はな to つき

花鳥風月

世界旅行の世界(38)

2019-09-30 19:45:14 | 【世界旅行の世界】
「パスタが来たよ?」
「ああ、これも美味しそうだ」
「うん、すごく美味しそう」

 マルゲリータを平らげるころに、絶妙のタイミングで運ばれてきたパスタ。
 ガーリックをベースにしたトマトソース。
 ベーコンとアスパラ。
 モッツアレラの溶けた上に、カットされた新鮮なトマト。
 シンプルだけれど極上ということが、目と鼻だけでも分かります。

「どう?」
「もう、落ちてしまうほっぺはないと思っていたのに、また落ちた」
「あはは、るみちゃんのほっぺは無限だね」
「えへへ、そうみたい。先生も食べてみて?」
「うん、ではいただいてみようかな」
「ほっぺ、落ちた?」
「落ちた。このモッツァレアくらい、とろとろに落ちた」
「あ、それそれ、そういう感じ」
「だよね?」
「うん、私も、とろとろになって落ちた」
「このパスタを食べたら、もう他のパスタは食べられないなあ」
「そうかもね。あ、でも、そうしたら、金輪際パスタが食べられなくなってしまうから、言い方を変えようよ?」
「たしかに、それは困ってしまうから、他の言い方に変えておこう」
「どう変える?」
「う・・・ん、あ、そうだ。このパスタを食べたら、もう自分でこしらえることはできない、にしておこう」
「え、先生、自分で料理するの?」
「まあ、料理というほどのものではないけれどね。一人暮らしだから、自分で適当にね」
「へえ、すごいね。先生は、なんでもできるね、本当に」
「なんでもはできないよ。できることだけできる。そして、できることは、限られている。という感じだね」
「そんなことない。先生は、本当になんでも知っているし、なんでもできる。私には、そう見える」
「それは、大変な色眼鏡だ」
「色眼鏡じゃないよ、本当だよ。だって、こんなパスタも作るのでしょう?」
「いやいや、仮に同じ材料が使えたとしても、このパスタの足元にも及ばない即席料理だよ」
「うそ、きっと美味しいと思う。今度、私にも食べさせ・・・」
「ん?どうしたの、るみちゃん?」

 女の子の頭に、瞬間、カッパドキアの奇岩がフラッシュします。
 先生は、驚きとともに、うれしいような顔をします。

「なんだろう、今一瞬、先生のパスタを食べたことがある気がしたの」
「私のパスタを?」
「うん」
「これと同じもの?トマトとベーコン、アスパラ、チーズ?」
「ううん、違う。レタスとナスのパスタ。なんだろう、この感じ」
「どんな感じなの?今も、たった今も、その感じのままなの?」

 先生は、少し早いピッチで、女の子を促します。
 女の子は、必死にイメージを引き止めようとします。

「ううん、今は消えちゃった。でもさっき、夢のような映像で、先生と一緒にテーブルで食べていたの」
「それは、わたしの部屋でということ?」
「たぶん」
「たぶん?」
「そう、たぶん。そのお部屋の感じが、夢の中であの女の人と一緒にいるお部屋にそっくりだった。テーブルも、窓の位置も、灯りの色も」
「そう」
「なんでだろう。私、先生のお部屋に行ったこともないのに。先生の手料理を食べたはずもないのに」
「今、私が料理をすることを知ったから、それが願望に変わったのかな?」
「そうなのかなあ?」
「うん、どうだろうね?」

 女の子の想像の世界をイメージしている先生。
 想像の映像ではなく、かぎりなく現実の映像に思えている女の子。
 夢とつながる映像。
 何かの合図のようなパスタ。
 不思議な感覚に包まれたベネチアの夜が、ふたりの間を太極のように流れて行きます。

(つづく)

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