映画「A.I.」
- 監督 スティーヴン・スピルバーグ
- 音楽 ジョン・ウィリアムス
- 2001年制作のアメリカのSF映画
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あらすじ
人間と同じ愛情を持つ少年型ロボットとして開発されたデイビッドは、彼を製作したロボット製造会社の社員、ヘンリーとその妻モニカの元へ試験的に送られる。夫妻には不治の病を持つ息子のマーティンが居たが、現在は冷凍保存で眠っていて目覚める保証はなく、実質的に子供がいないのと同じだった。
起動させたモニカを永遠に愛するようプログラムされたデイビッドだったが、マーティンが奇跡的に病を克服して目を覚まし、退院して家に戻って来てしまう。モニカはデイビッドよりもマーティンの方に愛情を注ぐようになった。ある日マーティンとデイビッドが遊んでいる最中マーティンの生命に関わる事故が発生し、デイビッドは森に捨てられる。
デイビッドは、再び母に愛されることを目的に友達の玩具型ロボットのテディ、森で出会ったセックス・ロボットのジゴロ・ジョーとともに旅をする。途中でロボットを破壊して楽しむショーの見世物にされかけるなど様々なトラブルに遭いながらも、モニカを愛するようにプログラムされたデイビッドはただひたすらにその愛を求めて旅を続ける。ピノキオに出てくるブルーフェアリーを信じ、自分もピノキオと同じように人間にしてもらえると夢を抱き、最後は海の中に朽ち果てた遊園地とブルーフェアリーの銅像を見つける。 彼は意識を失うその瞬間まで「僕を人間の男の子にして」とブルーフェアリーに望み続けた。それから2000年が経ち地球は厚い氷に覆われ、人類は絶滅していた。海底で機能停止していたデイビッドは、より進化したロボットたちに回収され、再起動される。デイビッドは彼らに歓迎され願いを1つ叶えてもらえることになる。彼はモニカと過ごす事を望んだ。技術が発達しているその世界ではクローン技術も進歩していたが、再生されたクローンは長く生きられないため、たった1日しか一緒にいられないことを告げられる。それでも希望を捨てないデイビッドの願いを尊重したロボットたちは彼の願いに応え、デイビッドは母の愛にあふれた暖かな1日を過ごし、最後は人間と同じように眠るのだった。
ウィキペディアより引用
感想
客観的に見て初めは気持ち悪いロボットだったディビットが、だんだんかわいそうになり、最後にはなんとか人間にしてあげたいという気持ちになってしまっていた。
ロボットが人間になるなんて、いくらSF映画でも無理だろうと思っていたので、この映画どういう結末になるのか、心配になりながらノンストップで約2時間半観た。
ママを愛しているという感情をもっているがためにママに愛されることを望み、そのために人間になりたいと思う、そのせつなさ。
デイビットを捨てなくてはならなかった母の気持ちもわかる。スクラップにされるぐらいなら、逃がそうという気持ち。飼っていた外来種の魚が飼えなくなって、多摩川に逃がす、そんな気持ちだと思う。どこかで、生きのびて……という気持ち。
ブルーフェアリーなんて妖精、たぶんいないだろうし、ブルーフェアリーに会っても、人間にしてくれるわけないと思っていたが、ディビットは子供のロボットなので純粋に信じて探し求める。行動を共にしていたセックスロボットのジョーも、熊のぬいぐるみロボットのテディも感情がないから余計なことは言わない。そこがロボットっぽくてリアルだ。
海の底でディビットがブルーフェアリーの像を見つけたとき、私も希望がもてた。
この物語、どうしたら、ハッピーエンドにできるんだろう・・・
ただただ悲しい物語はいやだ。
奇しくも、先日アンドロイドと人間の愛の物語を書いて小説コンクールに応募したところだった。風景描写より、心の描写に重きを置いて書いた。書いていて、始めは怖い話だったのが、書いているうちにハッピーエンドに変わった。やっぱりハッピーエンドは気持ちいい。
「A.I.」を先に見ていたらもっと上手く書けたかもしれない。それぐらい、この映画に心ゆさぶられた。SF、とくに近未来のお話を考えるのが好き。なのに、SF小説はあんまり読んでないことに気づいた。
ロボットのデイビット、人類が絶滅した2000年後に氷の中からテディとともに発見される。新型ロボットたちが生きる世界。
テディが持っていた髪の毛からママは作られるが一日しか生きられない。(ジュラシックパークでは、DNAから作られた恐竜はもっと生きていたのになあ・・・。ジュラシックパークは大好きな映画)
デイビットはママと二人だけの幸せな一日を過ごし、永遠の眠りについた。
最後までオチが心配な映画でしたが、ハッピーエンドで本当によかった!
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