穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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動物園に巡る死は

日本で初めてゾウの解剖をやったのは、帝大農科大学教授、田中宏こそである。 明治二十六年の幕が開いて早々だった。新年いきなり、上野動物園に於いてはその「花形」を失った。寄生虫症の悪化によって、ゾウが一頭、死んだのである。石油缶に湯を注ぎ、藁を…

愛だの恋だのよく飽きもせず、満足いくまでやりゃいいさ

古い『読売新聞』にラブホテルの雛形めいたモノを見付けた。 昭和六年三月十二日である、記事が紙面に載ったのは――。 「最近『円宿ホテル』といふのが多数現はれ安っぽいコンクリートまがひのアパートにベッドを置いて、ホテル営業を表看板とし待合ともカフ…

敗戦国のみじめさよ ―そしてハーケンクロイツへ―

『読売新聞』は幸運だった。 大正十年、彼らは期するところあり、ちょっと特殊な展覧会を開催(ひら)くことに決めている。 特殊とは、むろん出展される品。 第一次世界大戦中に帝政ドイツが刷り出したプロパガンダ・ポスターである。戦意高揚、スパイ警戒、…

春畝を偲ぶ ―伊藤博文、その巨影―

偉人が語る偉人伝ほど興味深いモノはない。 「評するも人、評せらるるも人」の感慨をとっくり味わえるからだ。 福澤諭吉は『時事新報』の記事上で、伊藤博文を取り扱うに「国中稀に見る所の政治家」という、きらびやかな言を用いた。「政治上の技倆を云へば…

「幻華在目十四年」 ―秋田小町と犬養毅―

正岡子規とて身体が自由に動いた頃は遊里にふざけ散らしたものだ。 況や犬養に於いてをや。 明治十年代半ば、犬養毅は特に招かれ、東北地方の日刊紙、『秋田日報』の主筆として活動していた時期がある。「才気煥発、筆鋒峻峭、ふるゝ者みな破砕せり」とて衆…

どうせこの世は男と女、好いた惚れたとやかましい

デモクラシーの掛け声がさも勇ましく高潮する裏側で、人間世界の暗い業、望ましからぬ深淵も、密度を濃くしつつあった。 『読売新聞』の調査によれば、改元以来、日本に於ける離婚訴訟の件数は、年々増加するばかりとか。 大正四年時点では八百十三件を数え…

女神が握っているものは

移民が増えれば犯罪も増す。 両者はまさに正比例の関係にある。 アタリマエのお話だ。 一世紀前、この論法に疑義を呈する白人は、ほとんど絶無に近かった。「自由の国」の金看板を衒いもせずにぶちあげる、アメリカとてもその辺の事情はまったく同じ。揺るぎ…

利通の遺産

大正九年のお話だ。 帝都は水に苦しんでいた。 「水道、まさに涸れんとす」――ありきたりと言えば左様(そう)、単純に渇水の危機だった。 (江戸東京たてもの園にて撮影) 当時の市長、田尻稲次郎は事態を重く見、市民に対して犠牲心の発露を願う。トンネル…

ビバ・キャピタリズム!

造り過ぎた。 無限の需要を当て込んで国家の持ち得る生産力のあらん限りを発動させた、その結果。 第一次世界大戦後のアメリカは、げに恐るべき「船余り」に苦しめられる目に遭った。 (終戦の日のアメリカ) サンフランシスコに、シアトルに、タコマに、ポ…

酔わずに何の人生か

アメリカ政府がジャガイモを「野菜」ではなく「穀物」と認定せんとしていると、そんな挙動(うごき)が濃厚なりと仄聞し、思い出したことがある。 そういえば明治時代にも、合衆国は食品の分類如何(いかん)で揉めていた。新規のとある輸入品、日本酒をどの…

便所と大臣

文部大臣多しといえど、学校視察に向かう都度、便所の隅まで目を光らせて敢えて憚らなんだのは、およそ中橋徳五郎ぐらいのものであったろう。 話は尾籠に属するようで若干引け目を感じるが、これは至って真面目なことだ。 少なくとも中橋大臣本人は、猟奇趣…

壁に耳あり障子に目あり、ならもう全部焼き払え

屋根に関して、まま行政はやかましい。 東京、神奈川、京都あたりの一部地域でソーラーパネルの据え付けが義務化されつつあるように。 明治四十年代も、市民の頭上に「官」が嘴を入れてきた。茅葺屋根の根絶を、「お上」の威光を以ってして推し進めんとした…

ナイフ一本、返り討ち

研師にして剣士。 どちらの手腕(うで)も紛うことなき一級品。 そのまま時代劇中のキャラクターに具せそうな、――山尾省三はとかく刃物の扱いに熟達したる者だった。 (『Ghost of Tsushima』より、刀鍛冶) 米寿を超えてなおも現役。髪は落ち、皮膚は弛んで…

外面菩薩、内心夜叉

役者というのは結婚すると人気が落ちる。 たった一人の生涯の伴侶を得ることは、何百、何千、何万倍の、異性のファンを失うのと引き換えである。 この俗説は、果たして真なりや否や――。 「そういうことは、事実、けっこう御座います」 神妙な面持ちで頷いた…

喜ばしき欠落

明治三十九年一月十四日午前十時三十九分、東京、新橋駅頭は空前の熱気に包まれた。 凱旋したのだ、英雄が。 日露戦争の将星人傑多しといえど、わけても一際異彩を放つ、嚇灼たる武勲所有者。おそらくは東郷平八郎と国民人気を二分する、陸軍界に於ける聖将…

