南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

【献本御礼】あめいろぐ高齢者医療 

【献本御礼】あめいろぐ高齢者医療

ハワイ大学老年科・緩和医療部門助教の植村健司(たけし)先生から,あめいろぐ高齢者医療の献本をいただきました。

植村先生は2018年に「米国緩和ケア医に学ぶ医療コミュニケーションの極意」の訳本を出されました。

ちょうどその年に,日本プライマリ・ケア連合学会学術大会で,この本でも紹介されているVital talkのセッションを拝見し,富山大学総合診療部の山城先生より「植村先生は富山大学卒業生だから紹介してあげる」といわれてご挨拶したのがきっかけです。

 

それから私が編集幹事となった南山堂治療の「終末期の肺炎」の書籍化の際には,植村先生に「誤嚥性肺炎におけるゴールの話し合い:VitalTalkのスキルを使ってみる」というタイトルで原稿をお願いしたところ,ご快諾いただき玉稿を頂いて年内に発売される予定です。こちらも必見です。

 

さて,この本は米国老年医学専門医の樋口先生と植村先生による,老年医学の教科書です。日本は高齢化が進んでいるのに老年科の定番テキストがなかったことから,本書を出版されたとのことです。

 

ですが、本場のGeriatricianによる上から目線の本でありません。

認知症、多剤併用、緩和ケア、終末期の意思決定、ACP、お看取り、失禁、体重減少 等

患者や家族の痛みや苦しみ、価値観を聞きだし、「ベストなケアとは何か? 」それをともに考える本です。

 

これは医学界新聞のマルモ連載でも紹介している考え方ですが

f:id:MOura:20200831233422p:plain

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03383_03

やりすぎだと思ったら,負担を減らすのも大事(引き算の介入)という考え方です。

最初っから高齢者だから治療をしないというわけではなく,「やりすぎではないか」という視点を持ちつつ,どこまで関わればよいのかを意識したほうが良いということを,系統立てて紹介しています。

 

 この辺のことは,このAntaaの講演スライドもご参照ください(要登録)

Antaaで放送いただいた講演もご覧いただけます。(要登録)

https://www.facebook.com/watch/live/?v=664310857777166&ref=watch_permalink

 

 

目次を読んだだけでも,皆さんの興味をそそる単語が散りばめられていると思います。

老年医学をもっと医学部で学んだほうが良いと思える内容でした。

 

●目次

■第1 部なぜ今高齢者医療なのか?
1 章 Geriatrics(老年科)って、何?
2 章 高齢者診療のコツ Geriatric Assessmentのススメ
3 章 高齢者におけるベストな「処方」とは?

■第2 部高齢者機能障害への実践的アプローチ
4 章 知ってそうで知らない「機能障害・フレイル・転倒」
5 章 高齢者の体重減少を見逃すな!
6 章 排泄機能低下(尿失禁に着目!)
7 章 認知症の場合、どうする…?(高齢者の認知機能障害)
8 章 せん妄の場合、どうする…?(高齢者の認知機能障害)

■第3 部高齢者のホットスポット(老年緩和ケアなど)
9 章 痛みの評価とマネジメント(オピオイド使えますか? )
10 章 よりよい看取りのための心構え(緩和ケアの基礎)
11 章 看取りの際によくみられる症状とそのケア
12 章 医療コミュニケーション・意思決定・ACP
13 章 これからの高齢者医療

 

まず,この本の第1章のGeriatricsって何?というところを導入としているところが,読者の関心を誘います。みなさんは老年医学と内科学の違いが分かりますか?

 

詳しくは本書を御覧いただきたいのですが,Geriatrician9か条を紹介すれば,イメージがつきやすく興味を持っていただけるのではないかと思います。

 

  1. 臓器別・疾患別ではない横断的な視点を持ち,老年症候群に対応できる。
  2. 多職種チームの重要性をよく分かっている。
  3. 介護者へのケアも忘れない。
  4. 合併症予防に常に気を配っている。
  5. エビデンスの限界を知っている。
  6. 生存期間だけではなく,機能,QOL,症状コントロールを重要な治療目標とする。
  7. 患者の価値観を引き出し,それを治療目標とすり合わせる。
  8. 治療のゴールや介護状況などを加味して,最適なケアの場を選ぶことができ,その移行にあたって必要十分なコミュニケーションをとる。
  9. 緩和ケアの基礎を心得ている。

 

この各項目の解説が,非常に腑に落ちます。老年医学を専門にしなくても,病院家庭医はここらへんを大事にしていますので,病院家庭医の高齢者医療パートはこの本を軸にしても良いかもしれません。

 

また,老年医療の5Mという言葉をご存知でしょうか?

