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最後の乗務の日① ~温かい同期の見送り~

前回の話はこちら↓

破滅への会話 ~同僚の悩み~

 

退職を決めてからの1ヶ月半は、やはりあっという間に過ぎました。

 

 

2015年8月12日、とうとう最後の乗務の日がやってきました。

 

 

最後の仕事は往路1050レ、復路1051レという列車で、東京貨物ターミナルへの乗務でした。

 

静岡貨物17時ちょうどに出発する九州からの列車で、JR貨物としても稼ぎ頭と言われる、いつもコンテナが満載近くまで乗っている列車でした。

 

出勤点呼を受け、当直さんにお礼を言いました。

 

私「今日が最後の乗務となりました。短い間でしたがお世話になりました。」

 

当直「あ・・・はい。お疲れ様でした。」

 

ん?と思いました。

 

やけに素っ気ない態度で、あまり目を合わせようとしません。何か気に入らないことがあるような顔をしています。

 

若いうちに脱落することを蔑んでいるのかな?と思いましたが、その時はあまり気にしませんでした。

 

 

最後の仕事なので、少し早めに会社に来ていたところ、私服姿の入社同期たちが何名かやってきました。

 

どうしたのかな?と思うと、いきなり花束を渡されてしまいました。

 

「加納くん、今日までお疲れ様でした。本当は最後の仕事終えてからと思ったけど、深夜だったから・・・気を付けていってきてください。」

 

私は驚きました。静岡の入社同期、なんと7人もが私を見送るためだけに職場に出てきてくれて、見送ってくれたのです。

 

こちらは志半ばで脱落する人間だというのに、まるで運転士生命を最後まで勤め上げて、定年退職していく大先輩のような見送りをしてくれました。

 

 

今となっては思い出せば泣けてくるほど有難いことですが、当時の私は照れくさいのと、なんだか恐縮してしまって素直に喜べなかったような気がします。

 

 

私は運転士を目指そうとこの会社に入ったとき、定年退職まで運転士生命を全うする覚悟をしていました。

 

そして運転職場に配属されてからというもの。運転士として定年退職を迎えて、同僚から花束を渡されて笑顔で会社を去って行く大先輩を何人か見てきました。

 

その姿は国鉄時代から勤め上げてきた「鉄道員」そのもので、私は彼らのような生き方に憧れ、自分も45年後にはああやって見送ってもらうんだ・・・と、これから先の長い人生に身震いしたことを覚えています。

 

 

しかしそんな夢は儚く散り、たった5年あまりで脱落してしまった私。

 

それはどう見ても落ちこぼれであり、頭を低くして静かに去るべきだと思っていました。

 

 

そんな私に、定年退職で引退する人と全く変わらない見送りをしてくれた入社同期たち・・・孤独な仕事でしたが、いい同期に恵まれていたんだなと、心の底から思いました。

 

おかげで、定年退職まで運転士を勤め上げて花束を受け取って去るという儚い夢は、たった5年で叶ってしまうこととなりました。

 

確かに、この先40年を運転士として勤め上げても、あまり良い思い出は増えなかったかもしれません。そんな思いがどこかにあったからか、この瞬間は人生が40年分早送りされ、まるで自分が45年間やりきったかのような、不思議な感覚を感じていました。

 

その時撮ってくれた記念写真は実家に残してきましたが、データは今でも私のパソコンの中にあります。

 

この写真の私は、疲れが隠しきれないながらも、将来への期待と不安が入り交じったような、微妙な顔をしていました。

 

 

同期のみなさん、あの日は温かく見送ってくださり本当にありがとうございました。

 

 

そしてここから1年が経たないうちに、私が犯罪者として逮捕され、無職前科者に転落するとは誰一人思わなかったことでしょう。もちろん私自身もそうです。

 

今でもこの写真を見ると、こうして盛大に送り出してくれた同期たちを裏切ったことへの後悔が湧き上がります。きっとこの後悔は一生無くならないのだと思います。

 

 

 

 

 

同期たちに見送って頂いたあと、私は仕業点呼を終え、乗継ぎへ向かうために最後の上り指定通路を歩きます。

 

すると、詰所から20分歩いた先にある乗継ぎ待合所に、先程見送ってくれた入社同期の一人が、駅構内用のバイクに乗って再び現れました。

 

彼は社会人採用で15歳も年上だった入社同期ですが、仕事でもプライベートでも、何かとお世話になった人でした。

 

彼は最後の乗継ぎの場面を、写真に収めてあげるよと言ってくれました。

 

非常に有難いことでした。自分にとって最後の乗務の瞬間を記録してもらえるなんて、私にとっては一生の思い出になります。

 

16:58、列車は定刻通り到着しました。

 

奇遇なことにここまで乗ってきたのも入社同期の一人で、彼も見送れてよかった!と言ってくれました。

 

停車時間が2分しかなく非常に慌ただしい乗継ぎでしたが、年上の同期はその合間でうまく写真を撮ってくれました。

 

 

この日ほど、感慨深い気持ちでハンドルを握れた日はありません。

 

私は温かい見送りを受け、感無量の思いで往路最後の列車を発車させました。

 

次回に続きます。

 

この話の続きはこちら。

最後の乗務の日② ~ラストブレーキ~

 

会社を辞めるまでの話を最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

一生働くつもりで入った会社を辞めるまで① ~時限爆弾が爆発する~

 

ストーリーを最初から読まれる場合はこちらからどうぞ。

鉄道会社で働くことへの憧れ ~将来の夢にどんな絵を描いたか?~

 

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