認知症診療あれこれ見聞録 ~エンヤーコラサッ 知の泉を旅して~

日々認知症診療に携わる病院スタッフのブログです。診療の中で学んだ認知症の診断、治療、ケアについて紹介していきます。

高齢者ほど「和式生活のススメ」(3)

前回は、人間にはもともと「神経系が環境に応じて最適の処理システムを作り上げるために、よく使われるニューロンの回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げる」という「脳の可塑性」が備わっていて、「よく使う機能は強化され、使わない機能は衰える」ようになっているので、身体の健康にとっては、その人が普段どのような生活を送っているかといった生活習慣や生活環境などが非常に大切になるというお話をしました。

さらにそのことを考えれば、特に大きな問題もなく和式生活を続けてきたような高齢者が「洋式の生活は楽で便利だから」という理由だけで安易に和式から洋式の生活様式へ切り替えたりすると、運動能力面において「使わない機能は衰える」というデメリットを生じさせかねない、ということもお話ししました。

今回はその続きになります。

 

ベッドや椅子を使う洋式の生活様式になると

和式生活と洋式生活の大きな違いは、生活空間が主に「床から上」であるか「椅子の座面から上」であるかということでしょう。

和式生活では床の上に座ったり横になったりしますが、洋式生活になるとそれが椅子に座ったり、ベッドに寝るようになります。

そのため和式生活では生活の中でどうしても床からの立ち座りが多いですが、洋式生活ではそれが椅子やベッドからの立ち座り動作に切り替わります。

すると和式から洋式の生活洋式に替わることで、それまで頻繁に行っていた床から立ち座りをする機会が大きく減ってしまうことになります。

床からの立ち座り動作は、椅子からの立ち座り動作に比べて上下への体重移動が大きく、全身の筋肉と筋力をより多く使うとともに、動作中にいくつかの姿勢を介するためバランス機能も多く要求されます。

そのため足腰が弱ったり、バランスが悪くなったりすると、途端に床からの立ち座りがおぼつかなくなったりします。

もし高齢者でそのような身体状態なのであれば、安全で楽に生活できるようにする目的で洋式生活へ切り替えるというのはとても有効だと思います。

しかし、そうでないのであれば安易に高齢者が生活様式を和式から洋式へ切り替えるというのは考えものです。

「使わない機能は衰える」という特性のために、全身の運動機能が低下してしまう可能性があるからです。

 

高齢者にとって床からの立ち座り動作は難易度の高い動作

ここで床からの立ち座り動作について確認してみようと思いますが、起立動作と着座動作では、開始姿勢から終了姿勢までの動作が逆になるだけなので、ここではまず立ち上がり動作だけに着目してお話しすることにします。

皆さんまず、自分が床に座っていたとして、そこからどのように立ち上がるかを想像してみてください。

若くて健康な人だったら何も考えずにスッと床から立ち上がれると思いますが、実はこの動作は途中でいくつかの姿勢を介するものであり、どの姿勢を介するかによっていくつかのパターンができます。

まず開始姿勢は胡坐(あぐら)や正座、横座りなどの床座位姿勢になります。

そこから足腰やバランス機能に問題のない人は、どこかにつかまったり、手をつくこともなくいきなり片膝立ちになって立ち上がれるでしょう。

それが体調や年齢、体力などに応じて、片膝立ちになるまでに両膝立ちや四つ這いの姿勢を介したり、それらの姿勢から床やテーブルなどに手をついて身体を起こし、立ち上がるパターンになるかと思います。

また、膝立ち姿勢を介さずに四つ這い姿勢からそのまま両膝を伸ばして高這いになり、そこから両手を床から離して立ち上がったり、片手ずつテーブルなどに手をついて身体を起こして立ち上がるパターンもあります。

椅子座位の場合はその姿勢から膝と腰を伸ばすだけで立ち上がれるのに対し、床から立ち上がる場合には

四つ這いや膝立ち姿勢などを介したり、足の力だけでなく床やテーブルなどに手をついたりして、体重を床から立位姿勢まで押し上げるのに手の力も必要になったりするなど、全身の筋肉はもちろんバランス機能もより多く使うことになります。

そのため、加齢による体力低下や何かしらの身体の不調が伴いやすい高齢者にとっては、床からの立ち上がり動作というのは実は難易度の高い動作になっていると言えます。

床へ座る動作についても、基本的に動作の順番が逆になるだけなので、立ち上がり動作と同じく難易度が高いと言えます。

逆に床へ座る動作の方が、膝や腰を床まで下ろす動作をゆっくり調整しながら行わなければならないので、かえって難易度が高くなるかもしれません。

これは階段の上りよりも下りの方が怖く感じたり、登山では下山する時の方が神経や体力を使うというのと同じです。

筋肉が力を発揮する仕方には、筋肉が縮みながら力を発揮する「求心性収縮」と、伸びながら力を発揮する「遠心性収縮」があります。

例えば、立ち上がりや階段を上がる動作は「求心性収縮」優位の動作であり、座ったり階段を下りる動作は「遠心性収縮」優位の動作になります。

実は、筋肉の使い方としては「遠心性収縮」の方が難易度も負荷も高く、これが筋力トレーニングでは「遠心性収縮」を意識的に行った方が効果的だと言われる所以にもなっているのですが、そのため床からの立ち上がり動作よりも座る動作の方が難易度が高いとも言えるのです。

このような難易度の高い動作を和式生活では頻繁に要求されるため、確かに安全性や利便性という面を考えれば和式生活にはデメリットがあると言えるでしょう。

しかし難易度の高い動作というのは、同時に効率良く身体を鍛えてくれる運動にもなってくれます。

そういった意味においては、和式の生活様式を続けていくだけでも高齢者にはリハビリになるので、体力の維持・向上を図りやすくなるというメリットが得られることになります。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

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