「嵐」がデビューした頃の、東京下町月島周辺に仲の良い中学生四人組が住んでいた。
これは14歳の柔らかい感性で捉えられた下町の日常の物語だ。
四人の名前は、ナオト、ダイ、ジュン、テツロー、個性も体格も成績、家の経済状況もまるで違うのに、妙に気が合う仲間なのだ。
彼らが出会う日常の出来事の中には、時々ドッキリする事件が起こる。
その一つが「大華火の夜に」である。
この話に出てくる東京湾大華火祭は、1988年から2015年まで晴海ふ頭で毎年夏に開催されていたが、今は休止の形になっている。
東京湾を彩るこの美しい夏の華を、少年たちはときめく思いで待った。
しかし、見物席は満席、小遣いも少ない彼らがまともな手段で花火を見物する事はできない。
そこで、彼らは秘密の特等席を見つけたのである。
それは、清澄通り突端にある使用されていない工場の裏階段3階の踊り場だ。
その年も彼らはワクワクしながら、こっそりと踊り場の下見に行った。
そこで、とんでもないものを見つけてしまったのである。
それは、有り金全部を通帳からおろして、がん病棟から脱出した衰弱しきった老人だった。
上品な面立ちで知性はしっかり保たれているのに、何故そんな無謀な事をしたのだろう?
少年たちには理解不能の大人の事情について、老人は何も語らない。
「死にそうな老人を見殺しにできない。だけどあの体でパジャマ姿のまま逃げ出すのは余程の事情があったのだろう」
心優しい少年たちは囁きあう。
ここで、「人生は妥協の連続だ」と少年に言わせているのは、至言だ。
何故、この場に至って、老人は周りの家族や医者に「妥協して」大人しく安楽なベッドに横たわっていないのだろうか。
よろよろとしたパジャマ姿の老人は「死ぬとき位自由にしたかった」とつぶやく。
大華火大会の当日、夜空を焦がす打ち上げ花火を見て、カルメ焼きを口にした老人はこの後どうなったのだろうか?
重く辛い体験を何回重ねても、少年たちは凹まない。
「つぎの日にまた会うに決まっている友達にさよならをいうのは、いつだってなかなかたのしいものだ」
いたずらっ子たちは暗くなった公園で今日も分かれて家路に戻るのだった。