タイトル「悪魔のおむすびころりん」(ショートショート) | 記憶の欠片(ピース)

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病気がちで、甲斐性のないおっさんのブログ。
小説・ショートショートを書いていましたが、気力が失せたため、思い付きでいろんなことを書いています。

タイトル「悪魔のおむすびころりん」



 悪魔が春の光あふれる丘の上にやってきました。ここでは、暖かい光に花々が咲き乱れ、風が誠によい香りを時折サァ~っとサービスに持ってきてくれます。見下ろす風景もよく、人間にとっては、この上もないよいところです。そんなところになぜ悪魔が来たかというと、悪魔だってそういう場所はスキなのです。悪魔が悪魔である所以は、そういう楽しみを邪魔したり、ひどいことを起こしたりして、全くの台無しにしてしまう「ひねくれた心」が備わっていることなのです。
 きょう、悪魔はここにピクニックに来ました。お弁当箱に特製のおむすびを作っていれて持ってきたのです。
 悪魔は丘の上のいい場所に席とをって、ここでひとつおむすびをいただこうかと思いましたが、周りには人間もいます。人間と一緒になって「幸福せを感じる」というのは、悪魔にとってよくないことです。平穏無事に皆公平、幸福を分かち合おうなどとは彼の職業上、許されません。
「ううん、めんどくさいな。ここにいる者みんなに、いちいち不幸をもたらすのは骨が折れる」
 悪魔は悪知恵を絞りました。そして閃きました。
「そうだ、そうしよう」
 すると口をもごもごと動かして何事か呪文を唱えました。そのとたん、どこからともなく地を這うような強い風が巻き起こり、木々を揺さぶり花をざわめかせ、ピクニックを楽しんでいる人々にも吹き付けました。それはひどいもので、人は皆、顔を伏せて、あるいは帽子を押さえて、あるいは荷物を押さえて風に耐えようとしました。けれど多くの人が悪魔が起こした突風に持ち物をひとつふたつ吹き飛ばされてしまったのです。それらの荷物は丘の上から下に向かって、坂をコロコロと転がり落ちていって、すぐに見えなくなりました。人間達は、しばらく無くしたものを探していましたが、あっという間に転げ落ちたものがどこへ行ったのかは皆目わからず、諦めるしかありませんでした。
 これで、いい気分でピクニックに来た人間達は、そろってイヤな思い出を作って帰って行くことでしょう。そんな中で悪魔だけが一人、いい気分でおむすびをほおばれる。そのはずでした。ところが悪魔は計算間違いをしました。自分で呼び起こした突風にさらわれて、手に持っていたおむすびをひとつ落としてしまったのです。
「いやっ、こいつはシマッタ」
 おむすびはコロコロコロリンと坂を転がり落ちていきます。悪魔は、逃すものかと追いかけます。走って走って。しまいには人間の姿をやめて黒い羽を生やした、例の恐ろしい悪魔の姿に戻って飛びながら転がるおむすびを追いかけました。
 おむすびは丘をだいぶ降りたところにある大きな木の根元の穴の中にヒョイッと吸い込まれるように入っていくのが見えました。悪魔はそこまで来ると穴をのぞき込みましたが、中は暗くてよく見えません。穴は人の手がやっと入るくらいの大きさでしたので、悪魔は、長く鋭い爪の手指を穴から入れて中を探ってみました。ですが、考えても見てください、悪魔が探しているのはおにぎりですよ。自分が口に入れるものが地面をこんなに転げ落ちたのなら、普通の人間なら、もうすでに諦めるところですね。そこは悪魔。諦めが悪く、食い意地が張っているのでしょう。
 穴に手を入れただけではおむすびが見つからなかったので、悪魔はまた呪文を唱えて自分の体を小さくし、穴の中へ入っていきました。
 悪魔が羽ばたきながら穴を探索していくと、奥まったところが少し広くなっていて、そこにノネズミたちがいました。ノネズミたちは、みな満足そうにおなかをさすったりしています。
「ああ、おむすび、おむすび、おいしかった、うまかった。出来ればもうひとつ食べたいくらい」
「なんだ、喰っちまったのか。そりゃあうまかったろう。この俺様が手によりを掛けて作ったおむすびだ」
「あなたがあのおむすびをくださったのですね」
「くださる?いや、やったわけじゃない、落としちまったんだ。まあ、だがしかたがない。喰っちまったものはな」
「はいはい、いただきました。とってもおいしかった。それでは、私たちからお礼をいたします。ここにつづらを用意しました、大小ひとつずつ。どちらかお好きなほうを持って変えてってくださいナ」
「つづら?俺に何をくれるというのだ。金銀財宝なんてものは、俺はいらないぞ」
「はい、悪魔さんが人がほしがるようなものに興味がないのはわかっています。ですから違うものが入っていますよ、ぜひつづらをひとつ、どうぞどうぞ」
「ほう、そうかい。俺を悪魔と知った上で中身を吟味していれてあるのか。それはまた、たのしみだ」
 悪魔はそう言うと、考えた末にニヤリとして小さい方のつづらを取り上げて小脇に抱え、
「それじゃ、またな」
 悪魔はそういって羽ばたいて外へ戻っていきました。
 悪魔は、人の姿になって、さっきの丘の上まで戻ってきました。丘では、人々がさっきの突風から気を取り直して、まだピクニックを続けています。幸いお弁当が無事だったようで、みなおいしそうに手製の弁当を広げています。
 悪魔は、さっきおむすびを失ってしまって食べるものがありません。今日ここへきた楽しみの多くを自分で失ってしまったのでした。彼は丘の上で腰を下ろすとため息をついて、
「やれやれ。気晴らしにつづらを開けて見るか。さて、何をくれたのかノネズミども」
 悪魔がつづらを開けると、そこにはキラキラと光るもの、指輪やらネックレスやらイヤリングやら、いろいろな宝飾品が入っていました。
「やや。このようなものは悪魔にはいらぬと言ったのに、ナンダあいつら、わたし向けのものだといっておきながら」
 悪魔が憤然としていると、少し離れたところで女性の声が上がりました。
「それは、さっきわたしが風に飛ばされた指輪です!」
「え、ええ!」
「拾ってきてくださったのですか。どうもありがとう」
 そう言うと女性は、それはうれしそうに指輪を持って行きました。そして、続いて、周りに人が次々とやってきて、さっき悪魔が起こした突風で引っぺがされ、弾き飛ばされて坂の下へ転がっていってしまったものを悪魔が持ち帰ったつづらの中に見つけて、
「ありがとう、よかった」
 と口々に言って取ってゆきました。
 なんということでしょう。人をいやな気分にさせてやろうと起こした風で坂を転げ落ちていったものをノネズミたちは、全部集めてつづらの中にしまっていたのです。それを持ち帰って結局みんなに返してしまい、あろうことか礼を言われてしまった悪魔は、結局自分だけがノネズミにおむすびを食べられて、自業自得で損をした格好です。
 悪魔は憤然としていました。すると、なくし物を悪魔に返してもらった人たちがいいました。
「あなたは、おむすびを落としてしまったのでしょう?それでは、どうです、私たちがお弁当を分けますよ。たくさん作ってきましたから、食べてくださいナ」
「あ、あああ……」
 悪魔は、自分の行いの結果で人から情けを受けることになり、なんとも釈然としない気持ちになりました。



おわり

 

 

当たり前だけれど、昔話とかおとぎ話の改稿は、土台ができあがっているから簡単です。

オリジナリティは全然ないけれど。書いているほうも勉強にはなるかなぁ。