映画ひとつ、ウィリアム・A・ウェルマン監督『ボー・ジェスト』

 

 

運命の不可思議な息吹きに吹きかけられるそんな心地です。遠く中東の砂漠にあってフランスの野心がアラブの懐深くへひとつまたひとつと砦となって喰い込んでいきます。バケツに押し込んだ砂を逆さにそっと抜いたようなその砦はやがて砂漠に消える儚い夢のようですが三日月に次々と峯をつくっていく砂漠の光と影に紛れて外国人をこの地から駆逐せんと疾風となって押し寄せてくるアラブの武装集団との死闘の一里塚でもあります。いまもそんな強襲に砦から矢のような急報が届いて駆けつける救援軍の前で砦は戦闘どころかアラブの一兵たりともなく燦々と日に浮かんで何か何世紀も前に捨て置かれ（ながら突然目の前に現れ）た遺跡のように静まり返っています。フランス国旗ばかりが望楼の上で翻っていますが一向に門が開かれる気配はなく開門を促す銃声も虚しく空の果てへと消えていきます。訝しむ隊長がひとり砦のぐるりを廻りますと塀の上の銃眼に覆い被さる兵士という兵士は死んだままこちらを見つめていて（死臭や血の臭いよりも何か今際の情念を傷口にこびりつかせて）死者の口を風が音色になって織りなしていきます。一体砦に何が起こったのか無骨な外観からは窺い知れずしかし遺体を罠に隊を砦に引き入れようという敵の策略も捨て切れないため隊は留めてひとりラッパ手に塀をよじ登らせます。しかるに忍び込んだその兵も呑み込まれたように気配を途絶えさせるといよいよ死者の瞑目が足許にひろがってくるようで隊長自ら乗り込みます。そこで見たのは死んだ兵士が一列に銃眼に凭れ掛かったままひとりとてこちらを見る者のない、無言の背中の羅列です。生きた者はいないのか風より他に口を利く者もなく吹き晒される静寂の謎に隊長は一歩々々砦の内側に降りていきます。砦の指揮を取っていたと思われる軍曹も同じく死んで横たえられていますが彼の手には手紙が握らされていて... ずっと呼び立てても不思議なことに先に潜入にしたラッパ手の姿もどこにもなく自ら開場して隊を引き入れます。副官を伴って再度詳細を検分していくとどうしたことか先程丁重に横たえられていた軍曹の遺体がその場所から消えていて隊長は自分の手に残る手紙を見つめます。ロンドンの警察長官に宛てられたその手紙は封筒に以下の内容を公表することを固く託していますが読んでいく隊長にとって砦の謎は解かれるどころか更なる謎へと深く螺旋を描くようです。隊長が思い浮かべるのは手紙の主が触れるある家宝ですがこれについては隊長自身が遠く思い出があるのです。名だたる名家に生まれながら時流と何よりギャンブル好きの夫に振り回されて財産を尽くその穴埋めに充てて尚懲りるところのない夫です。残すは世界最高のサファイアと謳われた家宝ひとつとなってそれすら顧みず道楽者はいまもどこかの空の下、そんな夫人の不聊を埋めて余りあるのが甥に姪に孤児を引き取った我が子同然の三人の兄弟でして邸を一杯に彼らの溌溂さが塞ぎがちな夫人の未来を走り抜けます。しかし残った家宝もいよいよ夫の不甲斐なさに露と消えるとわかった夜、最後のひと目と取り出した目と鼻の先でサファイアは何者かに奪われます。三兄弟の長男が翌朝姿を消して犯人とわかると末の弟も後に続き到頭上の弟まで彼らを追って自分の許を去っていくと裏切られた夫人の悲しみは思っても計り知れません。隊長の手にいまある手紙にもやはり長男の筆致で自らの犯行が綴られています。ロンドンをはるか遠く中東の砂漠のしかもフランス領の砦のなかで死んだ軍曹の手に握らされるまでの遠い遠い道筋は蜃気楼のような砂漠のいまに沈んでいます。しかしゆっくりと見えてくるはずです、ありし日のそれぞれの胸に秘めた小さな秘密が。

 

 

 

 

 

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