希望



ピンポン

インターホンがゆっくりと朝ご飯を食べていた時に鳴りました。

エントランスからのインターホンは顔が見えないのですが『A子の母です』と言ったその声からは焦りが感じられました。
下のオートロックを開けて、まだ何一つ起きてから用意をしていない長女ちゃんに「おばあちゃんお迎えに来てくれたで」と声を掛けると

「え!?おばあちゃん!?」

長女ちゃんの顔がパッと明るく嬉しそうな笑顔になりました。

おばあちゃんが上がってくるまでの間、長女ちゃんの洗濯物をまとめ、干していた制服を袋に入れながら私の脳裏をよぎったのは[電話どうしよう]という事。

虐待相談に電話かけようと思ったその気持ちは変わらずある…と、思う。
でもいざ!と思うと怖い気持ちがまた出てきていて、そして何よりおばあちゃんと聞いて嬉しそうな顔をした長女ちゃんを見た事でかなり気持ちが揺れていました。


ピンポーン

気持ちがまとまらないまま玄関のインターホンが鳴り、長女ちゃんが「あーちゃん!(おばあちゃん)」とインターホンに映ったおばあちゃんを指差しながらえへへと笑っていました。



「すみませんでした!!」

玄関を開けた瞬間、迎えに来たA子のお母さんはそう言って私に頭を下げ

「長女ちゃんが家にいたなんて知らなくて…明け方に電話で聞いてビックリしました…あの子職場の託児所に連れて行ってるって言ってたからてっきり…すぐ迎えに行きたかったけど明け方なんて余計に迷惑をかけてしまうし…結局この時間になってしまってもう本当に申し訳ないです。迷惑をかけました…」

終始頭を下げたまますみませんすみませんと謝るおばあちゃんに、何と返せばいいかわからず「大丈夫ですから」としか言えずにいました。

すると、部屋から「あーちゃん!」と荷物を持った長女ちゃんが走ってきて頭を下げているおばあちゃんにギュッと抱きつき

「おとまり楽しかった!!」

ぴょんぴょんと跳ねながら本当に嬉しそうな顔でおばあちゃんを見上げたんです。

その顔に私は胸が熱くなりました。

本当に、大好きなんだなって。

おばあちゃんは抱きついている長女ちゃんの顔を見ながら「楽しかった?良かったね」と愛しそうに髪を撫で、しゃがんで視線を合わせ
「ばぁちゃん今日お仕事お休みしたから。一緒に帰ろう」
そう言って長女ちゃんをぎゅっと抱きしめ、そのまま抱き上げました。

この時はじめて直接会ったのですが、A子のお母さんはおばあちゃんというには少し若くて、きっと若いおばあちゃんなんだろうなという感じでした。でもとても落ち着いた安心感のある優しげな人でした。


…このおばあちゃんなら、話を出来るかもしれない


私1人じゃどうにも出来ない事でも、身内なら、このおばあちゃんなら、長女ちゃんを施設に入れないでA子からしばらく離すことも出来るかもしれない

私の中で希望が見えた瞬間でした。


でも、長女ちゃんのいる場所でこの話は出来ない。おばあちゃんの住んでる場所も詳しくは知らない。連絡先を聞かなくちゃ…

そう思って口を開くと同時にA子のお母さんも私に話しかけてきました。

「あの子…仕事忙しいみたいで…。最近凄く子どもたちを夜預かってくれって連れてくるんですよ。土日も結構頻繁に出勤してるみたいで。ちょっとは子どもたちの為にセーブしたらいいのに…シングルになってから必死なのは分かるんだけど…ちょっとねぇ…」

あれ…?

A子のお母さんからの言葉に、違和感を感じました。

「A子…昨日仕事だったんですか…?」

「ええ…明け方電話かかってきた時に、仕事間に合わないのに長女ちゃんがグズったから置いて行ってしまったって…さすがに私もそれはいけないって叱ったけど…ねぇ…ホンマに…」

あれ…?

昨日長女ちゃんから聞いた言葉との違いに、私の頭が混乱しました。

ご飯を食べに行ったんじゃなかったの?


「あれ?私A子はご飯へ行ったって聞いたんですけど…」
思わずそう言うと

「あら?仕事って本人が言っていたからそうだと思ってたけど…でもさすがにご飯だけならあの子が夜迎えに来ると思うんですけど…」

わたしとおばあちゃんが「???」とお互いに噛み合わない話しに疑問を感じていると

「ママは、ご飯に行った」

長女ちゃんがそう言いました。

「あ、やっぱり…」そうなんやと言おうとしたところで
「でも、その後お仕事かどうか分かんないからお仕事なのかもしれない」
長女ちゃんはそう続けました。


「……そっか…お仕事だったのかもね…」

何となくそう言わざる得ない空気に私はそう言い、最後まで「ごめんなさいね」「ありがとうございました」「助かりました」と頭を下げるA子のお母さんに「大丈夫ですいつでもまた来てください」と言ってそのまま別れてしまいました。



おばあちゃんの連絡先を聞きそびれたと気がついたのは玄関を閉めてしばらく経ってからでした。


A子がその夜どんな行動をしていたのかは分からないけど、B子の話しだとA子のお母さんの言ってる『病院勤務の仕事』は昼だけだったはず。
でもA子のお母さんは[夜も土日も頻繁に子どもたちを預かる]と言っていた。

A子のお母さんはA子の言う事を完全に信用しているようだったし、あの様子だときっとA子が長女ちゃんに向けて放った言葉も知らなそう。


A子のお母さんとB子、どちらからの情報を信じるかは長女ちゃんの様子も含めて考えれば私の中では迷うことはありませんでした。そして、A子が自分の家族の中でどんなふうに振る舞っているのかも同時に理解しました。


でも、私の中では確実に希望が見えた瞬間でもありました。

A子のお母さんは長女ちゃんをとても大切にしているし愛情を注いでいる。

どうにかしておばあちゃんともう一度会わなくちゃ。全てはそこからやな。と。



夜中にLINEでチラッと相談した他の友達には「のんは甘い」と言われたけど、やっぱり私は知ってる子をなるべく施設へは入れたくなくて、そうしなくても救えるんじゃないかという希望が見えた事で少しホッとした自分がいました。








 

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