縄文人の志葉楽さんのブログ

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●和服・着物・呉服

2019年12月14日 16時46分00秒 | 文化
和服・着物・呉服
●和服(わふく)  https://ja.wikipedia.org/wiki/和服
日本在来の衣服のこと。
狭義の着物と同義(詳細は後述)。
近年では日本における民族服ともされる。
「和服」という用語
'和服'は、文字通り「和」の「服」、すなわち日本の衣服という意味である。
この言葉は明治時代に、西洋の衣服すなわち「洋服」に対して「従来の日本の衣服」を
表す語として生まれたレトロニムである。
服飾史学者の小池三枝によれば、「着物」は元来「着る物」という意味であり、
単に「衣服」を意味する語であった。
呉服という呼び名については、これは和服用の織物の呼称の一つで、特に絹織物を指す語である。
もともとは絹織物を指す語として、綿織物・麻織物を指す「太物(ふともの)」と
区別されていたが、現在は和服用の織物の総称としても使われている
 
●和服・着物・呉服の意味   http://bit.ly/2qQ68Cp
和服は、文字通り「和」の「服」、すなわち日本の衣服という意味である。この言葉は明治時代に、西洋の衣服すなわち「洋服」に対して日本の衣服を表す語として生まれた。後述するように「着物」という単語は本来衣服一般を意味するため、特に曖昧さを避けたい場面においては「和服」という語がよく用いられる。

●着物(きもの)
「キるモノ」(着る物)という意味であり、本来は単に「衣服」を意味する語である。
実際、洋服が日本で普及する以前は、日本人は衣服一般を「着物」と呼んでいて、
着物という言葉に日本文化と西洋文化を区別する意味はなかった。
しかし明治時代以降、洋服を着る人が日本で増え始めたため、洋服と区別するために
日本在来の衣服を和服と呼ぶようになっていった。現在一般的には、「着物」には
2つの意味があり、
1つ目の意味は、和服である。「着物」と「和服」と「呉服」が同義語として使われることが多い。
2つ目の意味は、衣服である。裸の子供に「着物を着なさい」というときの「着物」は
衣服の意味だと解釈する人がいるが、そうではなく和服の意味だと解釈する人もいる。
「着物を着なさい」の「着物」が衣服と和服のどちらを指すのかは、
世代・方言によって違う可能性がある。
 
●呉服の語源は、
中国が三国時代のときに呉の織物や着物の縫製方法が日本に伝わったことにあるとされる。
元々は絹製品を呉服、綿製品は太物(ふともの)と称し、昔は扱う店も別であった。
和服そのものを指す語としては「和服」「着物」に比べ使用頻度は低いが、
和服を扱う店は「呉服屋」と呼ばれることが多い。

●日本で和服という言葉が生まれる明治時代よりもずっと前の16世紀の時点で、日本人が衣服のことを指して呼んだ着物(kimono)が、現在で言う和服を表す語としてヨーロッパ人に知られるようになり、現在ではヨーロッパに限らず世界の多くの言語で日本で和服と呼んでいる物を kimono と呼んでいる。
kimono は、日本の和服だけではなく、東アジア圏全般で見られる前合わせ式の服全般を指すこともある。
 
●現在の一般的な日本語では、服飾とは、衣類と装身具を指す総称である。
服飾は、和服にも洋服にも用いられる言葉である。
 
■歴史などはウィキペディアに詳しく出ている。↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/和服#歴史
 
和服・着物・呉服の意味は同じでも語義の出自がこうだとは思ってもいなかった。
 
高松塚古墳の壁画の人物像では、男女ともに全ての衿の合わせ方が左衽(さじん)、つまり左前だったという。
いつから今のように男と女の衿のあわせが別れたかは判らないようだ。
 
着物は昔から有るようだがハッキリとした記載が無く発掘もされないために判っていないようだ。
私のブログのモノはある程度推測があるようだ。
縄文人の衣服としてどこかの博物館に展示されているようだ。
 
キリストも釈迦も着ていたモノは袋地様に塗った布に手とアタマが出せる穴を開けてきて腰にひもを巻いて結び少し裾をたくし上げ括って居て夜寝るときに紐を解き裾を縛って足が出ないようにして布団代わりにそのままで寝ていたと聞いた事が有る。
 
布団というモノも新しいモノのようだ。
帯はこの紐が変じたモノのようだ。
 
一つ一つを調べるとキット膨大な量になるのではないだろうか。
 
色んなモノは決して其れ一つでは発展しない。
必ず横の繋がりが有り縦横の糸をなして一枚の生地になっていく。
日本の歴史は戦後その生地をずたずたに引き裂かれ細かく千切られてきている。
コレは余り掘り下げないでおこう。
 
1943年6月4日に、戦時衣生活簡素化実施要綱が日本の政府で閣議決定され決戦服と呼ばれた女性はズボンまたはモンペを着用した。
 
着物の穴の名称として首の部分・足の部分・右の袖口・左の袖口・右の振八つ口・左の振八つ口・右の身八つ口・左の身八つ口の8つの穴ができる。
ワキとそでの内側と外側が空くので其れを身八つ口 振八つ口 と言った。
時代劇で八つ口とよく昔聞いて居たけれどもコレのことだった。
 
調べていくとドンドンと広がっていきまとめようが無くなってくる。
日本の文化は奥が深すぎて掘り尽くせない。
 
着物の種類は判るだけで90は有った。
おそらくはこんな数では無いと思う。
 
一つ面白いモノが有った。
生れてきたらどうしても一度だけ着なければならないモノ。
 
●死に装束(しにしょうぞく)とは、故人に対して施される衣装のことである。
なお、古くは切腹する際の衣装(装束)も死に装束と称された。
また、白を基調とすることから白装束(しろしょうぞく)とも称される。
なお、地域や宗派によって多少異なることがある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/死に装束
 
仏式の死に装束の例
・経帷子・帯
 白地の帷子に真言や経文などを記したもの。古くは女性の親族の手によって作るとされたり、引っ張り合いながら縫う、糸には結び目をつけないなどの習俗があった。現在では葬儀社が用意した白地の経帷子が使用されることが多い。
・宝冠、紙冠
 額につける三角形の布。シハン(四半)・シホウ(紙宝)・または額(紙、布)烏帽子とも呼ばれる。死者の滅罪を願い、近親者を含んだ魔除けとする説や閻魔大王に拝謁する際の正装である烏帽子とする説などがある。
 起源としては大日如来の頭部にある五智の宝冠を模したものとする説。山伏がかぶる宝冠や兜巾に由来するとする説などがある。
・頭陀袋(ずたぶくろ)・六文銭
 頭陀袋は修行僧が托鉢の際に使用するもので、六文銭は三途の川の渡し賃とされるが、六文銭は現在紙に印刷されたものを使うことが多い。
・木製の杖・手甲・脚絆・草履・編み笠
・数珠(じゅず)
なお、着用については経帷子を左前とし、手甲・脚絆・草履を左右逆(または裏返し)とすることが多い。

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