認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

認知症予防につながる快眠習慣を持つために

前回まで認知症を含む様々な神経変性疾患の発症を予防したり、進行を遅らせるには、いかに「良く眠るか」が一つの大きなカギになることをお話ししてきました。

例えば、レム睡眠行動障害やムズムズ脚症候群などの睡眠障害があると、寝ていたとしても「身体も脳も休めていない状態」になってしまうし、また夢をよく見たり(特にあまり内容の良くない夢)、寝言をよく言う場合は、身体は休んでいても「脳が休めていない状態」になります。

そうすると本来は睡眠中に脳から排出されるべきアミロイドβタンパクがうまく排出されずに脳に蓄積してしまい、それによって脳神経が変性・脱落して脳の萎縮をもたらし、アルツハイマー病が発症しやすくなってしまいます。

以前、多発する高齢者の自動車事故や無謀運転は、実は認知症疾患で合併しやすい「意識の変容」の症状があったのではないかとお話ししましたが、睡眠でしっかり身体と脳が休めないと健康な人でも翌日の覚醒度が落ちやすくなりますし、さらに「意識の変容」の症状があると、なおさら覚醒度が落ちやすくなって、ボーっと一点を見つめて固まってしまったり、意識が飛んでしまったり、正常な判断や認知ができないために幻覚、妄想、易怒性といった認知症の症状が増強してしまいかねない、ということなどもお伝えしました。

 

夜間見られる認知症の方の症状について具体例を挙げますと、「一晩中外で工事をしている」「拡声器で大きな音が鳴っている」「若者が騒いでいる」「家の中に知らない人や影が何人もいる」「工事の人が出入りする」「動物や虫が壁を歩く」「家が燃えている」などの幻視や幻聴があって、「寝られない」「何度も起きてしまう」「家族を何度も起こして訴える」ことに繋がったり、幻覚を元に「泥棒や家族に物を盗られた」「主人が浮気をしている」などの物盗られ妄想や嫉妬妄想などに発展し、本人がそれを信じ込んでしまって夜中に警察や消防、警備会社に通報する騒ぎにまで発展してしまう、といったものまであります。

ちなみにこのような症状はレビー小体型認知症(視覚を司る後頭葉の機能が血流低下を伴って起こり、幻覚が起こりやすいとされる)や嗜銀顆粒性認知症(記憶形成や情動を司る海馬や扁桃体を含む側頭葉内側面前方に嗜銀顆粒が蓄積して機能が低下し、妄想が起こりやすいとされる。萎縮は左右差を伴う傾向があり、高齢で発症する傾向がある)、妄想性障害などで見られることが多いようです。

他の認知症を伴う神経変性疾患でも進行に伴って、幻覚や妄想の出現と関連性が深い扁桃体前頭眼窩野(視覚や聴覚、体性感覚、味覚、嗅覚情報などを司るとともに扁桃体とも密接な結びつきがあるため、機能が低下すると幻覚や妄想が起こりやすいとされる)に病変が拡がれば、もちろんこのような症状が出現します。

 

いずれにせよ認知症の予防や症状軽減のためには、まずは日中は起きて夜しっかり寝ること、夢や寝言があったり睡眠障害の症状があるのであれば、そういった症状を「消す」治療が最優先されるということもお伝えしました。

治療ではまず副作用の少ない漢方薬の抑肝散が使われることが多いですが、それに併せてクロナゼパム(ごく少量)や体内時計を整える松果体の働きを促す作用のあるラメルテオン(ごく少量)などを使うことも少なくありません。

ちなみに抑肝散は脳のアミロイドタンパクを排出する作用も持ち合わせていると聞いています。

今回は投薬での治療以前に、良質な睡眠習慣を持つために自分たちが日常生活の中でできること、気を付けた方が良いことなどをお伝えできればと思います。

 

良い睡眠をとるためのキーワードは何といっても「体内時計」だといえます。

快眠習慣を持つためには、日々の生活の中でいかに体内時計を整えていくかが課題になりますので、まずはこの体内時計についてお話しします。

 

人の体内時計は地球上の1日である24時間よりも30分ほど長いことが知られています。

なぜ人間の体内時計の1日が実際の1日24時間より30分長くなっているのか、その理由は分かっていませんが、火星の1日が約24.5時間(24時間39分35秒)であることから人類は火星由来なのではないかと言っている人もいるほどです。

そのため体内時計の主な役割は、自分の身体を地球の「1日24時間」の生活に合わせることになるのですが、実はこの仕組みには「光の刺激」と「食事の刺激」の2つが大きく関わっています。

 

