私の実家は関西なので、日本に一時帰国するときには関西国際空港か伊丹空港を利用します。そこから空港リムジンバスで実家がある地方都市まで移動することが多いのですが、このときいつもモヤっとした気分になることがあります。

それは、リムジンバスに乗る際、スーツケースや荷物をバスのトランクに収納するわけですが、その荷物収納を行ってくれる作業員の方が、ことごとくみなさん私よりもはるかに年配の男性であることです。


私に関わらず、飛行機、特に長距離フライトで移動する場合、機内預け荷物の最大重量はたいてい23㎏です。大洋を超えるフライトのエコノミークラスであれば、一人につき23㎏の荷物を2つまで機内に預けることができるはずです。

つまり、私の荷物も、毎回たいてい20㎏のものが1~2個あるわけです。

20㎏、重いですよね。

それを「よっこいしょ」とバスのトランクに納めてくれる作業員の姿を見るたびに、「なんか間違ってないかな」という印象をぬぐうことができません。


私はよく旅行をするので、外国でバスに乗る機会も多いです。しかし、海外でバスなどに乗る場合、トランクへ荷物を納めたり、重い作業をするスタッフはたいてい体力のある若者、あるいは老若混じった人々です。

日本のように(関空や伊丹空港のように)すべての作業員が年配の男性(おそらく定年退職される年代ではないでしょうか)であるシーンは、あまり他で見たことがありません。


なぜ、日本は高齢の人がそんな重労働に就かなくてはいけないのか。これは、何か、社会構造的に間違っていないでしょうか。


私の父も70歳を超えましたが、まだ自営業主として仕事は行っています。自分の父の姿を想像した時、思うのは「仕事を辞めたら何をするんだろう。ボケるだけじゃないかしら」ということ。

健康のため、社会とのかかわりを持ち続けるために、高齢になっても仕事を続ける日本人は多いのでしょう。ジムで汗を流すような感覚で、バスの荷物持ちを一日2時間だけやるというのならまだわかりますが、実際にはそうではないと思います。


私の夫は50歳を過ぎてから、リタイヤ(アーリーリタイヤも含めて)のことをよく話すようになりました。友人の中にも、もうすぐリタイヤする、あるいは最近リタイヤしたという人は多いです。

こちらでそんな彼らを見ていて感じるのは、みんな「リタイヤ後の人生を楽しみにしている」ということ。

日本人で、定年後に何をするか楽しみでワクワクしている、という人はどのくらいいるのでしょうか。


私はライターなので、おそらく定年というものはなく、死ぬまで書き続けていると思います。「書くこと」が好きで仕方ないので、それはそれでいいのです。

好きなことを仕事にできている、それが単に「ラッキー」なのではなく、当たり前な時代になるとよいのですが。