「安き」に流れる話
モカエキスプレスをほとんど使わない毎日が続いております。
東京での生活は自宅作業の日が減っていますので、モカエキスプレスの出番も自然と少なくなってきました。それでも最初のうちは頑張って使っていたのですけれど、いつの頃か普通のコーヒーマシンを買い、それでコーヒーを淹れる毎日になってしまいました。
わたしのコーヒー生活の質は、貧しくなるばかりです。
これまでは、割とちゃんとした豆を買ってきたのですが、とうとうスーパーマーケットのお得用フィルタコーヒーを買うようになってしまいました。別にコーヒー程度のことで、節約するまでもない生活をしていると思うのですけれど、なんとなく気持ちがチープになっているのでしょう。「コーヒーも節約しよう」と思い立ってしまいました。
最初にコーヒーを淹れたときは、「これはやっぱりちょっと違う気がする」と思い、少し悲しくなり、「嗜好品なのに倫理的じゃないコーヒーを買うなんて、自分はなんてひどい人間になってしまったのだ」と憤ったりしたのでした。
ところがわたしは安っぽい人間なんですね。あっという間にその味に慣れ、朝のおめざに使うようになりました。あまつさえ、そのコーヒーの味をなんとも思わなくなっているのです。「ひとは一度本物を味わうと、もう戻れなくなる」と言いますが、わたしは「安いものを味わうと、『まあいいか』となる」ようです。悲しいことです。
そして今や、フェアトレードとは程遠い生産管理がなされたコーヒーを買い足すようになってしまいました。
味にしても、倫理的にも、現在のわたしは、ドイツやフランスに住んでいた頃のわたしに全く顔向けできない生活を過ごしているのでした。これはなんとかしなくてなりません。