スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

内のぉ、人と書いてぇ、肉と読みますぅ。

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冷凍庫から、外を新聞紙に包まれた肉が出てきた。

冷凍庫で食材を漁っていると、小分けにしたご飯の下からその肉は出てきて、私は「しまった」と顔をしかめた。
それは近くに住む親戚からの頂き物で、二週間だか三週間だかそれぐらい前の物だ。いや、一か月だったかな。もしかすると二か月かもしれない。
そもそも何の肉だ? 考えるともなく考えていると、冷凍庫が「いいかげんに閉じてくれ」と文句を言い出した。
とにかく、見つけたからには食べるしかない。解凍するためにボウルに水を張って、肉の入ったポリ袋をそれに浸した。

一分二分でとけるわけではないので、その間に洗濯をして、さらにその間に伸びてしまった髪を切った。あれこれこなす間に時間は過ぎて、解凍を始めてからすでに二時間は経過している。むしろ肉のことはすっかり忘れていて、手を洗うためにキッチンに足を運んだおかげでようやく思い出した
そうだ。私はメシを作っていたのだ。ボウルから引き上げると肉はすっかり解けていた。が、嫌な予感がする。これ、傷んどりゃせんか?
一気に不安になった。
しかしせっかく時間をかけて解かした肉を使わないのは馬鹿らしいし、そもそも捨てるのももったいない。人様からもらった肉を捨てるなんて罰当たりだろう。それは肉を捨てているんじゃない。親切心に唾を吐いて、命を愚弄する悪行だ。

食べよう。もし腹を痛めたとしても、そんな「決断」をせざるを得なくした自分が悪い。肉に片栗粉をまぶし、甘辛いタレを絡め、先にレンジにかけた野菜と一緒にフライパンで炒めた。
肉と野菜とタレが絡めば、まずおいしそうには見える。例に漏れず、今回もまぁ悪くはなさそうだ。
味見のために肉を一片口に運ぶ。その瞬間、一つの失敗に気付いた。片栗粉だ。肉の表面は少しとろりとしていて、それが腐敗の「せい」なのか、片栗粉とタレが絡んだ「おかげ」なのかがわからない。
くそっ。私は地団駄を踏み、その勢いで飛び上がり、空中であぐらをかいて、その姿勢でフローリングに着地した。

考えろ。
ここでやめれば助かるかもしれない。
しかし、それが不可能なのは誰よりも私自身が知っている。今の状況は、例えばスカイダイビングをしにわざわざオーストラリアまで行ったのに、飛ばずに帰ってくるようなものだ。あるいは美容室を訪れたベッカムが……。

結局、選択肢は一つだ。私は恐る恐る肉を食べた。
いや、一つしかないならそれは選択肢と呼べない。選択肢はなかった、ということか。
とにかく肉を食べた。柔らかい。どうして柔らかいのか、どうしてとろりとしているのかをひと噛み毎に疑いながら食べた。

結果、数時間経っても私の腹に異変は起きなかった。
そして寝る前にふと思った。あの肉は、うまかった。もしかしてイイ肉だったのかもしれない。柔らかさも、舌触りも、今になって思えばそれが良質の証だったような気がする。それなのに、楽しむことなく、疑いの一心で……。


人間は、学ぶ生き物だ。失敗して学び、次への教訓とする。
私はどうだ。

何でもかんでも冷凍庫に放り込んで、失敗を繰り返す。まるで誰かのかぁちゃんだ。

そうか。私は――。

私は誰かのかぁちゃんだったのか。
よかったぁ。

 

 

 

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