認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

「意識の変容」と「高齢者てんかん」の類似性(3)~「認知症」と「てんかん」~

前回は、2017年にイギリスの国際生物医学ジャーナル誌「Nature Medicin」で報告された症例研究をご紹介し、認知症の方は頭皮脳波測定では検出できない「てんかん性放電」が頻発している可能性があること、それによって記憶をはじめとする認知障害を引き起こされたり、「意識の変容」はもちろん妄想や幻覚、易怒性、レム睡眠行動障害などの睡眠障害、ムズムズ脚症候群、しびれや神経痛といった認知症に多く合併する症状なども引き起こされている可能性があるというお話をしました。

今回は今年の日本認知症学会誌「Dementia Japan」(34:76-85,2020)に掲載された「一過性てんかん性健忘症候群」についての報告をご紹介しながら、「認知症」と「てんかん」の類似性についてさらにお話しして行こうと思います。

 

「一過性てんかん性健忘」とは?

「一過性てんかん性健忘(Transient Epilieptic Amnesia:TEA)」とは1993年にKapurらによって報告された中高年に好発する発作性健忘症のことで、「てんかん発作」が原因で一時的に記憶障害が起きる病気だとされています。

てんかん発作」というと「全身性に痙攣して失神する」という大きな発作を想像する方が多いと思いますが、実はそうならない「てんかん発作」もたくさんあるのです。

「一過性てんかん性健忘」では、全身を痙攣させて失神するようなことはなく、いつの間にかフッと意識を失って動作が止まったりするだけで、またいつの間にか元に戻っているので発作とは気づかれにくいことに加え、発作後にもの忘れの症状が目立ったりするため、急に認知症になったと間違われることも多いということです。

 

「一過性てんかん性健忘」と「高齢者てんかん

また「一過性てんかん性健忘」に伴う記憶障害については、ある時点以降の記憶が障害される「前行性健忘」と発症以前の過去の出来事を忘れてしまう「逆行性健忘」の両方が見られるそうで、これは長期記憶の固定化に関わる神経ネットワークがてんかん性放電により障害されるからではないかと推察されています。

通常の頭皮検査で脳波異常(てんかん波、徐波)が見つかることが多く(ただ約1/3では脳波異常が検出されない)、頭蓋内深部電極(より鋭敏に脳波を検出するために頭蓋内に留置した電極)を用いた研究報告によると、内側側頭葉の発作性発射による部分発作が原因と考えられているそうです。

出現しやすい症状としては、嗅覚性幻覚や味覚性幻覚、口部自動症(自分の意思とは関係なく口をもぐもぐさせる症状)があり、これらは約50%に合併するとされています。

また朝、起床後に症状が出ることが多く、70%が歩行中に起こっているとする報告もあります。

症状の持続時間としては、30分から2時間以内と短いそうです。

治療については抗てんかん薬の少量投与が効果的であるとされていますが、発作に伴う記憶障害についてはあまり効果が期待できないとされています。

 

このように「一過性てんかん性健忘」の症状を見ると、痙攣のない静かな発作で不意に始まり、発作後はもの忘れ症状が目立つこと、幻覚や口部自動症なども現れることなど「高齢者てんかん」の主要な症状と非常によく似ており、実は同じような病態なのではないかと思われます。

さらに言えば「もの忘れ」や「幻覚」「口唇の不随意運動」などの症状は、認知症を伴う神経疾患でも合併しやすいものであり、やはり「てんかん」と「認知症」の病態は似ているというだけでなく、重複している部分も大きいのではないかと考えざるを得ません。

 

「一過性てんかん性健忘複合症候群」とは

前向性健忘」や「逆向性健忘」がどのようにして発症するのか、まだ不明な点が多いとされています。

「健忘」は「てんかん発作が生じた結果」起こるものだと考える専門医も多いそうですが、実は「てんかん発作」の前駆症状として「健忘」が認められる症例があったり、脳波の異常は認められるけれども明らかな「てんかん発作」がなく、それにも関わらず「健忘」が認められるので抗てんかん薬を投与したら、新たな「前向性健忘」が出現しなくなったという症例もあるとのことです。

また慢性的な「前向性健忘」や「逆向性健忘」が、てんかんの発作間欠期(発作と発作の間)に高率に合併することが明らかになっているそうです。(Zeman et al.,1998;manes et al.,2005)

これらのことから、明らかな脳波の異常やてんかん発作が確認されずに「一過性てんかん性健忘」の前駆症状として「前向性健忘」や「逆向性健忘」が生じる場合や、てんかん発作には至らない継続的な神経細胞の異常放電でも症状を引き起こす場合などが考えられるため、「一過性てんかん性健忘」および「前向性健忘」と「逆向性健忘」の2つの記憶障害を概念に含めた「一過性てんかん性健忘症候群」として捉え、それらの病態を見逃さないようにすべきではないかと提言されています。

 

てんかん」の診断的な概念も拡がっている

さらに、一般的には「てんかん」の診断には少なくとも1回以上のてんかん発作が認められることを必要とされてきましたが、最近の実用的診断基準では、明らかなてんかん発作が認められない場合でも、てんかんに特徴的な臨床所見や検査所見、経過予後などがあれば、独立したてんかん性疾患として認められている「てんかん症候群」としてみなすことができ、同時に「てんかん」と診断できるとされています。(Fisher et al.,2014)

先程の「一過性てんかん性健忘症候群」という疾患概念を提唱されていることもそうですが、様々な病態のベースに「てんかん性の異常放電」があることを示す研究報告が増えてきていることから、それらの病態の診断や治療、予防に対応できるよう「てんかん」の診断的な概念も拡がってきていると言えます。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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