2019年12月01日
菩薩になるということ
「菩薩になる」とは?
俗に法華経を信じてたくさんの人にお釈迦様の教えを広めること。他人の苦しみを自分の苦しみとして受け止め、世の中の役に立ちたいと願いそれを実行することです。
その菩薩になるための修行では心がけるべき六つの修行があります。これを「六波羅蜜」といいます。
1.布施
世のため人のために力を尽くすことで布施には三つの種類があり、すなわち金銭や品物を他人に施す「財施」、他人の悩みや苦しみを無くし安心を与える「無畏施」、仏様の教えを他人に伝える「法施」があります。
2.持戒
仏の戒めを守り正しい生活をして自分を向上させていくことですが、だからといって自分自身を束縛するものではありません。欲望という苦しみに囚われず日々の暮らしを豊かなものにするという意味があります
3.忍辱
どんな苦しみにも耐え忍びおごり高ぶらない穏やかな心をもつこと。人から悪口を言われたり誹謗中傷されるたびにいちいち腹をたてず怒りをこらえる菩薩になるための修行
4.精進
「精」とは混じりっけがなく純粋な・・・という意味ですです。自分の目指すべき場所と向き合い目標に向かってひたむきに進むこと自体もまた菩薩になるための修行なのです。
5.禅定
禅定(ぜんじょう)は迷いのない落ちついた心で精神集中をする修行です。静かな心、不動の心を常に禅の心を持つこと、どんなときも落ちついて動揺しない定の心を常に持ち続ける修行のこと
6.智慧
普段私たちが使用している「知恵」は損得の区別を表しているのに対し経典に記されている「智慧」は善悪の区別を表しています。悪を知り愚かなことはせず正しく生きることも菩薩になるための修行なのです。
ただ、自分だけが菩薩になって救われるのではなく他人の幸せのために修行する「慈悲喜捨の行」
も必要です。この世に生きている全てのものを思いやる「慈悲」の心と他人の幸福を自分自身も喜び
人を差別する心を捨てる
修行をいいます。
俗に法華経を信じてたくさんの人にお釈迦様の教えを広めること。他人の苦しみを自分の苦しみとして受け止め、世の中の役に立ちたいと願いそれを実行することです。
その菩薩になるための修行では心がけるべき六つの修行があります。これを「六波羅蜜」といいます。
1.布施
世のため人のために力を尽くすことで布施には三つの種類があり、すなわち金銭や品物を他人に施す「財施」、他人の悩みや苦しみを無くし安心を与える「無畏施」、仏様の教えを他人に伝える「法施」があります。
2.持戒
仏の戒めを守り正しい生活をして自分を向上させていくことですが、だからといって自分自身を束縛するものではありません。欲望という苦しみに囚われず日々の暮らしを豊かなものにするという意味があります
3.忍辱
どんな苦しみにも耐え忍びおごり高ぶらない穏やかな心をもつこと。人から悪口を言われたり誹謗中傷されるたびにいちいち腹をたてず怒りをこらえる菩薩になるための修行
4.精進
「精」とは混じりっけがなく純粋な・・・という意味ですです。自分の目指すべき場所と向き合い目標に向かってひたむきに進むこと自体もまた菩薩になるための修行なのです。
5.禅定
禅定(ぜんじょう)は迷いのない落ちついた心で精神集中をする修行です。静かな心、不動の心を常に禅の心を持つこと、どんなときも落ちついて動揺しない定の心を常に持ち続ける修行のこと
6.智慧
普段私たちが使用している「知恵」は損得の区別を表しているのに対し経典に記されている「智慧」は善悪の区別を表しています。悪を知り愚かなことはせず正しく生きることも菩薩になるための修行なのです。
ただ、自分だけが菩薩になって救われるのではなく他人の幸せのために修行する「慈悲喜捨の行」
も必要です。この世に生きている全てのものを思いやる「慈悲」の心と他人の幸福を自分自身も喜び
人を差別する心を捨てる
修行をいいます。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/9466326
この記事へのトラックバック