人の体内時計の中枢は脳の視床下部にある「視交叉上核」という小さな神経核にあり、そこに1日24.5時間の「メイン時計」があります。

また胃、腸、肝臓、腎臓、さらに血管や皮膚などの組織には「サブ時計」があります。

「光の刺激」では、朝の「太陽の光」が網膜を通じてメイン時計のある視交叉上核を刺激し、末梢の組織にあるサブ時計に対して時間のズレをリセットするよう指令を出します。

「食事の刺激」では、食事を摂ることで胃腸、肝臓、すい臓、皮膚、血管などのすべての細胞に対して「朝ですよ。リセットして下さい」と直接指令が届きます。

そのため朝食を抜くと体内時計が乱れやすくなり、肥満や生活習慣病、がんなどの病気にかかりやすくなるとも言われています。

ちなみに外国に旅行に行った時の時差ボケを少なくするためには、体内時計を整える「食事の刺激」を利用して、現地の朝食時間に合わせて機内などで食事をとると良いとされています。

 

体内時計により、夜になると身体と心が休息の状態に切り替わって自然に眠くなるのですが、この身体と心を夜の休息の状態に切り替える働きをするのが「メラトニン」というホルモンです。

メラトニンは脳の「松果体」から分泌されるホルモンで、夜暗くなると脳から分泌され、体内時計に働きかけて身体と心を夜の休息の状態に切り替えます。

前日に十分寝ても、次の日の夜になるとまた眠くなるのはこの仕組みのためと言われます。

 

それが朝になって光を浴びると、脳にある体内時計の針が進んで体内時計がリセットされ、身体と心が活動状態になりメラトニンの分泌が止まります。

メラトニンの分泌は主に光によって調節されているのです。

そのため夜中に強い照明の中にいたり、パソコンやスマホなどのブルーライトを浴びると、体内時計の働きが乱れてメラトニンの分泌が抑えられ、睡眠覚醒リズムが乱れる原因になるので注意が必要です(=iPad不眠症スマホ症候群)。

また朝の強い光を浴びると12時間後にメラトニンの分泌が開始されるので、朝1分間ベランダに出て太陽の光を浴びるだけでも睡眠周期をリセットすることができます。

 

メラトニンは目覚めてから14〜16時間ぐらい経過すると体内時計から指令が出て再び分泌されます。

徐々にメラトニンの分泌が高まってくると、その作用で深部体温が低下し、身体と心が休息の状態に導かれ眠気を感じるようになります。

人は深部体温が下がると眠くなる性質があるのです。

そのためお風呂に入るといったん体温が上昇し、そこから大きく深部体温が下がって眠気が出やすくなるので、寝る1~2時間前の入浴は眠気を誘発するには有効だといえます。

冬寒い時に電気毛布のスイッチをずっとつけておいたりするのは控えた方が良いでしょう。

 

睡眠に悪いものとしてコーヒーや緑茶に含まれるカフェインや利尿作用のあるアルコールがあります。

そのためしっかり眠るためにはカフェインの摂取は、就寝4時間前までにし、深酒や寝酒は控えた方が良いでしょう。

逆に睡眠に良い食べ物として牛乳、バナナ、豆類、ナッツ類などが挙げられます。

これらは必須アミノ酸であるトリプトファンを含んでいて、脳内物質のセロトニンの材料になるのですが、このセロトニンメラトニンの分泌を促してくれるのです。

 

ただ睡眠ホルモンであるメラトニンは、年齢を重ねるとともに分泌量が減ってきます。

年をとると朝早く目覚めたり、夜中に何度も目が覚めたり、若い頃より睡眠時間が減ってくるのは、加齢によりメラトニンの分泌量が減り、体内時計の調節機能が弱まってしまうからなのです。

そのため加齢に伴って弱まる体内時計の調節機能を補うためにも、特に高齢者では睡眠しやすい生活習慣を意識的に持つことが大事だと言えるでしょう。

 

もう1つの睡眠ホルモンとしてオレキシン(=ヒポクレチン)があります。

オレキシンは食欲中枢のある視床下部外側野から産生され、食欲や睡眠・覚醒に関わる神経ペプチドとして知られています。

人はオレキシンが低下すると眠くなるのですが、食後に眠くなるのはオレキシンが低下するためだと言われています。

つまりお腹が空いた時に分泌されるオレキシンが食欲を増進させるのですが、満腹になると血糖値の上昇とともにオレキシンが低下して眠気が誘発されるのです。

食後に眠くなるのはこのためです。

昼食後などは特に眠くなりやすいですが、体内時計を整えるためには、日中はしっかり起きて活動することが大切なので、昼寝をするなら午後3時までで20~30分以内にした方が良いです。

またその他にも、軽い運動習慣を持つこと、休日の起床時間は平日と2時間以上ズレないようにすることなどが大事だと言われています。

 

皆さん、思い当たるようなことはありましたでしょうか。

以前にもお話ししましたが、うちの先生は「認知症生活習慣病だ」といつも言っています。

認知症の発症や進行を予防するためにとても大事な睡眠習慣ですが、今回お話しした「睡眠」ひとつをとっても、これだけ気を付けるべき生活習慣があるのです。

何事もそうですが、やはり認知症の予防にとっても日々の生活における積み重ねが大事だといえますので、今回のお話が皆さんにとって、ご自身やご家族の生活習慣を見つめ直すきっかけになってくれれば大変うれしいです。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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