FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

自由主義のビュッフェ 書評『21 Lessons』

ユヴァル・ノア・ハラリは今最も注目を集める思想家の一人です。人類の過去を綴った『サピエンス全史』、人類の未来を考察した『ホモ・デウス』はいずれもベストセラーであり、人類とは何であって、いったいどこに向かっているのか、新たな視点を提供しました。

 

本書『21 Lessons』は、人類の“現在”について記した本です。サピエンス全史は歴史の色が強く、ホモ・デウスはテクノロジーの色が濃く出ていましたが、21 Lessonsは現代の政治についてユヴァルが構図を示しています。

21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考
 

3つの物語

僕らはいま自由主義の国に生きていますが、人類がここに至るまでの20世紀は3つの大きな物語の争いだったと、ユヴァルはいいます。

 

異なる国家間の闘争として歴史を説明したファシズム、異なる階級間の闘争として歴史を説明した共産主義、そして自由と圧政の闘争として歴史を説明した自由主義です。

 

第2次世界大戦ではファシズムが打ち負かされ、80年代後半にはソ連の崩壊が確実になり共産主義も終わりを迎えました。思想的な人類の物語は、自由主義が勝利したと見られてきました。ところが、2008年のリーマン・ショック以来、「世界中の人々が自由主義の物語にしだいに幻滅するようになった」とユヴァルは書きます。

 

以前の階層性の世界を好ましく思う人が出てきたり、人種的特権や国家の特権やジェンダーの特権を手放したがらない人も出てきています。「自由主義とグローバル化は一般大衆を犠牲にしてほんの一握りのエリートたちに権限を与える途方もない不正行為だと結論した人もいる」(ユヴァル)わけです。

 

こうした民意を受けて、アメリカではドナルド・トランプが大統領となり、イギリスでは国民投票でEU離脱が選択されました。表向き民主主義の政府でも、トルコやロシアの独裁者のように、新しい種類の非自由主義的民主主義やあからさまな独裁制を試しています。ハンガリーのように民主主義から独裁に移行したと言われる国もあります。

 

ユヴァルはいいます。「今日、中国共産党が歴史の流れに逆行していると自信を持っていい切れる人はほとんどいないだろう」。

 

自由主義から反自由主義へ。これは日本においても対岸の火事ではありません。個人の自由や自由な競争よりも、政府による保護を求める声は、どうにも高まってきているように感じます。もともとが「何かあったらお上が悪い」「国が助けるべきだ」「国が規制すべきだ」という風潮がある国ですが、それがコロナでさらに加速したようにも感じます。

 

確かに大きな3つの物語の中で、自由主義は勝利しました。現在、表立って自由主義を批判する国はありません。日本においても、自由主義自体を否定する人はいないでしょう。自由、人権などは自由主義の根幹をなすものですが、21世紀に入り、完全に定着したといえます。

 

では、いま危機を迎えている「自由主義」の要素とは何なのでしょうか?

自由主義のセットメニュー

21 Lessonsが示す、自由主義を構成する要素は次の通りです。ユヴァルは、この6つの要素を「自由主義のセットメニュー」と呼びます。それぞれに強い結びつきがあり、どれ一つとして他の要素抜きでは成り立たないからです。

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自由選挙は自由市場の成功に不可欠だ。民主主義がなければ、ほどなく市場はえこひいきや政府の汚職の餌食になる。同様に、ジェンダーの平等は国際平和を促進する。戦争はたいてい、家父長制の価値観や男らしさが売り物の政治家が煽るものだからだ。 

 ところがいま起きているのは、セットであるはずの自由市場のメニューから、美味しいものだけを取り出そうとする、自由市場のビュッフェが目指されているということです。

 

例えばアメリカは、国家的なレベルでは自由主義を尊重しますが、国際的なレベルの自由主義はなくし得ると考えています。図にするとこうです。

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これに対照的なのが中国です。国家的レベルでは自由主義に慎重で、自由選択も自由選挙も少数派の権利も守られない中国ですが、国際的なレベルでは米国よりもはるかに自由主義的です。

実際、自由貿易と国際協力に関しては、習近平はオバマの真の後継者のように見えるほどだ。 

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多国間協力が意味するところにもよりますが、6月30日に行われた第44回国連人権理事会で、香港国家安全維持法に関する審議が行われ、各国がどう反応したのかが、いまの中国の立ち位置を示しています。これに反対したのは日本はじめ27カ国。一方で、賛成は53カ国もあります。

newsphere.jp

国連がどのような組織なのかの是非はともかく、アメリカはこの国連人権理事会からは脱退済み。WHOとの対立にも象徴されるように、国連とアメリカは急速に離れていっています。日本はアメリカの子分ですから、報道もアメリカ寄りで反中国。ただし、世界の国々という意味では、中国の味方が増えていることを実感する審議でした。

 

このように、自由主義の各要素から都合のいいところだけをつまみ食いするビュッフェが、果たしてうまくいくのかまだ分からないとユヴァルは書きます。

スープとデザートは簡単に切り離せるのに対して、心臓と肺は切り離せない。トランプはアメリカで自由市場を奨励しつつ、グローバルなレベルでは自由貿易を切り崩すことが、本当にできるのだろうか? 中国共産党は、政治の自由主義化に向かう動きをいっさい起こさないまま、経済の自由化の成果を享受し続けることができるのだろうか? ハンガリー人は、個人の自由抜きで民主主義を手にすることができるのか

自由主義に代わるビジョンは?

このようにある意味、崩壊の危機にあるように見える自由主義ですが、これに代わる物語は生まれてきていないのも事実です。「20世紀には、民族主義運動が極めて重要な政治的役割を果たしたが、この運動は、地球を分割してそれぞれ独立した民族国家にするのを支持する以外には、世界の将来のための首尾一貫したビジョンを持たなかった」とユヴァルは指摘します。

 

それぞれの国がどう連携し、核戦争の脅威のようなグローバルな問題に人類がどう対処するのか説明するには、誰しもが自由主義(あるいは旧来の共産主義)に頼らざるを得ないのが実情です。

 

一方で、自由主義が抱える根源的な問題も大きくなってきています。自由主義はこれまで伝統的に経済成長に頼ることで、社会的争いや政治的な争いを魔法のように解決してきたとユヴァルはいいます。ところが、この経済成長が問題の種になってきているのです。

経済成長はグローバルな生態系を救うことはない。むしろその正反対で、生態系の危機の原因なのだ。そして経済成長は技術的破壊を解消することもない。破壊的技術をますます多く発明することの上に成り立っているからだ。

AIやビッグデータ、そしてバイオテクノロジーが、目下、自由主義の経済成長を支える原動力です。ところが、こうしたテクノロジーが引き起こす問題に対して、人類は的確なビジョンを持っていません。あまりに技術が急速に進歩したために、政治家の理解も浅く、どのようにこれらがもたらす問題に対処すべきなのか、合意が取れていないのです。もしかしたら、自由主義がもたらす最大の災厄になるかもしれません。

 

これら暴走する技術に対する、自由主義に代わる物語は存在し得るのか。ここまでが、『21 Lessons』の第一章です。

 

3つの大きな物語の競争、自由主義の勝利、そして自由主義のビュッフェという挑戦。新たに生まれつつある、経済成長とテクノロジーの呪い。ユヴァルのこの枠組で世界を捉えると、ちょっと違った視点で世の中の動きを見られるかもしれません。

 

→続・書評 AIが雇用を奪うはオオカミ少年か? 書評『21 Lessons』

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