尊皇攘夷の秋は今 ―明治三十七年、対馬―

もはや開戦秒読みの時期。 再三の撤兵要求を悉く無視し撥ねつけて、帝政ロシアが持てる力と欲望を極東地域に集中しつつあったころ。 スラヴ民族の本能的な南下運動を阻まんと、大和民族が乾坤一擲、狂い博奕の大勝負に挑まんとしていたあの時分、すなわち明…

口内衛生小奇譚

虫歯の痛みを鎮静させるためとはいえど、蛭を口に含むなど、考えただけでおぞましい。 到底無理だ。ヒポクラテスの勧めでも、鄭重に謝絶するレベル。万が一、喉の奥へと進まれて、食道にでも貼り付かれたらなんとする。不安で不安で、神経衰弱待ったなしでは…

附録戦争

猫を狂わせることだけがマタタビという植物の全能力ではないらしい。 保温効果たっぷりの良質な入浴剤として、人類(ヒト)の役にも立たせ得る。「五匁くらゐを袋に入れ、約二升くらゐの水で充分に煎じ、その汁をお風呂に入れて入ります。少しも厭な臭ひもな…

Malignant tumor ―不幸な双子―

たぶん、おそらく、十中八九、畸形嚢腫なのだろう。 にしてもなんてところに出来る。 時は昭和五年、秋。山口県赤十字病院は佐藤外科医長執刀のもと、二十一歳青年の睾丸肥大を手術した。 (Wikipediaより、山口県赤十字病院) 患者にとっては十年来のわずら…

米食ナショナリズム

嘗て戸川秋骨は、日本人を「米の飯と、加減の宜い漬けものがなくては、夜が明けない」民族なりと定義した。 実に単純で、わかりよく、反論の余地のないことだ。 筆者としても戸川の論を首の骨が折れるほど力強く肯定したい。 美しく炊きあがった銀シャリには…

昭和五年の文士たち

清廉居士、糞真面目、単純馬鹿、自粛厨、野暮天、潔癖症的正義漢――。 呼び名は多岐に及ぼうが、ここでは敢えて「確信犯予備軍」と、そういう区分けをしてみたい。 実に厄介な連中だ。 昭和五年の七月である、久米正雄が大衆向けに麻雀指南を施す運びと相成っ…

午年、午の日、午の刻

案内状が舞い込んだ。 同窓会の開催を報せる趣旨のものである。 一九三〇年のことだった。一八七〇年生まれの戸川秋骨の身にとって――正確には一八七一年三月の「早生まれ」ではあるのだが、本人が「自分は一八七〇年の生まれだ」と繰り返し主張するがゆえ、…

ドイツに学べ ―牛乳讃歌―

「日本人はもっと牛を飼わなきゃイカン。牛を殖やして、殖やしまくって、肉も喰らえば乳も飲め。そのようにして西洋人と渡り合うのに足るだけの、丈夫な身体を作らにゃイカン」 維新成立早々に、社会のある一部から盛り上がった掛け声だ。 畜産を盛んにせよ…

赤門小話

震度七は何物をも逃さない。 東京帝国大学の象徴たる赤門も、大正十二年九月一日、大震災の衝撃に、無傷で耐えれはしなかった。 無傷どころの騒ぎではない。木ノ葉よろしく瓦は落ちるし、土台は東に傾くし。おまけにその状態のまま長くほっぽかれた所為で、…

東京帝大、異常あり

大正十四年である、東大生が鉄道自殺をやらかした。 季節は盛夏、空の青さは嫌味なまでに濃く、深く。雲が層々と峰をなす、とても暑い日であった。 (東京大学) 苛烈な太陽光線が、散乱した血や臓物に容赦なく浴びせかけられる。湿度の高さも相俟って、たち…

幻燈 ―夢と現を繋ぐもの―

銀幕で濡れ場が開始(はじ)まると、客席中にもつられて血を熱くして、みるみる脳まで茹であがり、一切の思慮を蕩けさせ、過去も未来もまるきり喪失、ただ現在(いま)だけの、現在確かに存在している衝動だけの塊と化し、そのままそこで自分等もおっぱじめ…

燃ゆる如月

遡ること九十四年、昭和五年のちょうど今日。 西紀に換算(なお)せば一九三〇年の、二月二十四日のことだ。 中央気象台は異例の記録に揺れていた。当日の最高気温として、寒暖計は24.9℃なる夏日寸前を示したからだ。 (中央気象台) 季節外れの高温は関東平…

我は越後の天狗也

姓は石黒、名は政元。 どこぞの軍医総監殿と同じ名字であるものの、血のつながりは特にない。 越後国の産である。 物心ついた時には既に、彼は己の特性をはっきり自覚し終えていた。 どんな高所に立とうとも、少しも恐いと思えない。 他の童が脚を竦ます年代…

人に悪意あり

その新聞は、立て続けに名を変えた。 創刊当時――明治十九年九月には『商業電報』であったのが、およそ一年半後には『東京電報』と改めて、更にそこから一年未満、ものの十ヶ月で再度改名、四文字から二文字へ、『日本』として新生している。 以後は漸く落ち…

脳力と品性の不一致

脳髄の出来と品位の高下は必ずしも一致せぬ、いやいやむしろ、釣り合う方こそ珍しい。 禍乱の因子(タネ)はいついつだとてそこ(・・)にある。才に恵まれ生まれ落ちると人間は、増上慢になりがちだ。あまりに容易く世界のすべてを見下して、「自分以外の誰…