野口武彦氏の『三人称の発見まで』という本を読んでいます。難しい内容ですが読み応えがある本です。
きっかけとなったのは安藤宏氏の『「私」をつくる 近代小説の試み』という本を読んだことです。近代小説は「私」をつくることだったという内容の本です。そしてその本で紹介されていたのはこの『三人称の発見まで』なのです。江戸時代までは「三人称」はなかったと言うのがこの本の内容です。
まだ途中なのでこの本の内容については多くは語りません。ただし、この本を読みながら次のように考えています。
江戸時代までの文学作品は「三人称」が想定されていなかった。だから近代になり、西洋文学のような「小説」を作り上げるためには大きなハードルがあった。西洋の文学が紹介され、人間の心理を描く西洋の文学が大きな刺激を与えた。人称意識が高まり、三人称が生まれる。同時に西洋的な一人称が成立する。こうして日本の近代小説が成立していった。
こう考えれば、日本の近代小説の特徴が明らかになります。例えば芥川の「羅生門」において「作者」がでしゃばりすぎるということ、あるいは日本独自の「私小説」が誕生したことなどの理由が見えていきます。日本の近代小説のある意味では混乱であり、ある意味では日本人らしい文学への戦いがこの「人称」にあったのではないかと思われるのです。
いつかこの考えをまとめたいと思っています。