Comprehensive Geriatric Assessment (CGA)

https://www.natap.org/2018/AGE/AGE_48.htm

Cr. TinettiとDr.Huangらが提唱した図表です。

Polypharmacy & De-prescribing In Older Adults 

Mobidity:歩行障害,店頭・負傷予防,運動機能の維持・向上

Mind/Mental:認知機能やメンタルの問題,認知症,せん妄,抑うつ

Medications:ポリファーマシー,処方中止(減薬),処方の適正化,薬剤副作用と多薬剤費負担の軽減

Multimorbidity:複雑症例,多疾患併存,さまざまな認知・身体機能低下,複雑な医学的・精神的・社会的(SDHを考慮した総合的評価と介入)

Matters Most:「それ,本当に意味がありますか?」「患者・家族のためになっていますか?」など,個々の患者や家族の意向に沿った医療目標(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)

 

この視点は,高齢者医療を俯瞰的にみて,思考停止を防ぐために有効です。

私もバランスモデル・四則演算でこのバランスを取っていますが,この枠組もしっくりきます。特にMatters Mostという項目は,まさに医療者が何か介入をしたい時に「何が根本的な問題なのか」「優先すべきことは何なのか」「どの程度の介入がベストなのか」を考えるきっかけになると思います。

 

そして,「認知・精神・身体・感覚器機能+薬」の評価も必要です。

簡易高齢者アセスメントrapid geriatric assessment:RGAというものを押さえておくと良いでしょう。語呂合わせはDEEP-INです。 

  • D: Dementia, Depression, Delirium(高齢者3Ds)& + Drugs
  • EE: Eye + Ear(視力+聴力)
  • P: P(F)all + Physical function(転倒+身体機能・日常生活機能障害のリスク)
  • I: Incontinence(失禁)
  • N: Nutrition(栄養・体重減少)

 CGA(老年医学的総合評価法)をする前に,大体の評価をするのに役立ちます。

この項目別の解説も是非本文をご覧ください。きっと勉強になると思います。

 

ほか

薬剤の項目も非常に教科書的な指摘が多く

慢性疾患の予後予測スコアの知識も得られ

転倒の評価・体重減少の考え方・経管栄養の意思決定

尿失禁などの排泄機能評価,認知症診療,せん妄への介入

のような病院家庭医には必須ともいえるコア領域を学ぶこともできます。

 

最後に緩和ケアの視点から

疼痛コントロール,看取りの心構え,終末期の時に起こる症状へのケア,意思決定,ACPなど,私が「終末期の肺炎」と「摂食・嚥下障害の意思決定支援」でまとめたかったことを網羅されています。

 

 

これだけでもお買い得ですが,個人的にお気に入りはあとがきです。

これは購入してのお楽しみですが,「従来の内科的スキルだけでは,虚弱な高齢者に「ベスト」な医療を提供することができない」ということについてのエピソードを紹介されています。

 

我々が診なければいけないのは「病気の集合体」としての「症例」ではなく,1人の人間としての患者です。患者にとっての「ベスト」を知ろうともせずに医療者としての「ベスト」を押し付けていないか,医学の進歩に伴い「患者そのものの治癒」から「疾患の治療」に焦点が移ってしまったことからさらなる進化を促しています。

 

従来の病気へのアプローチを大事にしつつ,さらに1人の人としての患者へも焦点を当てていく医療への進化。これが老年医学である。

 

これは日本の高齢者医療においては病院家庭医が担わなければならないと考えています。この本を医学生時代から読んでいただいて,一人でも多くの医師が老年医療に興味を持ってほしいですし,現在,内科・家庭医療の選択で迷っている研修医にもこの本を読んで将来自分が目指したいことを考えるきっかけになると思います。

そして,内科・家庭医療の指導医の方も,自分たちの診療を振り返るきっかけになると思いますので,是非お手にとっていただければと思います。

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(COI:著者より献本をいただきました)