肉の隆々たる肉体に笑うと陽気な気質がほころぶ美男の男臭さがゲーブルが一貫して貫いた主人公で(というか当時のMGMの売り方として一度売れると俳優がどう望もうと同じ役柄を擦り切れるまで繰り返させた賜物でもありましょうが)マーロン・ブランドやジェームス・ディーンを時代の顔に据えた50年代には何とも身の置きどころがない感じです。風向きが上向いてくるのは50年代の終わりで『深く静かに潜航せよ』(ロバート・ワイズ監督 1958年)のあと『先生のお気に入り』(1958年)ではドリス・デイと『ナポリ湾』(1960年)ではソフィア・ローレンとの恋物語を堂々たる(そして軽妙な)美男ぶりで引っさらって遺作となるジョン・ヒューストン監督『荒馬と女』(1961年)ではいよいよマリリン・モンローとの共演です。女の豊穣さをかろうじて薄布一枚に収めて何とも危うい足取りで男たちの間をさ迷うのがモンローです。一歩踏み出すごとにまるで素足で大地を踏み鳴らしたかのように男たちを揺さぶってイーライ・ウォラックなど(『荒野の七人』の、あの山賊です)自分に目もかけないモンローに俺じゃどうして駄目なんだと切なく(歯ぎしりまでして)詰め寄ります。そのモンローをひとりわが物に掻き抱いてそれにもややげっぷ気味というんですから贅沢な男ぶりですがともあれゲーブルは自分の描くスター像を生き切ったわけです。ただそれもこれもこのふたりのスターが老年の入り口で世を去ったということもあってさらなる老境に分け入り尚スターであり続ける生き様を追ってジョン・ウェインの晩年を見ていこうというのがさてもさても今回のお話です。

 

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