成沢昌茂 雪夫人絵図 佐久間良子

 

1960年代半ば以降東映を支えていくことになる若い女優たちのなかで佐久間良子に著しいのは男の力づくの腕のなかで吐く息に甘い熱を帯びてくる端的に愛欲に呑み込まれる役どころです。勿論時代は坂道を転がり落ちている日本映画ですからドル箱の任侠映画を抱える東映とは言え岡田茂の号令の下暴力とお色気という客の袖を直接引くような映画も量産していっかな藤純子、三田佳子と言えども『大奥㊙物語』(中島貞夫監督1967年)や『尼寺㊙物語』(中島貞夫監督 1968年)に出演しています。(後者なんて尼僧でありながら街を行くひとが陶然と見送る気品と美しさに満ちた藤を色欲にはち切れんばかりの生臭坊主の若山富三郎が何くれと茶屋の離れに誘い込んで無理矢理に体を奪いその理不尽さを嫌悪しつつ自分のなかの女が抑えようもなくその葛藤が深く谷底を開くようで三田もまたそのような人間の業を見通してか人形のような童女のままにある門跡でして... )ただ佐久間の場合着物の下で息をするその胸許の上がり下がりにもいじらしさを滲ませて何というか内側から女の否応なさに呑み込まれている感じがやはりひとつ踏み込んでいるわけです。まさにそのものずばりの『愛欲』(佐藤純彌監督 1966年)では三国連太郎、三田佳子との並びの主役で三田は軽やかに働く女性を生きて彼女らしい若さに聡明さを行き渡らせたヒロインなのに対して京都の町家で未亡人の若い余生を送るのが佐久間でして(因みに三国は高度成長のぶち上げる船首に立って担当する企業広告のみならず不祥事までも宣伝へと丸め込む凄腕の社員で)三田を恋人にしながら佐久間の佇まいに引き込まれていく、というようななまじの火遊びでは終わらず佐久間の底なしの情欲に(片手で億の金を動かしていた面影はどこへやら)あとは骨と皮の晒し者になるばかりの連太郎です。

 

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村山新治 肉体の盛装 佐久間良子 西村晃

 

 

旧来の格式に堅く締め上げた佇まいの下で肌には熱が籠もっているというそんな役を喜劇においても佐久間は受け持って(この辺り会社として彼女の女優のありようをそこに置いていたと見えますが)瀬川昌治監督『図々しい奴』(東映 1964年)です。底の抜けた貧乏にも物ともしない人懐っこさで土地のお屋敷の若に見込まれるとそれを伝手に東京に出てくるのが谷啓です。まさに題名のままの活躍で道を切り開いていくのですがやがて洋行する若が後見として谷を託すのが佐久間でして老舗のこいさんという溌溂とした上品さで谷を励まし続けます。しかし彼に召集令状が届いたことで自分への思慕を秘めたまま戦地に赴こうとするこの青年に女性の夜を与えようというのです。出征の若人にまつわるありふれた秘め事ではあるんですが夜のしずかさに身を横たえる佐久間からは女の甘い熱が匂い立つようです。『喜劇"夫"売ります!!』(瀬川昌治監督 1968年)でもまたまた旧家の女当主で夫に先立たれた不聊にあって勿論家柄の手前あからさまな振る舞いもできず気持ちもそぞろな毎日です。やがて妻子はありながらうだつのあがらないフランキー堺を屋敷に(というより端的に寝室に)引き入れて大きく夜へと劇を開き(ただここまで来るとやや会社に捨て置かれているという気もします、同じ時期の藤純子の破竹の勢いを見るにつけても)題名は妻である森光子が女の意地から面当てに夫をいい値で売りつけるためです。

 

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成沢昌茂 雪夫人絵図 佐久間良子

 

 

さてこんな嵌め込まれたようなヒロイン像にあってやはり目を引くのが村山新治監督『肉体の盛装』(1964年)と成沢昌茂監督『雪夫人繪圖』(1968年)です。どちらも佐久間の主演ですが題名からお察しの通り前者は吉村公三郎監督『偽れる盛装』(大映 1961)のリメイクですし後者は(何かやけくそのような旧漢字にしていますが)溝口健二監督『雪夫人絵図』(滝村プロダクション・新東宝 1950年)です。京マチ子と木暮実千代がそれぞれのヒロインですから或いは東映は佐久間のこれからを彼女たちに思い浮かべていたのかもしれません。ただ... 関係を結ぶと男の身の上まで巻き上げて金の切れ目が縁の切れ目と言い放って憚らない芸者と昔気質の義理と不義理にかしこまっている彼女の母の生きざまを交差させてやがて母の背負い込んだ借金を男に体よく穴埋めさせようとして破滅を引き込んでしまう『偽れる盛装』の脚本は(筋を書いていてもつくづく)溝口健二監督『祇園の姉妹』(第一映画社 1936年)と同『浪華悲歌』(第一映画社 1936年)の切り貼りです。新藤兼人が新たに付け加えたのは意地を張り合うふたつの置屋にはそれぞれ娘と息子があって恋仲が家の対立に引き裂かれる...なんて張り詰めた溝口の映画からは大きく後退していますよ。元がそうなんですから(挙句に村山新治のスマートな演出が京都の、川面に沈めたような情念には上滑りして)際立つのは寧ろ京マチ子との持ち前の違いで端的にどうにもふたりは重ならないということです。『雪夫人繪圖』の方は木暮の、字余りに閉じて閉じ合わないそんな色気とは異質ながら佐久間らしい肌のぬくみに押し殺した言葉の数々が浮いては消え浮いては消えて(それが彼女が書きつける流麗なかな書きの和歌と響き合い)手応えのある仕上がりながら番長映画に東映ポルノへと傾斜していた東映にあってはお蔵入り。

 

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映画のなかで生きるというのは思うままを女優が立っていられるはずはなくとりわけ映画会社にあっては自分に充てがわれる売りの線に乗りながらデスマスクのように嵌め込まれたその顔を生きていくわけです。東映の大通りを思うさま駆け抜けたような藤純子にしても主演を年に10作も詰め込まれ(来る日も来る日も緋牡丹博徒)いまや自分の肩に伸し掛かってくる会社の命運にステージの裏でコーラを何本も何本も壁にぶつけていたとか(日下部五朗『シネマの極道 映画プロデューサー一代』新潮社 2012.12)。さて私が案外佐久間良子の本領だと思うのは山本薩夫監督『にっぽん泥棒物語』(1965年)でまさか夫が過去に名うての泥棒だったとは露も知らず夫も足を洗った家業をおくびにも出さずに親子三人の幸せに浸っています。ところが冤罪のまま極刑に処せられる被告たちを思うと事件の唯一の目撃者であった夫は居たたまれずに名乗り出ます。それは即ち過去の罪状も明るみに出るということで寝耳に水の数々に家を出たものの、やはり気になる裁判の進み行きにこっそりと傍聴席に紛れるのが佐久間良子です。いやはや問われるまま追求されるまま土蔵破りのあの手この手を話しては傍聴席一同を笑いに包んで被告に弁護士は元より裁判長まで相好を崩して苦虫を潰す検事の面々。おっかなびっくりひとびとの間に顔を埋めていた佐久間もさんざめく笑いの波に呑み込まれてやがて泣きながら顔を綻ばせていきます、あの小さくいやいやをするように揺れているまっさらな笑み。
山本薩夫 にっぽん泥棒物語 佐久間良子

 

 

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